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黒衣戦記  作者: 桜花
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 雪の王の軍勢は、ついに王城を目の前にしていた。率いる兵の数は六千。みな城塞兵(じょうさいへい)からの選りすぐりの兵たちである。

 一方クルトーも、王城から軍を出撃させていた。数は四千五百から五千と言うところだった。その時点で戦力的には精彩らに分があるのだが、そう簡単にもいかない。精彩らはなるべく相手を殺さぬよう戦わねばならないという戦術的な急所があった。みな元は雪の王の僕なのである。クルトーさえ倒せば縛りは解ける。あるいはその場で治療するかだが、戦いの最中に達成するのはどれも至難であった。


 それに精彩には疑問があった。今回なぜクルトーは住民を出撃させてこないのだろうか、と。王都の住民の人口は多い。前回のようにやられたら大変なことになる。


 しかしそれに対しては桜花が理由を言った。


一輝(いっき)君の聞いた話通りなら、クルトーには明確な野心や目的があって、この国を奪っている。それは住民全員が死んでしまったら果たせないことも含まれていた。城塞都市を一個潰すのは躊躇わなかったけど、王都は別だろうね。彼は勝ちさえすれば負けてもいいというタイプじゃない」


 お互いに暗黙の了解があった。クルトーは今回、住民を捨て駒にしない。精彩らはなるべく殺さぬように非効率的に戦うしかない。ならばどうやって勝つのか。


 桜花は告げる。


「一番良いのはクルトーを倒すことだね。それで命令系統に矛盾が生じる。彼らは誰のために何をするのか混乱し、命令を受けていない時点の()かれものに戻る。治療するのは後でゆっくりやればいい。()かれものは抵抗しないしね」


 桜花はそう言う。ただ桜花も、その前段階である眼前の軍勢に対しては有効な策が出せなかった。


「……あれはもうやるしかないよ。隙を突くとか罠にはめるとか、それで処理できれば苦労はない。相手は総勢五千人近くの王都警備隊だ。()かれものとはいえ個々の戦力は高いんだろう?

 こちらとしては盾の上に綿を張ったり、武器以外にも投網や鉤棒を使って捕縛するなどして、出来るだけ戦場で治療して助けたいけどさ、どうしたって犠牲は出るよ」


 精彩も、桜花の言う通り有効な策は思いつかなかった。ただ戦い方としては遅滞戦術で後方に下がって行き、前列の敵から順番に捕縛していけば、ある程度犠牲を抑えられると考えている。軍隊同士が戦っている間に、玲花率いる黒衣(こくい)十一人が王城に潜入してクルトーを倒せば勝利だ。やつはおそらく研究所にいるだろう。こちらには抜け道を案内できる兵士はいる。


 ただ―――と、桜花は一つ懸念を話した。


「クルトーは科学者なんだ。実に合理的で論理的な考え方をする。科学者はプライドとか意地とかでは動かない。実験の前に研究し、予測し、推測し、駄目と分かっていたら無駄な実験は行わない。彼は勝ち目がないと思ったのなら逃げるはずなんだ。戦えば負けるけども、最後の一兵まで戦わなければ気が済まないなんて考え方はしない。

―――つまり、彼は我々に勝てると思っている」


 それが果たしてどんな方法なのか? 桜花ですら分からないとのことだった。



 ――開戦へ


 戦闘は意外なほど静かに、ゆっくりと始まった。精彩らの軍がある程度の距離まで接近すると、相手の軍の先頭にいる部隊のみが反応して、突撃してきた。本体は全く動かない。突っ込んできたその少数を投網や鉤棒で捕え、或いは表に綿を張って相手を傷つけぬようにした盾で打ちすえ、捕えて治療銃で治していく。それが終わると精彩は再び前進を命じて相手の出方を見る。するとまたも敵の前衛の一部の者だけが突出し、精彩らに捕えられていく。

