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2-2. 請願と満願

 実は今、人を探している。原住民から至極真っ当な請願があってさ。蛮族の残党に殴打されて今際(いまわ)(きわ)だった父親の命を代償として聞き入れたから、(さら)われた娘を救い出してやらないとならない。宝珠(オーブ)を介せば蛮族語は理解できる。清く勇敢な命の余韻を楽しんでいる間くらいは力を尽くしてやろう。僕にも慈悲や憐憫(れんびん)の情はある。


 探し人は奴隷として扱われている。絶え間ない暴力に晒され、食事も多くは与えられず雑に扱われているのだろう。まだ生きているが、弱りつつある。請願者と交わした契約が履行を求めてちくちくと胸を刺す。

 請願者の願いは『我が子の救出を。叶わないならば報復を』と明快だ。報復の規模は指定されていないので喜んで好き勝手しよう。正当な契約を交わした請願者に与えられた大義名分があれば僕の力は強くなる。探し人が命を落とした瞬間から報復解禁だ。盲目的な復讐心は優れた力の源泉になる。力を振るうのが楽しみでならない。


 夜陰に乗じて僕は蛮族を襲い、皮を被った。宝珠(オーブ)で顔の型を取り、蛮族の顔そのままの仮面に変えた。

 大部隊を指揮する比較的上位の身分、横暴が過ぎて遠巻きにされた結果として薄い警戒、武力と魔力の両面で優れるにも関わらず怠惰と酒精で鈍った肉体。軍人の割に背丈が低めで、僕と同程度と言う点も良い。厳選した獲物に徹底的に栓をして抵抗を封じた上で一晩かけて命を喰らい、我が物とした。請願者の復讐心と喰らった皮の残忍さが入り混じるのを抑えるのには少し苦労した。どうせ合一するのに僕の中で罵り合いを始めるのは止めて欲しい。

 馬は匂いの違いに気付いたが、朝の人参とブラッシングでそれはもうあっさりと臣従した。駿馬(しゅんめ)なのに僕の皮はろくに世話をしなかったようだね。今では「痩せたんじゃない? 疲れてない? 大丈夫?」などと馬から僕への気遣いが可愛いくらいだ。僕はゆるりとした所作で駆け寄って来た人馬を迎えた。美しくない声が僕の喉から出るのは嫌な気分だ。


「閣下、報告入ります」

「問い合わせた件についての返答は?」

「お探しの奴隷ですが、何分にも数が多く輸送隊からまだ。懲罰隊は『問い合わせに該当する特徴がある脱走奴隷の処罰記録はない』『発見時には閣下に配慮する』との事でした」

「相解った。連絡があれば他の案件に優先して伝えて欲しい」


 走り回らせた伝令に銀貨を5枚、手ずから握らせてやる。出所は僕が生まれた地下と市街地で拾い集めた蛮族の財布だ。銀貨5枚で見目の良い女を一晩抱ける程度の貨幣価値だそうだ。


「貴官が第一報を届けてくれた時には相応に報いよう。郷里への土産はより多い方がよい。そうだな? 健闘を期待する」

「はっ!」


 猫撫で声でにこりともせずに言い、駆け去る伝令を見送った。

 兵らに「奴隷を探し始めた途端に人柄が変わり過ぎて怖い」だの「もし失敗したら処罰が怖過ぎる」などと言われているのは耳に入っている。僕の身の回りを世話する従卒は主人の豹変を前に顔面の引き攣りが収まっていない。

 成り代わった将校本来の人格に従うなら、人参を与えて尻を撫で回すなんて行動はしないのだ。だが大声で威張り散らして暴力を振るうだけでは下々に仕事を任せられない。従軍させていた専属愛妾を抱き潰した僕は市街地で見掛たとある娘を探している―――と言う設定だ。将軍様が見掛けただけのパン屋の娘の特徴なんてよく覚えてたね、と僕は思うが残忍で横暴だと有名な将校の気紛れを深く追及する気のある兵は殆どいないようだ。


 なに、だいたいどこにいるかは知っているし現状も感知しているのだからすぐに見つかるよ。占術はそれほど得意ではないが、蛮族の魔術師よりは使えると思う。占術から身を隠すにも占術の心得が要る。どうも侵略軍の様子を監視している目があるようで、時折遠方から細い占術の手が伸びて来るのが感じられる。被った皮の知識に照らすなら防衛同盟を組んだ小国群からだろう。

 奴隷を輸送する長大な行列を殺し尽くしてたった一人の奴隷を救出する、と言うのは些か危険だなと思ってさ。僕が起こした混乱の中で救出対象が弱った命を散らした場合、契約違反になりかねない。請願に積極的に反してつまらない弱体化を受けるのは面白くない。救出対象を安全に一本釣りすべく、僕は蛮族に紛れ込んだ。


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