モンスター除けのお札
アザーニはテーブルの上で、一心不乱にカードに絵を描いている。様々な色の鉛筆で、図形や見たことのない文字を並べたような奇妙なものが描かれていた。
「教会でも似たようなものは売られているが、所詮気休めだな」中身を一瞥して、ウルサスは廊下に出ていった。
ウルサスが部屋から出た今が、いい機会だったので、開拓世界での魔法について注意をうながしてみる。
「アザーニ、ちょっといっておきたいことがあるのだけれど」
「なあに、リヤ」
「ここの世界の人は、魔法やまじないの類をあまりよく思わないみたいね」わたしは、アザーニの行動に釘を刺した。
「私のしていることは、皆さんのお役に立つと思うわ」
「効果があったら余計大変なことになると思う」
「人様の役に立つことがどうしてダメなんですか? 教会でも売られているそうじゃないですか」
わたしは、彼女の肩を軽くたたき、振り向かせてから目を見つめてゆっくりと切り出した。
「いい、アザーニ。教会で売られているお札はね、人の心を安心させるためにあるの」
「ならなおのこと、私のお札はいいんじゃないですか」
「旅人は、孤独なの。夜道は暗いしモンスターに襲われる不安もある。自分の心を落ち着かせないと冷静な対処すらできやしない。心の支えとしてお守りが必要なのよ」
アザーニはしばらくの沈黙ののち口を開いた。
「だからこそ、私のお札でモンスターが出なくなれば、より安全な旅になるじゃないですか」
アザーニのいうことも最もだが、お札に頼れば、開拓世界の人たちは大切な物を失うだろう。
「こちらの世界はね。モンスターに囲まれている。だから人々はモンスターと戦わなくてはいけないの」
「戦えない人は、旅をするなというんですか?」この発言は、アザーニ自身のことを代弁しているように思えた。
結局、人数分のお札を持って、わたしたちは旅に出ることにした。ジースタの町は、この村から四つ先にある。一人ずつカンテラを持ち、慣れない夜道を歩いて行った。しばらく身体を動かしていた効果があったのか、アザーニは荷物を持ちながら文句をいうことはなくなった。
「明るいうちに旅立った方が良くなくて?」心細い夜道で、アザーニが疑問を述べた。
「お札の効果を試したくなってな」ウルサスが彼女の不安を吹き消すような大声で返答した。
「それに、次の村は割と近くにあるから大丈夫よ」わたしもそれとなくアザーニをフォローした。
結果としてその日の夜は、幽霊の幻影を見せて人を怖がらせるモンスターは現れなかった。
旅人を驚かせて、金銭や荷物を奪う質の悪いタイプだと聞いていた。
お札の効果は間違いなかったが、新たな不安が心を騒がせた。ウルサスが、アザーニを魔法使いだと思うのではないかという疑心がよぎった。
意に反して、二人の仲は平穏そのものだった。どちらかというとウルサスはアザーニをかまいすぎる様子もあったが、その行為自体を楽しんでいる様子だった。
お札の効果を調べるために、ジースタ以前の村々への移動は、夜間を利用した。そして、ジースタの町に着くまで、モンスターは一切現れなかった。
「こいつはたまげたな。お嬢さんのお札は効果ありだ」
「お役に立ててうれしいわ」
「ただ、こいつを大々的に売られたり、ただで配られたりすると、俺たちは商売あがったりになるんだが」少し不満そうに話をつづけた。
「私も量産するのは大変だから、売るほどは描けないわ。ただで配るのも労力に見合わないし、簡単なように見えて、結構大変なのよ」
彼女の返事に、ウルサスも安心したようだ。
でもあれほど魔法使いを毛嫌いしていたウルサスが、アザーニの行為を不問にするのは解せないような気もした。わたしはそれとなくウルサスに尋ねてみた。
「アザーニのお札は、効果的だけど気にはならないの」
「うん、なんだ魔法ってことか」
「いや、ただの偶然かもしれないし」
「法外の金をふんだくる魔法使いが気に入らないだけだ。別に彼女は金銭を要求していないし、問題はなさそうだからな」
ウルサスは魔法使いを心底嫌っている訳ではないらしく、その点は一安心だったが。まだこれは、小さな奇跡というべき程度の出来事なのだから、もしわたしが空を飛んでいる姿を見たりすれば、どういう態度に出るかわからない。私の飛行能力は極力隠すべきだと思った。
ジースタの町からエゼッスの町に向かう道中には、比べ物にならないほどの強さのモンスターが出るという。ウルサスに特徴を聞いて、武器と防具を調達しようとすると、アザーニがまたお札を描くという。
「知ってるの。今度は比べ物にならないモンスターが出るのよ」
「だから、私のお札で撤退させるわ」
「でも、用心するに越したことはないからな。チェーンメイルを用意しておくように」
ウルサスの話では、チェーンメイルは、エゼッスに行くための必需品らしい。
「彼女にチェーンメイルを着こなせるかしら」
小柄で筋力のないアザーニのことを心配した。身体を鍛えさせ始めたとはいえ、それほど時間はたってはいない。
「軽いのもあるから大丈夫だろう」
ジースタには数日間滞在して、身の回りの物をそろえることにした。ふとわたしは、カヤミ・ウロキのことを思い出した。彼のことをアザーニの力で調べてもらうか悩んだが、不安をかき立てるのは良くないと思って秘密にすることにした。カヤミの能力は把握しているので、リストグリップとパペットに気を付けさえすれば安心だと軽く考えていた。