 そのやり方の戦闘ではまったく犠牲者が出なかった。敵も味方もだ。ただ進軍が非常にゆっくりで、まったく前に進まない。


「……時間稼ぎか? これは」


 精彩にはそう感じられた。これは全く勝つ気のない戦法である。もともと勝ち目は精彩らのほうにあった。とはいえ、何だこれはと思う。

 敵の行動に不気味さを感じた。黒衣(こくい)たちはすでに王城に潜入している頃合いだが、敵軍は精彩らをそこへ辿りつけぬようにしている。

 しかしだからといって犠牲者が出るのを覚悟で全軍を突入させるわけにもいかず、精彩はその迂遠な戦いを延々と続けた。



 玲花率いる黒衣(こくい)たちは兵の案内の元、王都の中を進み、ついにクルトーの研究所の前へと辿り着いた。一輝(いっき)からすれば長い道のりだった。最初は精彩と白陽、そして一輝(いっき)の三人から始まった旅である。果たしてあれから何カ月がたったのか。それが今、終わろうとしていた。


 そして研究所の前には、探すまでもなく――


「いらっしゃい黒衣(こくい)君たち。――これはずいぶん少ないな、十一人か。……まあそれ以上出すのも難しいことは分かっていたがね」

 研究所の前にはクルトーがいた。前髪が跳ね上がった金髪に、眼鏡、身体は長い丈の白衣に包まれている。

「……ついに追い詰めたぞクルトーっ! 城壁の外ではお前の率いる仮初の軍は負ける。そしてお前は黒衣(こくい)に囲まれている。もう勝ち目はないぞっ!」


 一輝(いっき)は叫ぶ。だがクルトーは涼しい顔をしたままだ。


「――ふむ、一部は正しい。軍隊同士の戦いは君たちの勝ちだ。こちらは将のいない弱小軍だからね。まあ最初から負けるように命令してある。ただしなるべく時間を稼ぐように、だ。なぜなら―――」


 クルトーはそこで胸元から魔術模様の入った缶を取り出した。それを足元に投げ、叫ぶ。


「魔装機兵アモン、見参ッ!」


 するとその場に白い煙が発生し、クルトーの身体を覆い隠す。それは、風が煙をかき消すまでもなく敵の姿が覗いていた。巨大である。全長は五メートルはあろうか。奇怪な金属の鎧という点では今までの魔装機兵と同じだったか、大きさがまったく違っていた。各部に流れるように描かれたラインは紫。色のついたラインは薄く発光している。兜、と言うより頭部の両眼の部分は他の魔装機兵と同じく黄緑色だ。人型ではあるが、各部に明らかに武装と思われるものが仕込まれている。そのどれもが大きい。まるで金属の城のようであった。


「はははははっ! こいつの完成のために、前の二つの試作機はあったのだよ。こいつは大量の気脈(きみゃく)を吸い上げて行動できる。凄まじい攻撃力を誇るうえにエネルギー切れはないっ! さらにはコクピット式を採用し、武術の経験などは必要としなくなった。まさに傑作器! 魔装機兵の完成形である!」


 クルトーが叫ぶと、魔装機兵アモンが起動した。紫のラインが光り輝き、両目の黄緑色の部分に光が灯る。


「これを黒衣(こくい)にぶつけるために軍に時間稼ぎをさせているのだよっ! 正確なデータを取るために! こいつは黒衣(こくい)二十六人分の戦力と同等に設計してある。――知っているのだよ、わたしは。君たちは最大で二十六人しか存在できない。そしてその全員が同時に下界に降りることも出来ない。死霊山の鎮魂作業があるからだ。この時点で君たちに勝ち目はない。さらに――」


 魔装機兵アモンは前傾姿勢になって両足を踏ん張ると、言った。


白棺兵(びゃっかんへい)、射出っ!」


 直後、アモンの背後から多数の魔術模様が刻まれた缶が射出され、周囲の地面に散らばって大量の煙を吐き出した。風が吹き遊び煙が流れていく。するとそこには大量の妖魔の姿があった。白い体躯で、人型であり、眼がなく、そして両腕が異常に太い。


 それら妖魔の額には魔術文字が輝いていた。クルトー、と。ならばあれは使役されている妖魔である。できるだけ魔力の高い人一人を生贄として捧げることで、大地の気脈(きみゃく)に強制的にひずみを作りだして妖魔を呼び出し、魔力で縛る。学ぶことが禁じられた魔法、禁呪であった。


