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黒衣戦記  作者: 桜花
9/12

3

7


 一輝(いっき)は特に目的もなく城の散策をしていた。散策をして思ったことが、


「……すごいな」


 階段が勝手に移動するようになっていたり、絵画という絵画が動く絵だったりと、改めて一輝(いっき)は思う、ここはほかの国とは違うと。

水の国は魔法の国だ。魔力への造詣が深い。火の国は炭鉱と鉄鉱石と希少金属などの貿易で成り立っていたが、この国は特に他国と付き合う必要がないのだ。食料は自活できている。用意できないものがあれば魔法で何とかすれば良い。それでもだめなら豊富な資金で買えばいい。我慢するとか耐えるとか、それを越えた余裕がある。


「雷神のお兄ちゃん!」


 突然声をかけられて振り向くと、そこには先ほど玉座の間で見た女の子の姿があった。たしかプリシラだったか、女王陛下の妹君。


「これは……、プリシラ様」


 一輝(いっき)はその場で跪いた。そこへプリシラは言う。


「礼なんかこの国じゃいらないよお兄ちゃん、それにこんな場所で跪いちゃあぶないよ?」


 言われて、気付く。ここは移動する廊下だ。この城にはそんな設備ばかりあるため、慣れない一輝(いっき)は先ほどから転びそうになってばかりいる。

 一輝(いっき)は立ち上がり、見る。プリシラは年のころなら十七、八の少女だ。髪の色も瞳の色もピンク。長髪の姉とは違い、髪をショートボブに短くそろえている。さっきからぴょこんぴょこんと揃えた両足の踵を上げ下げしているのは足首の鍛錬だろうか? 服装はやはり姉と同じく質素なものに着替えており、知らないものが見ればただの町娘に見えるだろう。


 プリシラは「はい!」と両手で何かを差し出してきた。本である。題名には「黒衣、雪の国騒乱編」と書かれている。

 プリシラは、にかっと笑みを浮かべながら言ってきた。


「お兄ちゃん、これにサインちょうだい!」

「サイン?」

「名前を書いてってこと。記念にするから」


 そしてプリシラはまたも、はいっ、とペンを差し出してきた。一輝(いっき)は当惑しつつも、勢いに押されて言われたとおりに名前を書く。するとプリシラは「やったー! ありがとうお兄ちゃん!」と本を両腕で胸に抱えて小躍りするが、本に書かれた名前を見て「……あれ?」と驚く。

「雷神様じゃないんだ、お兄ちゃんの名前」

「それは号です。おれの名前は(おおとり)一輝(いっき)一輝(いっき)と呼んでください」

「そうなんだ。へぇ~」

 これも全部桜花のせいだ、と一輝(いっき)は思う。機械が大好きな木の国の少女。いまはなにをしているのやら……。

「ねえ、一輝(いっき)お兄ちゃんに質問があるんだけど?」

「なんです?」

「この本に書いていることって、全部本当にあったこと?」

「……さあ、おれは読んでないので分かりません」

「じゃあ、雪の国の最終決戦でお兄ちゃん、たった一人で白棺兵(びゃっかんへい)を二十体も切り倒したってのは本当?」

「……そうらしいです。覚えてはいませんが」

「覚えてない? 本人なのに?」

「途中から意識が混濁していました。最後まで戦ったのは覚えていますが……」

 実際、戦いの内容はほとんど覚えていなかった。あの魔科学者クルトーが大量の魔道器の缶のようなものを投げつけ、大量の白棺兵(びゃっかんへい)が現れたのは覚えている。玲花が引きつれてきた黒衣全員で戦った。自分は二匹切り倒し、一匹を絞殺し、四匹目を相手したところまでは覚えている。受けたダメージがひどく、そこから意識がはっきりしなくなった。黒衣は次々と倒されていった。最後の記憶は勝どきだ。巨大な機械に乗った魔科学者を倒した玲花が、握った右手を高らかと上げ、それから自分も血まみれの拳を天へと掲げた。最後まで立っていられたのは二人だけだった。

