2-3. 請願と満願
奴隷を運ぶ車列から悪臭が漂うのは奴隷の衛生状態がよくないからだ。何十台もの車列が連なる行列から目当ての一人だけを奪い取ると言うのは、空から見ても骨が折れそうに思えたものだ。
引き合わされた奴隷達は髪を洗われ、清拭されてはいた。輸送中の引渡しを談判した僕がいなければもっと不潔な身形だっただろう。請願者が上げる苦悩深い叫びの示すまま、僕は迷いなく一人を選び出す。他の者は要らぬと早々に下げさせた。
「君の生家では麦粉を仕入れてパンを売っていた。そうだな?」
か細く消え入るような息が何か囁く。聞こえないなあ? 注視すれば喉の状態がよくないのが視えた。僕は原住民の女へ無骨な手を伸ばし、喉輪を掴む。
「閣下、我々はまだ引き渡しに同意しておりません」
「心得ている。商品を絞め殺そうと言う訳ではない。……どうかな、君が探し物かどうか確認させて欲しい」
血の滲む肺と荒れた胃をほんの少し癒し、叫び続けた結果として枯れた喉を僕好みの声を出す喉へと造り替えた。骨を折られた指には手を加えず、そのまま。喉から手を離してやる。後ろに控える輸送隊付き奴隷商人の注視が僕に向いている。強奪されるのも止む無し、と考えさせる程度の権力と悪評がある蛮族に入れ替わってはいる。
「……はい。両親が……いました」
声を出せる事そのものへの困惑と、出した声が己のものではない当惑を隠そうともしない。君の父親も戸惑っているよ、とは言わず質問を重ねる。喉の出来を検めたい。
「よろしい。父の名はスード、母の名は?」
「マイア」
「君の名は?」
「パンナ」
「今年で何歳かな」
「18……ううん、19になりました」
「大変結構。愛らしい声だ」
鈴を鳴らすような声に満足し、踵をすいと動かして向き直る。左に小鳥、右に太い奴隷商人。
「この小鳥だ。買い取らせてくれ」
「御覧の通りよい声で囀りますし、若い処女で家事も期待できます」
揉み手で真っ向嘘を言われて僕は不愉快になった。僕が改良した点を即座に商品の長所として売り込んで来る根性はまだいい。だが下腹部を見れば解る事すら欺こうとするのか、愚鈍な蛮族め。強欲な商人の心臓に即死はさせない栓を創りつつ、顔を覆う宝珠の目元に力を込める。
「既に処女ではなかろう。指摘するなら、内臓を痛めて利き手の骨を折られているのに家事をさせられるのかね? 痛み止めを投与した程度で欠損を誤魔化せるとは考えてくれるな。治療費がどれだけ掛かるやら」
「あっ……その、もしや当方の手違いがありましたやも。閣下は実にご慧眼であらせられる」
「褒めているようには聞こえんな。で、幾らだ? 申せ」
僕は不機嫌だぞ、と表明しつつ威圧した結果として金貨3枚で買えた。皮の知識が教える所によれば、奴隷の取引相場は躾られた性奴隷なら金貨50枚から、若いが容姿に秀でてはいない嫁用の家事奴隷は金貨30枚から。金貨3枚は掠め取ったに等しい値打ちだ。邪神の薫陶厚き事よな、と自賛してしまう。五千余を捧げられて四千余を平らげ、千を僕に遺してくれた邪神は良心的だとさえ思えて来る。
予定よりも安く買えたからと伝令に幾許かの金貨を与え、従卒に世話を命じた。戦争奴隷を相手に畏まる必要はないが僕の愛人として扱い、不便がない程度に面倒を見るよう申し付ける。奴隷身分だと証明する証の品は粗末な首輪から腕輪に変えさせた。
聞けば単身者の兵士は本拠地で開催される市で奴隷を競り落とすのだそうで、嫁のない兵士ほど金策に余念がない。熱心に略奪し、金への忠誠心から伝令働きをこなす。餌に対する馬の忠誠心の方がまだ幾らか信頼できる有様だ。全く、野蛮な世界だよ。