「はははははっ! 自由に研究できるのは素晴らしい! 本当に素晴らしいっ! こいつらは住民に気脈(きみゃく)を限界まで注入し、擬似的に魔力の高い生贄に仕立てて召喚した凶悪な妖魔だっ! 一体一体が黒衣(こくい)と同等か、それ以上の強さを持つ! これがわたしが論理的に導き出したこの戦争の答えだよっ! 黒衣(こくい)も、軍隊も、これだけの戦力の前にはどうにもならない。これが完成した時点で、この世のだれも、わたしに勝つのは絶対に不可能なのだっ!」


 自信に満ち溢れた声で、クルトーは言う。黒衣(こくい)たちはそれそれが武器を手に取り、構えた。その中心にいる玲花も、背中に背負った巨大な大剣を抜き放ち、構える。


 玲花は巨大な魔装機兵に対し、叫んだ。


「世の理を乱す外道よ、大地に還るがいいっ!」


「ほざけっ、時代遅れの田舎者どもがっ!」


 最後の戦いが始まった。



 迫りくる白棺兵(びゃっかんへい)の攻撃を、一輝(いっき)はしっかりと見つめて冷静にかわした。やつらは拳を振るってくる。太い拳だ。それが身体のすぐそばを通過する音で察する。


威力が尋常ではない。


それに速度もある。


クルトーが言った言葉ははったりではない。こいつらは間違いなく黒衣(こくい)と渡り合える力を持った妖魔である。


「斬ッ!」


 拳の打ち終わりを狙い、斬った。肩から胸にかけての袈裟斬りである。それで白棺兵(びゃっかんへい)の身体に傷は入った。そこからは緑色の血液が滲んでいる。だが浅い。浅すぎる。まともに入ったのに斬り裂けなかった。


「気を付けてっ! こいつら硬いっ!」


 女の黒衣(こくい)が周囲にそう叫ぶ。見れば、他の黒衣(こくい)も苦戦していた。まだこいつらを倒せたものはいないようだった。斬れば傷は付くが、致命傷をとるには程遠い――


 ドモオオォォンッ!


 重く、地面に響く振動音が周囲に広がった。黒衣(こくい)の一人がクレイモア型の魔道器で白棺兵(びゃっかんへい)の攻撃を受けたのだが、そのまま身体ごと吹き飛ばされていた。彼は石壁に激突し、壁を破壊し、その向こう側へと転がって行く。信じられない威力であった。


「受けるなっ! 全部かわせっ!」


 誰かが言った。一輝(いっき)は頷くと、拳の連撃をかわしながら至近距離にいる白棺兵(びゃっかんへい)に接近し、自らの拳を白棺兵(びゃっかんへい)の胴へと添えた。両足でしっかりと地面を噛み、打ちこむ。


「寸打っ!」


 どんっ、とも、ばんっ、とも聞こえる轟音とともに、白棺兵(びゃっかんへい)の身体は吹き飛んだ。その身体は宿屋らしき建物の壁を破壊し、内部に突っ込む。一輝(いっき)はさらに追撃しようと駆けだすが、横合いから別の白棺兵(びゃっかんへい)が襲ってきたので、そちらに向きあわざるを得なかった。こちらのほうが数が少ない。乱戦になると不利であった。


 白棺兵(びゃっかんへい)が拳を振り上げ、殴りかかってくる。一輝(いっき)は即座に身をかわしつつ、相手の力を利用してカウンターで斬りつけた。胴から脇の下にかけて。斬撃は先ほどよりも深く入る。さらに白棺兵(びゃっかんへい)はもう一撃繰り出してきた。ならば、と同じくカウンターを狙うが、背後にひやりとする気配を感じ、一輝(いっき)は側転して身をかわした。直後に通り過ぎる、ごうっ、という風切り音。いつのまにか背後にもう一体が迫っていた。そこへ――


 ズシャァッ!