 突然、ぎゅっとプリシラが左腕に抱きついてきた。ずいぶん大胆な王族だな、と困惑する一輝(いっき)に向けてプリシラは言ってくる。

「ねえお兄ちゃん、城の外行こうよ」

「……?」

「行こう! 街の案内してあげる」



 城下の大通りはやはり大変な栄えようだった。人通りが多く活気がある。荒れた国では人々の顔が不安げであり、享楽的であるのだが、この国ではそれがない。

「……本当に素晴らしい国ですね、水の国は。豊かで活気に満ちている」

「そお? でもここは大通りだから商人さんばっかで小奇麗だけど、ちょっと裏まで行くと大変だよ? いまは難民が大量に押し寄せてきて教会はすごいことになってるし、宿泊施設が足りないから空いてる民家とかも借りちゃってるし」

「お詳しいんですね。国政のことが」

「だって難民支援はあたしの仕事だし。もともと教会の支援関係は全部あたしがやってたから」

 そうか、と一輝(いっき)は思う。この国では王族が遊び呆けているわけではないのだ。ちゃんと国政に参加して仕事をしている。長く体制を維持できている理由もその辺りにあるのかも知れない。

 そのあと一輝(いっき)たちは街の観光名所などを巡った。巨大な噴水や動物園、釣り堀などもあった。国が運営していて全て無料である。ほかの国からすれば信じられないことだった。それ程の税収がこの国にはある。

 やがて一輝(いっき)たちは露店のデザート屋に向かった。魔法を利用して作った氷菓子である。この国の名物らしい。一輝(いっき)はメロン味を、プリシラはパイナップル味を頼んだ。頼んで、品物を受け取ってから気がつく。


金が足りない。


「……あの、大変言いにくいんですがプリシラ様」

「……?」

「お金が足りないのです。ちょっと貸してはもらえないでしょうか?」


 するとプリシラは「え~、あたし一銭も持ってないよ~」と言ってきた。仕方がないので店主にペコペコ謝り、なんとか有り金の九割を渡すことで勘弁してもらった。本来ならば全額渡すのが筋だろうが、それではこの後のプリシラとの散策に支障をきたす。

 次にプリシラは「城壁を登ろっか、お兄ちゃん」と言った。城の近くにある広大な湖が見渡せるのだという。こちらに資金がないことを気にしてだろうか、タダで見れる施設だ。

 登ってみると、そこにあるのはどこまでも広がる豊かな草原と、本当に大きな湖があった。セリア湖というらしい。透き通るような水を豊かにたたえた円形の湖畔。湖の中央にはぽつんと小さな島があり、それが景色としての風靡を豊かにしている。島の上にはなにやら崩れかかった石造りの建造物が見えた。


「ここが水の国の水源なんだよ、お兄ちゃん」


 プリシラはそういう。水はここから湧きだし、全土へ行き渡る。川を介して次の湖を作り、そこからさらに川を介して別の湖を作る。よって水の国には湖が多い。水不足になったこともない。

「あの湖の中心に浮かぶ島、あそこに建っているのが最初の教会だったんだって」

「へえ、お詳しいんですね」

「だって教会の担当者だもの」

 えへん、とプリシラは胸をそらす。教会が多くあるのは水の国だけだ。何故かは知らない。恵みをもたらす女神アフレイアを御神体としているため、教会は国にも民にも福利をもたらさなければならない。それが教義である。この水の国ならまだしも、ほかの国ではそんな他人に分け与える余裕がないから流行らなかった。そんなところだろうか。


 やがて日も暮れ始めて散策の時間は終わる。街の街灯が明るく灯るころ、二人は腕組みしたまま王城へと帰って行った。


8


「指輪を全て王都に移します」

 一輝(いっき)はグリフォンの背の上で、昨日の朝の朝議でのエカテリーナの発言を思い出す。今は一人、城塞都市を目指して飛行している最中だ。グリフォンは早い。もうすぐ到着する。


