第1章-⑦ ~大槻の憂鬱~
第1章は全12話(①〜⑫)です。
マンガはこちら(第1章-①②③)
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調査に入って、さらに数日が経っていた。佳奈はまだ戻っていない。柳澤と凛は、表向き研究テーマの整理マップを作りながら、学生たちのつながりを分析することに時間を費やしていた。
凛と柳澤が夕方、キャンパスの休憩所で話をしていたとき、不意に柳澤が目を留めた。
「……あれ、大槻くんじゃないか?」
道の向こう側。大槻が前に見かけた少し派手な服装の若い女性と向かい合っていた。だが、雰囲気はどこか険しい。
女性が大きな身振りで何かを言い、大槻の腕を払いのけるようにして立ち去る。その背を追いかけようとして止まり、立ち尽くす大槻。
凛が小声でつぶやく。
「フラれた……?」
柳澤がうなずく。
「みたいだな。フラれっぷりも派手だな」
少し嬉しそうな顔をして言う。
凛がつぶやいた。
「いつもの余裕の笑顔とは、別人みたいな顔してましたね……」
柳澤は缶コーヒーをすすりながら、遠くの大槻を見つめた。
「選ばれることに慣れてる人間ほど、拒絶にもろいんだよ。結局、オスはメスに選ばれる立場なんだ─たとえアルファオスでも、突き放されると自信の核が揺らぐ」
少しの間、茫然としていた大槻だったが、しばらくすると二人に気づいたようで近づいてきた。
「なんか、盛り上がってるところ、見られちゃいましたかね」
相変わらずのさわやかな笑顔を装っているが、さすがにショックがありありの表情だった。
「彼女は大丈夫だったのかな。揉めてたみたいだけど」
「揉めてた、ってそんな言い方しなくても。お察しの通り、フラれたんですよ」
「この間は彼女の方がべったりだ、って言っていたのに、何かあったんですか?」
凛が訊いた。
「いやあ、実は別の子にアプローチを受けて、熱烈なメッセージもらってて。俺の方は受け流してたつもりだったんだけど、スマホを見た彼女が勘違いしちゃったみたいで。浮気と思ったらしく、もう金輪際、顔も見たくないってさ」
大槻の表情が暗くなっていく。
「向こうから告られたんだけど、俺の方も結構好きになってたんだけどなあ。他の子からも声かけられて、良い気になってたらフラれちゃいましたよ」
この話題を続けるのはきつい、と大槻が声の調子を変えた。
「ところで、お仕事の方は、また裏アカ探ってんですか?」
「いえ、ちょっと研究室の様子を把握しているだけです」
凛がにこやかに答えると、大槻は軽く肩をすくめた。
「まあ、それも仕事なんすよね。誰が誰のこと気になってるか、なんてことを調べてたみたいだけど、あの話とかはムリなんすよ。気遣うの疲れますし」
「あの話?」
大槻は、つい言ってしまった、という感じでバツが悪そうに応えた。
「いや、まあ……佳奈のこととか、ね」
凛が目を細めた。
「ご存じなんですね」
「……結構知っている人は知っていますよ。あの子、ちょっと浮かれていたんで」
「浮かれていた?」
「宮田と、カフェに行ったりしていたんです。誕生日の直前に。なんか特別扱いされているっぽいように見えていて。」
少し黙ってから、凛が缶コーヒーに口をつけながらつぶやいた。
「好きだった子が誰かと楽しそうにしているの見ると、どうして自分じゃなかったのかな、って思いますよね」
「……え?」
「私、そういうことが昔から何回かあって。高校のとき、好きだった子が別の子と帰っているのを見て……次の日の卒業式、行きませんでした」
「マジっすか」
大槻は、意外そうに笑いながら言ったが、すぐに表情を曇らせた。
「……俺も似たような感じなのかな。佳奈のこと、ちょっといいなって思っていたんですよね。でも、自分が浮くのとか、断られるのが怖くて、なんにも言えなくて」
凛は黙ってうなずいた。
「だから、宮田とカフェに行ってるの見たときも……つい、見なかったフリしました。なんか、認めたら負けみたいな気がして」
彼は持っていた缶を軽く揺らした。
「吉井くんとか、正直っすよね。裏でぐちってても行動しているだけ偉いっていうか。俺は強がっていただけなんで」
その言葉に対しては、柳澤も凛も何も言わなかった。
男は女に選ばれる立場、アルファオスが女性に拒絶されることもある。だから、アルファオスといえども自分からの誘いには恐怖心が宿る、などといった分析的な話は、彼は今は聞きたくないだろうと柳澤は考えていた