 肉が潰れ、血が飛び散る音がした。一輝(いっき)の背後にいた白棺兵(びゃっかんへい)の背後には、さらにもう一人の黒衣(こくい)がおり、手に持つ魔道器の大型ハンマーで白棺兵(びゃっかんへい)の頭部を叩き潰していた。大柄な女性の黒衣(こくい)である。威力からして重量加算される能力の魔道器だろう。


彼女は一輝(いっき)に向けて言う。


「こいつら、刃物が全然通らないっ、なんか別の方法で殺りなっ!」


 その言葉に頷くと、一輝(いっき)は先ほど斬りつけた白棺兵(びゃっかんへい)の元へ駆け出し、太ももに思い切り蹴り込んだ。どむっ、とかなり重い音がする。一輝(いっき)白棺兵(びゃっかんへい)が一瞬動きを止めた隙に、白棺兵(びゃっかんへい)の首に足を絡めるように組みついた。


 (かずら)(わざ)である。締め技、組み技とも言う。一輝(いっき)はそのまま足に力を入れて白棺兵(びゃっかんへい)の首を締め上げていく。白棺兵(びゃっかんへい)が両腕を伸ばしてきて一輝(いっき)の身体を掴んだ。振りほどこうと物凄い力で握ってくる。だがその力が急速に弱まっているのを一輝(いっき)は感じていた。首の肉も力を失い、締まってきている。あとすこし――


 ぎぎぃぃぃっ、と不気味な悲鳴を発すると、白棺兵(びゃっかんへい)は全身から力が抜け、倒れた。酸素を遮断させたことによる窒息死である。まず一体――


「――ちくしょうっ!」


 誰かが苦悶の声でそう叫んだ。見ると一人の黒衣(こくい)が首を失い、その胴体が倒れていくところだった。武器からするとクッドマーだ。背後から頭を直撃されたらしい。

 周囲にいる黒衣(こくい)はあと八人まで数を減らしていた。ふっ飛ばされて行った黒衣(こくい)は戻ってこない。襲ってくる白棺兵(びゃっかんへい)はまだ二十体以上いる。このままでは……


 一輝(いっき)はそれ以上は考えず、刀で白棺兵(びゃっかんへい)の口を狙った。



 白髪の黒衣(こくい)、玲花は、大剣を手に一人、魔装機兵アモンに向き合っていた。玲花は大柄で、身長も二メートル近くある。だがアモンの巨体はそれどころではなかった。おそらく五メートルは優にあろうか。人型であり、機械の塊である。その金属板装甲は胴体部だけが突出して太く大きい。そこから延びる手足は長く、さまざまな武装が付いていた。ずんぐりとした体躯である。


これを人が操るというのか――、この中に倒すべき相手、クルトーはいる。


「蛮勇だね黒衣(こくい)君。たった一人でこの魔装機兵アモンに向き合うなどと」


 何らかの機械を通し、クルトーの声が届く。


「……それともあれかな? 君がひとりで逃げ回りながらわたしを攪乱して時間稼ぎし、向こうが白棺兵(びゃっかんへい)を倒して応援に来てくれれば何とかなるとでも思っているのかな? 残念、それは計算上無理な話だ。向こうにいる白棺兵(びゃっかんへい)の総戦力は、黒衣(こくい)十人分を上回っている。応援に来るどころか全滅だ。そしてこの魔装機兵アモンは黒衣(こくい)二十六人分の戦闘能力を持っている。たった一人で時間稼ぎなど甘い甘いっ! だいたいなんだ、その大剣は! そのような重量物を持って攻撃を避けられると思っているのかね?」


 クルトーは嗤いながら言い、コクピット内のモニターを見ながら機体の操作を開始する。


「必殺っ! ブーストアタックっ!」


 ごうっ、と何かが噴射する音がした途端、アモンは巨大な右拳を玲花に向けて高速で突っ込んできた。大きさを感じさせない素早い動きだった。


玲花は左に跳躍してかわす。


通り過ぎるアモン。


しかしアモンは空いている腕で地面にアンカーのような物を差すと、その場でくるっと高速旋回し、再び玲花のほうへ突っ込んできた。玲花は背後を向いている。


「早くも終わりだっ、黒衣(こくい)!」


 背後から迫りくるアモン。


玲花は、しかしそちらを振り向くことなく跳躍すると、空中で身体をひねりアモンの攻撃をかわした。通り過ぎるアモンの背後に降り立つと、玲花は片手をかざして叫ぶ。


「白熱波っ!」


 空間に膨れ上がった光が、一直線にアモンのもとに収束していく。やがてそれはアモンの機体に当たって炸裂し、周囲に爆音が響いた。――しばらくして光は消失する。直撃箇所は赤く赤熱していた。が、破壊はされていない。アモンは再び振り向く。