 エカテリーナは指輪を集める決断をした。いまは何よりもサーラーンの計画を早急に挫くことが大事であると。反対する国官は数多かった。その筆頭は宰相のエルロンである。神器を移動させると国が荒れる。大変な事態になる。せめてあと一つか二つ、やつらの目的が本当に神器なのか、奪いに来るのか、様子を見てからでも良いのではないか、と。


 それでは遅い、とエカテリーナは判断した。すでに一つ奪われている。もともと預けていたものをあわせれば二つだ。これ以上思い通りにさせてはならない。

 ほかの城塞都市には親衛隊が向かっている。一輝(いっき)はグリフォンを借りて一人、ここに向かった。女王からの委任状も持っている。これを領主に見せれば良い。決断がなされたなら、あとは素早く迅速にだ。


 だが一輝(いっき)は、城塞都市に到着して異変に気付く。騒ぎが起きていた。住民が逃げ惑っている。何かに追いかけまわされている。あれは――


「ゾンビ? 死霊魔術師か!」


 一輝(いっき)より先に、すでに敵は到着していた。



 街は大変な荒れようだった。人々の悲鳴が木霊している。それもそのはず。墓場から大量の死体が溢れ出し、街中で暴れていた。死体たちは住民を襲い、捉え、食い、肉と血を啜っている。この世のものとは思えぬ風景だった。


「ハレ~ルヤ~!」


黒い教会服を着た男が言う。


「こんばんは皆さん~! わたしは死霊魔術師のジャッコというものです。今宵の血の祭典、どうか楽しんでくださいましね~。誰でもいいからあれをもう一度、わたしに見せてくださいましね~」


 ジャッコという男は魔術の文様が刻まれたワンドを持っていた。魔法文字が魔力を流すことによって煌びやかに輝く。それを一振りすると今度は死霊が数匹現れて住民を襲った。襲われた住民の身体に死霊が重なると、肉が黒く変色し、焼けただれたようになって悶絶していた。


「やめろ貴様ッ!」


 一輝(いっき)が叫ぶと、ジャッコが振り向いた。金髪の若い男である。だか見た目通りの年齢ではない。彼はサーラーンにより女神の祝福を受けている。


「おや~、これはこれは黒衣殿じゃあないですか~。お早いお着きですね~。判断が早いですね~」


 ジャッコは言い、ワンドを構える。一輝(いっき)も刀を構え、言う。


「お前らの目的は指輪だと分かっている。なのになぜこんなことをする! 街の住民は関係ないだろうが! いますぐやめろ!」


「そうはいきません、黒衣殿」


 ジャッコは言う。


「わたしは見たいのですよ。あの美しいものをもう一度見たいのですよ。そのためならばサーラーン様の命令など二の次、いや……」


 ジャッコはワンドに魔力を込める。魔力が通されて魔法文字が光ったそれを再び振るった。するとこの場に大量のゾンビが現れる。三十体以上か? 一度の召喚にしては数が多すぎる。


「……流石にそこまでは割りきれませんね。ええ割りきれませんとも。ですからご忠告通りにまず目的を果たすとしましょうか。あなたはその後でお相手して差し上げます。もしかしたら黒衣のようなものこそが、再びあれを見せてくれるのかも……」


 そう言い残し、ジャッコは宮殿へ向けて駆けだした。その背を追いたかったが大量に現れたゾンビが住民を襲っている。一輝(いっき)は気功を使って一気に距離を詰め、抜刀術を放つ。