「驚いたよ君には。よくそんなものを持って跳躍出来るものだ。

――しかし無駄だ。この機体に魔法など通じない!」


 その言葉に玲花は、はっきり音を立てて舌打ちをする。――玲花は両腕で大剣を構えた。

 そこへアモンは左腕を向けると、がたん、と音がして手首が変形して下に向く。そこから――先端に黒い分銅の付いた鞭が高速で射出された。


 がああぁぁぁんっ


と、激しい金属音がして、黒い分銅は弾かれる。玲花は大剣を身体の前にかざして鞭の一撃を防いでいた。だが勢いを完全に受け止め切れてはおらず、玲花の身体は後方に薙いでいる。

 左手に鞭を垂らした状態でアモンは、その左腕を無茶苦茶に振り回してきた。関節が異常な方向にまで折れ曲がっている。鞭が三百六十度すべての空間をかき乱した。ばしんばしんと、鞭が何回も地面を叩く音がする。玲花はそれを右へ、左へと跳躍しながらいったん後方へ下がると、アモンのほうに手をかざして叫ぶ。


「光輪の檻っ!」


 するとアモンの立つ地面の下から何十という光の柱が立ち上った。振り回していた鞭はその光の柱に複雑に絡みつき、アモンの機体を拘束する。ぎちぎちと、アモンが動こうとするたびに鞭がきしむ音がした。


 玲花はアモンに向け駆け出し――タンッ、タンッ、とその鞭を足場に跳躍を繰り返すと、大剣をアモンの頭上に振り下ろした。


 ガシュッ!


 激しい爆破音が響く。大剣はアモンの頭部の半ばまで埋まっていた。

 その振動はコクピット内部まで響いていた。周りの計器類からは頭部が破壊されたとの警報が鳴っている。


(なんだとっ! そんな馬鹿なっ!)


 クルトーは驚愕した。このアモンの装甲板は他の試作機の十倍の厚みがある。破壊されるはずがない。


 アモンは左腕の付け根から鞭を切り離し、廃棄した。その腕で玲花を掴もうと手を伸ばすが、玲花はすでに後方に飛んでいた。光の柱も消滅する。――アモンは自由になった右腕を掲げる。と、その二の腕にはがしゃんと巨大な連装式魔道銃が現れた。


「ガトリングモードッ! 起動っ!」


 バババババババッと玲花に向けて光弾が連続発射される。玲花は大きく右に回り込みつつそれらを避け―――突然の方向転換と跳躍で光弾の嵐を飛び越えると、一気に斬り込んで右腕に大剣を振り下ろした。連装式魔道銃が破壊される。


(――そんなっ!)


 コクピット内でクルトーがうめく。その顔には驚愕と焦りが生まれていた。



 一輝(いっき)は刀をまっすぐにのばして白棺兵(びゃっかんへい)の口内を貫こうとする。刃は口内に刺さり、肉を突き通す感触はあったが、途中で刃は止まっていた。貫通していない。

 だが体表を斬る感触よりは、確かに深く肉に刃が埋まっていた。


(――いけるか)


 一輝(いっき)は再び両腕をたたむと、気功の力で思いっきり突き通した。刀は今度こそ白棺兵(びゃっかんへい)の口内を貫いて、刃の先端が後頭部から現れる。

 妖魔の身体に足をかけて刀を引き抜く。白棺兵(びゃっかんへい)はそのまま倒れた。


 ――これで二体、


 さっと周囲の気配を探る。見れば二対一で押し込まれている者、折られたのか片腕が異常な方向へと曲がったまま戦っている者など、皆がそれぞれに苦戦していた。一輝(いっき)は二対一のところに駆けつけて白棺兵(びゃっかんへい)の真横から寸打を打ちこむ。それで吹き飛んで行った白棺兵(びゃっかんへい)は追わずに、今度は目の前の白棺兵(びゃっかんへい)を二人で挟んだ。


前にいる黒衣(こくい)は直刀の形状をした自らの魔道器の力を解放する。刃に彫られた魔術文様が次々と光り輝くと、その直刀は激しい炎に包まれた。前方からは炎の剣、後方からは一輝(いっき)が何度も斬りつける。途中、ごうっ、と白棺兵(びゃっかんへい)が両腕を無茶苦茶に振り回したが二人ともかわした。白棺兵(びゃっかんへい)は今度はこっちを向いている。すると背後から直刀の黒衣(こくい)が全体重かけて突き刺した。狙いは一輝(いっき)が開いた傷口である。


 直刀は深く白棺兵(びゃっかんへい)の背中に刺さる。だが貫き通せてはいない。一輝(いっき)はその場で飛び上がると、両足で思いっきり白棺兵(びゃっかんへい)を蹴り込んだ。直刀はさらに刺さって白棺兵(びゃっかんへい)の胸からはその切っ先が覗いている。白棺兵(びゃっかんへい)の両腕がだらんと下がり、身体も力を失っていく。


 ――これで三た

 ………

 ………

 ………

 ………

 ………

 直後、一輝(いっき)の意識は真っ暗になっていた。重たい水で全身を打ちつけられたような衝撃。

 ………

 ………

 見えるのは、白棺兵(びゃっかんへい)    敵  敵

 味方   敵


 味方


 敵


 ごうっという風切音、迫りくる拳をしゃがんでかわし――


         と、相手の振り終わりを利用して投げたが、足に力が入らず


 また一人死んだ。女の黒衣(こくい)だ。良く知って――





 ――――

 ―――

 ――

 ―


 ふと、一輝(いっき)の意識が澄み切った。目の前の空間が、戦場が、静寂に満ちた。

 瞬間――

「雷神剣っ!」

 一輝(いっき)は全身に気功を満たし、かつて習得した技を放っていた。



「拡散弾、発射っ!」

 アモンの腹部の装甲板が一部開き、そこから大量の光の礫がまき散らされる。大剣を盾に身を隠す玲花。しかし全身は隠せない。何発か当たり、玲花は傷口から血を流した。

 ここが好機と言わんばかりにアモンは素早く玲花に向かうと、大きな鉄拳を高速で玲花に向けて振るう。その拳はさらに腕の部分がスライドして長く伸びていき、大剣で身体を隠す玲花に直撃する。

 打たれ、後方に吹き飛ばされる玲花の身体。しかし拳の激突音はやけに小さいものだった。――玲花は直撃する前に自ら後方に飛び、打撃の衝撃を殺していた。

 二人の距離が開く。アモンは腰を落として構えると、


「誘導弾、発射っ!」


と叫んだ。するとアモンの背後からは小型の鉄製武器が四発発射された。それは後方から火を噴きつつ、放物線を描きながら玲花のほうへと向かってくる。


「はっ!」


 気合と共に玲花は気功を両足に使うと、大きく跳躍して空中でそれを捕えた。人差し指と中指の間に一本、中指と薬指の間に一本、左右の手にそれぞれ二本ずつ。

 着地すると、玲花はそれを思い切り振りかぶって投げ返した。すべてアモンの胴体にぶつかって爆発し、拡散弾の発射口が破壊される。


 ―――ばかなっ‼


 コクピット内部でクルトーはふき出す冷や汗と共に思っていた。―――情報になかった、こんなのは! 計算違いだ! 規格外だっ!