「斬ッ!」


 十五メートルを一気に駆けた。一瞬で五体のゾンビの首を落とす。気功とは黒衣に伝わる特殊な体術である。一輝(いっき)の魔力は低い。生物は皆生きるエネルギーとして気脈の力を自然発生している。それは生きるためだけには多少多く、その余剰分を魔力に生成してためることができる。その溜められる量が一輝(いっき)は低い。これは先天的なものであり、生まれついての才能なのでどうしようもない。


 だから剣の技を磨いた。だから体術を習得した。気功とは、魔術とは逆で、本来外に向けて放つ気脈を体内に放ち、神経節を刺激して肉体に爆発的な反応を起こさせるものだ。これにより一瞬ではあるが人間離れした力を発揮できるし、信じられない瞬発力を発揮できる。ただし連発はできない。できないというか、するべきではない。瞬時ではあるが肉体の限界を越えた動きをするので、あまり何度もやると身体を損なう。鍛え上げた一輝(いっき)の身体でもそうであるから、一般人なら使った瞬間、足が折れる、腕が外れる。


「斬ッ!」


 さらに三体切り捨てる。相手は動きが遅い。攻撃も単調だ。だが数が多い。


 襲われている住民を優先的に助け、一輝(いっき)はゾンビと戦った。途中で悪霊にも出くわしたが問題なく切り捨てる。だがその途中で、これでは駄目だ、と一輝(いっき)は思う。こんなことをしていては駄目だ。いまは住民への情けよりも優先すべきことがある。おそらくそれは、この阿鼻叫喚の悲鳴を無視してでもやらなければならないことだ。


――非情な決断。このようなことばかり一輝は、見なければならない。感じなければならない。決断しなければならない。


 一輝(いっき)は住民の救助を止め、宮殿へと向かった。



「ハレ~ルヤ~」

ドンっと両開きの扉を押し開き、部屋の隅で震える領主に向けてジャッコは言う。


「いや~、つまらないですね~、期待できないですね~。あなたではとてもあれを見せてくれそうにない。でもそんなあなたにも用があるんですよ。ええありますとも。宮殿の祭壇の鍵を今すぐ渡してもらえませんかね? ええ今すぐ」


 ジャッコは言い、ワンドで左手の手のひらをぺしぺしと叩きながら近づいていく。領主は怯えてへたり込み、後ずさるだけだった。そこへ――


「やめろジャッコッ!」


 一輝(いっき)は領主の執務室に突入した。刀を抜き、構える。ちらりと見るが、祭壇は無事だ。指輪の祭壇は領主室から入れるが、その扉は閉じたまま。あの部屋は古代よりの魔法で壁や扉に守りの呪が描かれている。それゆえどんな魔法でも破壊して入ることはできないし、時空間魔法で転移することもできない。鍵を使って入るしかないのだ。その鍵は領主が持っている。


「おや~、お早いお着きですね~。住民の皆さま方は見殺しですか~」


ジャッコは何故か嬉しそうに言ってくる。


「あなたの相手は後でしてあげると言いましたのに、待ち切れなかったのですか~、仕方ありませんね~」


 言って、ジャッコは魔力文字を光らせたワンドを振るう。すると悪霊が三体現れ、弾丸のような速度で一輝(いっき)を襲った。一輝(いっき)は刀を一閃して二体を切り捨て、突っ込んできた一体をかわす。その一体はすぐに方向転換して戻ってきた。返す刀で切り捨てる。全て一瞬のことだった。


「おやおや、流石は黒衣。やはり簡単にはいきませんか」


「お前、なぜこんなことをしている。指輪が目的なら、住民は関係ないだろう」


 刀を向け、鋭い視線で一輝(いっき)は言う。


 ジャッコは答える。


「わたしはね~、好きなんですよ人間の死が。その死にゆくときの表情が。最後の瞬間が。それら全てを愛してやまないのですよ。ええ愛してますとも」


 聞いて、一輝(いっき)は心底軽蔑した表情を見せる。


「……この、変態め」


「失礼な。芸術家と言ってください。わたしが追い求めているのはただの死に顔ではないのですから。わたしがもう一度みたいのは、そう……」


 あれは美しかった、とジャッコは思う。あれほど心を奪われる美しさはほかになかった。かつて教会で死を迎えたあの老女の死に顔は美しかった。


――ふッと、


魂が抜けだした、


 それまでは薄く呼吸をしていた。瞳を閉じていた。表情に変化はなかった。


 ふっ、と魂だけが抜けだし、昇天する瞬間に立ち会った。


 ジャッコはもともと教会で魔法治療を行うものだった。それは教会の義務であり、収入源であり、ジャッコにとっての全てであった。


 だがそれは綺麗な教義や教会の姿に似つかわしくない、汚い部分も多かった。大した怪我でもないのに泣き叫ぶ者、速くしないかと文句ばかり言う者、あるいは金を渡して順番を買おうとするもの。


 嫌気がさすことも、ままあった。


 そんな時、あの老女が来た。ふらりと、力なく。


 見るからに死相が見える――老衰であった。


 その姿はがりがりにやせており、足取りも怪しかった。ジャッコはすぐに老女を抱え、教会奥の診療室のベッドに寝かせた。


「大丈夫ですか? すぐに人を呼んできますので――」


 ジャッコは言い、その場を一旦離れようとする。だがふわりと向けられた老女の手が教会服を掴み、放さない。ジャッコは戸惑い、老女を見る。


 老女は何か喋っているようだった。ジャッコは膝をつき、顔を寄せる。


 老女は、治療してくれとは言わなかった。あるいは食事を、とも言わなかった。ただお迎えの前にお祈りを……、そう言っていた。


後で分かったことだが、その老女に身寄りはなかった。生命の終える瞬間、最後の力で一人、教会に辿り着いたのだろう。ジャッコにとって、治療以外のことはあまり経験がなかった。たどたどしくも祈りの言葉を口にする。しかしこんなことをしていていいのか? と思う。治療すればまだ助かるのではないか? 炊き出しをもらってきて、食べさせてやるべきではないか?


そうこうするうち――


ふっ、と、彼女から命が離れた。


その瞬間は、始めて見る現象だった。


綺麗だった。


生きているうちに人が見せるあらゆる醜悪。あるいは小狡く、あるいは卑怯で――そういったものとの対極に位置する「潔さ」というべきもの。


死の瞬間は誰でも苦しかろう、つらかろう、耐えがたいだろう。しかし彼女は違った。人生をきれいに全うした人間は最後の瞬間、信じられないほど神聖で美しい表情を見せる。そこには後悔も痛みもなく、ただただ静謐で美しい。あれは美しかった。あれには感動した。あれを見たい。どうしてもまた見たい。


そんな折、サーラーンに出会った。彼は言った。見せてやろうと。その美しさをあらゆる見地から考察し、それを再現させてやろうと。領主室に併設された研究所の中で。だが駄目だった。実験体では駄目なのだ。死の恐怖を克服した者でなければ。


「ひょっとして黒衣殿なら、見せてくれるのですかね~、あれを!」


 召喚、とジャッコは叫び、魔力で光らせたワンドを頭上に掲げる。すると地面に魔術文様が現れ、巨大な何かが出てきた。死体である。しかしただの死体ではない。それは幾体もの死体が繋ぎ合わされていた。頭部が三つもある。両腕も太い。手に生えた爪は緑色をしており、獣の爪のように長い。身体全体が一輝(いっき)の倍以上大きい。


「対黒衣用にあつらえた、特別なゾンビですよ。さあ存分に楽しみましょうか!」


 ジャッコが言うと巨大ゾンビが走ってきた。素早い動きでパンチを放つ。一輝(いっき)はバックステップでかわした。パンチは執務室の机に当たり、木製の机がばらばらに崩壊する。一輝(いっき)は思う。一撃もらったらアウトだ。対刃スーツで打撃は軽減できない。威力が高すぎる。