 アモンが爆発の衝撃で態勢を崩している。玲花はちらりと他の黒衣(こくい)たちのほうを見た。


残る黒衣(こくい)は三人になっていた。対する妖魔は十五ほど。その中で敵の中央に位置する一輝(いっき)だけが、鬼神のような働きを見せていた。力みを感じさせない柔らかい動きで攻撃をかわし、絶妙のタイミングで刀を返している。妖魔は次々と真っ二つになっていた。だが残り二人の黒衣(こくい)が倒された。残るは一輝(いっき)ひとり。


「―――雷神剣っ!」


 一輝(いっき)は自らの技である高速剣術を使っていた。全身に気功を使うあれは身体への負担が大きく、連発はできない。だが一輝(いっき)はそれを連発していた。妖魔が次々と四角い肉片となって地面に散らばっていく。


 玲花は視線をアモンに戻す。見るとアモンの機体は所々から火花を散らして、油が漏れ、一部からは煙まで上がっていた。それでも稼働し構えている。アモンは両腕を突き出して上下に合わせると、


「ソードモードっ!起動っ!」


と叫んだ。

 ブゥゥンッ、と不思議な音か振動か分からぬ何かが響き渡り、アモンの両手には大きな光の大剣が現れた。それを見た玲花はまっすぐにアモンに向けて突進する。アモンは大きく振りかぶった―――光の大剣の射程に玲花の身体か重なると、アモンの両腕は高速で振り下ろされる。

 だんっ、と玲花は気功を使ってさらに急加速すると、一瞬で光の大剣の射程の内側に潜り込んだ。玲花は大剣を横薙ぎに構えて振り上げる。それは振り下ろされるアモンの左腕と激突し、アモンの左腕は切断されて斬り飛ばされた。

 がしゃんと音を立てて転がるアモンの左腕。左腕を失った機体からは大量の油がこぼれていた。玲花はそのまま大剣で何度も斬りつける。アモンの機体からは次々と部品が飛んだ。

 コクピット内ではクルトーが恐怖と焦りの表情を浮かべ、大慌てで次々起こる問題に対処していた。だがそれが間に合わなくなって来ている。対応できなくなって来ている。


 クルトーは忙しなく両手を動かしながら、絶叫していた。


「――聞いてねえんだよ、こんなのはっ! 何が黒衣(こくい)だっ、嘘つけ馬鹿野郎っ! お前は黒衣(こくい)なんかじゃねぇっ! 化け物と怪物の落とし子だ! ――ああっ? 火災警報っ、消化レバーは――、あっっ! 足元から煙が出てるじゃねえかこのクソ野郎がぁぁぁぁっ!」


 アモンはまだ無事な右腕を玲花に差し向けると、「パイルアンカー、射出!」と叫ぶ。すると右腕から大きな鉄杭が射出された。玲花は大剣を斜めに構えて受け、弾く。即座に接近して玲花は、アモンの胴体の中央部に向けて大剣を振り下ろした。アモンの機体には大きな亀裂が入る。


 玲花は次々と大剣を振るった。アモンの胴体部が右から、左からと斬り裂かれ、亀裂の中央部がより深くなる。玲花は大剣をまっすぐに構えると、身体ごとアモンに突っ込んだ。


「大地に還れっ!」


 大剣はアモンの装甲板を貫き通し、クルトーの身体を串刺しにした。胴体が完全に断ち切られて絶命するクルトー。今際の言葉も発せなかった。


 玲花は大剣を引き抜くと、ぶんっ、とひと振りして背中の金具に装着する。一輝(いっき)を見るが、彼は全身に傷を負いながらも立っていた。周囲の妖魔はすべて斬り裂かれ、大地に散らばっている。


黒衣(こくい)殿!」


 声をかけられたほうを見る。すると遠くからこちらに駆けてくる者たちがいた。精彩、桜花、その他多数の兵士たち。彼らは皆歓声をあげてこちらに向かって来ていた。

玲花は彼らに向き直ると、天に向かって高らかと拳を突き上げる。一輝(いっき)も、血まみれの拳を天へと掲げていた。彼らの歓声がひと際大きくなり、やがてそれは王都中に広がって行った――


こうして、雪の国で起きた騒乱の幕は閉じた。一輝(いっき)の長い旅路も、ようやく終わった。


10


 全てが終わり、黒衣(こくい)たちは帰り支度を始めていた。


戦死者を弔い、火葬にすると、彼らはこの国はもう用はないとばかりに荷物をまとめ始めている。――当然であった。それが黒衣(こくい)である。だから精彩は黒衣(こくい)を頼った。