「斬ッ!」


 巨大ゾンビの胴を斬った。だがおかしな手ごたえに一輝(いっき)は驚く。見ると、巨大ゾンビの身体は斬れていない。切断されていない。


「聞いていますよ黒衣殿、その刀は魔法を消滅させるんですよね~。ならこんなのはどうですか?」


 巨大ゾンビの傍らにいるジャッコが光るワンドで命じると、巨大ゾンビは中央の頭から大量の緑の液体を吹き付けてきた。おそらく毒か酸だ。一輝(いっき)は気功の瞬発力で壁まで飛ぶ。するとほかの頭が緑の液体を吹き付けてきた。さらに壁を蹴ってかわす。緑の液体を被った木製の机は煙を上げ始めていた。非常に強力な酸液だ。


「……お前、なぜおれの刀のことを知っている? 誰に聞いた」


 一輝が鋭い表情で問うと、ジャッコはおどけた表情で髪をかき回しながら、言う。


「あっちゃ~。これは要らないことを言ってしまいましたかな黒衣殿。しかし心配無用。あなたにこいつは倒せません。なにせサーラーン様が開発したヒヒイロカネ専用の特別な呪を仕込みましたからねぇ」


 一輝(いっき)は刀を構えたまま右へと廻る。ジャッコを直接狙おうと考えたためだ。しかしジャッコも巨大ゾンビも位置を合わせてくる。ジャッコは常に巨大ゾンビの背後に位置取る。これでは狙えない。


 それに、と一輝(いっき)は思う。なぜこいつはヒヒイロカネの刀の特性を知っている? 一輝(いっき)がこの国でそれを教えたのはごく僅かな人間にだけだ。まさかあの中に情報を漏らした敵のスパイがいたのか?


 ブシュ、と再び酸液が吐き出された。同時にではなく移動後の位置を狙って次々くるので、一輝(いっき)は跳躍を繰り返してかわした。そして一瞬の隙を突いて斬撃を放つ。今度は首だ。しかし斬れない。ぬるりとした感触の何かに阻まれ、まったく刃が通らない。


 ならば、こうだっ!


 一輝(いっき)は巨大ゾンビに肉薄する。これなら酸液はかけにくい。巨大ゾンビは思い切り振りかぶってパンチを出してきた。その一撃にタイミングを合わせる。ぎりぎりの瞬間で避けて拳を巨大ゾンビの胴にぴたりと当てると、一輝(いっき)は両足でしっかりと地面を噛み、打ち抜く。


「寸打っ!」


 どんっ、とも、ばんっ、ともとれる轟音が響いた。直後には巨大ゾンビの巨体が後方に吹き飛ぶ。ジャッコも巻き込まれて壁に激突していた。


「くッ!」


 倒れた姿勢でジャッコが光るワンドを振るった。だが何も起きない。なんだ――


 ジュ、と焼けるような音が下から聞こえた。見ると透き通るような手が地面から生え、一輝(いっき)の右足首をつかんでいる。悪霊の手だ。まずい――


 一輝(いっき)は急いで刀を振るい、悪霊の手を切り捨てた。直後に姿を現す悪霊。即座に一刀両断する。


 その間に巨大ゾンビは起き上がっていた。ジャッコは再びその背に隠れる。その手には魔術文字の光るワンドが握られている。


(死霊魔術と巨大ゾンビの連携攻撃か…?)


 そう思った。しかしはっと気づく。あのワンド、さっきから魔術文字が輝き続けている。ずっと魔力を流し続けている。


 魔法は使っていない――ならばどこへ?


(――そうかっ!)


 一輝(いっき)は呪文を詠唱する。初歩的で初心者が習う魔術遮断の呪文だ。一輝(いっき)には魔力がほとんどないが、全くないわけではない。魔法を使えないわけではない。威力や効果時間はほかの者の十分の一、あるいは二十分の一だが。


「魔力遮断!」


 一輝(いっき)は呪文を唱えた。と同時に気功を使って前方に飛び出していた。おれの魔法では効果時間は一秒もない。刹那の瞬間、


「斬ッ!」


 刀が閃く。斬りぬいた刃には血しぶき一滴すらも残らない。チンッと一輝(いっき)が刀を鞘に納めると、巨大ゾンビの三つの首が胴から切り離され、更に両腕が落とされていた。


 どうっと巨大ゾンビの身体が倒れる。すべては一瞬の出来事だった。ジャッコはまさか、信じられないという表情で一輝(いっき)を見ていた。


 一輝(いっき)は言う。


「ゾンビの体内に魔法障壁を張り続けていたんだな。ヒヒイロカネ専用の。それでお前は魔力を流し続けなければならなかった。とんでもない魔力量だ。だが一瞬でもその流れが途切れれば、問題なく斬れる」


 一輝(いっき)は刀の切っ先をジャッコに突きつけて、言う。


「ここまでだジャッコ。身柄を拘束させてもらう」



「ヒャッハー! 逃げ惑うだけかよあんたら! 弱い弱い!」


 城塞都市の市街地で親衛隊の騎士たちはメキドラを相手に戦っていた。


魔道器の力を解放し、戦う。


魔法を使い、戦う。


しかし妙だった。四対一である。持久戦になればいつか相手の魔力が尽きるはずだと、そう思っていた。だが現実は逆だった。こちらの魔力が尽きかけている。メキドラの魔道銃の威力は一向に衰えない。


 ドウゥ!


 メキドラの魔道銃から信じられないほど巨大な光弾が撃ち放たれる。親衛隊の騎士は飛び跳ねてかわしたが、続く二撃目で胴を貫かれた。即死である。


「このぉっ!」


 魔道銃の女騎士が撃ち返す。だがメキドラは建物の陰に隠れて当たらない。魔力が尽きかけて威力の落ちた女騎士の魔道銃ではレンガの壁は貫けない。


 女騎士も建物の陰に身を潜めた。自分が最後の一人だ。魔力も尽きかけている。どうやったら勝てるのか?ともかくいまは魔力を回復しなければ……


 と、メキドラから唐突に声がかけられる。


「僕たちサーラーン様に強化術式かけてもらってんだよね~。それで魔力も常人の五倍? 十倍?……だ・か・らぁ」


 メキドラが姿を現した。両手でしっかりと魔道銃を持ち、構える。


「こういうこともできちゃうんだよね~」


 ドウゥ、ドウゥ、ドウゥ、


 メキドラは女騎士が隠れている建物に向けて連射した。石作りの建物がみるみる破壊されていく。直後、建物の壁が倒壊して女騎士が押しつぶされた。左足が折れる音がする。身体は瓦礫に埋もれて動けない。


「隠れてやり過ごそうなんて甘い甘い~! それじゃ、バイバイチーン!」


 そう言い残し、銃口にふっと息を吹きかけると、メキドラは宮殿へと向かった。



 城塞都市の執務室で親衛隊は、サーラーンを迎え撃っていた。魔法同士をぶつけあう。しかしお互いの威力が全く違った。


「ファイヤーボールッ!」


「ブラスター!」


 親衛隊の騎士の放った火球はサーラーンの魔法に呑みこまれて消滅する。そのまま炎の竜巻をかわせず、騎士は全身を焼かれて絶命した。


「ラアアァァァッ!」


 長剣を持った親衛隊の騎士がサーラーンに斬りかかった。しかし斬撃は届かない。突如として空間に現れた魔法障壁によって阻まれる。


 サーラーンは長剣を持った騎士に手を差し向けた。呪文を詠唱し、解き放つ。


「ここまでだな。ウインドブレスッ!」


 ごうっ、と凄まじい衝撃波が放たれ、騎士は絶命した。


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