 桜花はまだ残ってくれるようだった。()かれものの治療の知識は彼女が一番深い。それに追加で届く治療銃の受け入れを考えれば、まだ居てもらわねばならなかった。だが基本的には――彼女の戦いも終わりを告げている。いずれこの国から去っていくのだろう。


 精彩はそれらを考えながら、王都の城壁の上に佇んでいた。平たい石を幾重にも重ねた壇上に、今は腰をかけている。夕暮れである。落ちていく夕日を見る。辺りの気温はひんやりとして寒い。


 まるでわたしの心の様だ、と精彩は思う。彼らの戦いは終わった。だが自分たちの戦いはこれからなのだ。戦後の混乱や事後処理など、忙しい日々が続くだろう。国中のあらゆる暖房機も使用せぬように言い渡し、破壊する。それと同じくして秋の実りに向けた準備もしなければならない。その備えを怠れば、この国では冬は越せない。

 だが()きものの治療に大量の大地の気脈(きみゃく)の力が吸い上げられるのは分かっている。今年の秋の実りは例年より確実に少ないだろう。それを売って得た炭では、冬を越せない者も数多く出る。雪に埋もれて物資が足りず、餓死するものも何万人と出る。


「精彩」


 ふと声をかけられ、そちらを見る。そこには雪の国の王、白陽が立っていた。肌が白く、線の細い印象を受ける青年。自らの王である。自分はこの方を守りきった。国を取り返した。だが――


 気付かないうちに、精彩の瞳からは涙があふれ出ていた。王は守った。国は取り戻した。だが民は死ぬ。これから何万人と死なせてしまう――


 白陽は精彩に近づき、座る彼女の頭を胸元に抱えた。「ありがとう、精彩」そう告げると、彼女はついに堪え切れず、白陽の胸の中に抱かれて嗚咽した。


「白陽様、わたしたちは大変な罪を犯してしまいました。あのような者を信じ、民を狂わせ、国を狂わせ、彼らから多くのものを失わせてしまいました。その上さらに――わたしたちは失わせるのです。食料が足りず、炭が足りず、これから多くの人々が死に絶えます。それを巡って争いが起き、多くの人々を死なせてしまいます――」


「――精彩」


「こんなはずではなかった。わたしたちは真に民衆のためを思ってきたのです。なのにこれから多くの人々を死なせてしまう。支援しようにも、もう国に余力などありません。それらはすべてあの反徒たちに渡してしまいました……」


 精彩は嗚咽する。分かっているのに救えない。またこの国は何もできない。前に進めない。

「わたしたちは愚かでした。国の運営になど関わるべきではなかった。わたしたちは国を前に進めるどころか、滅びに向かわせているのです。それが民衆に対して、ただ申し訳なく……」


 最後は言葉にならなかった。愚かだった。取り返しのつかないことをしてしまった。その上さらにこれから取り返しのつかないことが起こる。なのに何もできない。

 精彩は嗚咽し、しばらく白陽は黙っていた。やがて彼女の嗚咽が小さくなると、白陽は言う。


「王城にあるものを全部売りましょう」


 それを聞き、精彩の嗚咽がまた小さくなった。精彩は顔を上げ、自らの王を見上げる。


「王城には遥か昔から代々受け継がれてきた宝物があります。それらを全て売りましょう。それに要らないなら家具も、机も。装飾が施された石材や建材も売れるかもしれない。さきほど桜花殿に話して木の国の王に取り次いでもらう約束をしました」


 白陽は遠く地平線を見ている。城壁の上から見る景色は、この国の、貧しい国土が果てしなく広がっていた。


「……それで得た金銭を食料と炭に替えます。それを配れば今年の冬は何とか乗り切れるはずです。その後はまた一から歩み始めましょう。生きてさえいれば、我々はまた一から始められます」


 精彩は王を見る。見上げる王の顔は夕日に染まり、ただ遠くを眺めていた。思い起こすのは長い旅路だった。苦難の連続だった。それを乗り越え――また一から始めるのだ。この王と共に。


 いつの間にか精彩の涙は止まっていた。王に促され、精彩は立ち上がる。


―――行こう


 そう促され、精彩は王と共に歩む。まずは王城へと帰還するのだ。それがこの国の最初の一歩だった。



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