第1章 モテと嫉妬のミクロ戦争 ─好意のゆらぎ ⑤
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一通り、今日在席していた学生たちの話を聞いた後、休憩も兼ねて外に出てキャンパスを少し歩くことにした。
オープンカフェで、さっき研究室にいた大槻が、派手なワンピースを着た女子学生と並んでスマホをのぞき込んでいるのを見かけた。
笑い声が響き、明らかに周りとは違う空気だった。周囲の学生たちの視線も、どこか羨望と警戒の入り混じったものに見える。
凛がぽつりと漏らした。
「研究室の女子ではないですよね。あの人、見た目通りモテるタイプですね……」
「ま、目立つしな」と柳澤は苦笑いを浮かべた。
「進化心理学で〝アルファオス〟って呼ばれるタイプがいる。群れの中で目立ち、地位や力で他を圧倒する。メスからの注目も集めやすく、競争にも強い。サルでもライオンでも、もちろん人間でも、こういうモテる男の原型、が一定数いるんだ。」
凛は相槌を打ちながら、カフェの大槻に目をやった。
「彼はそういう感じですよね。でも地位と力でメスを惹きつけているって、そんなの現代じゃ、セクハラとかパワハラって言われますよ」
「だから『進化心理学的には』って枕詞が要るんだ。石器時代と現代との環境のずれ、だな。ま、人間の場合、特に現代ではサルやライオンと違って、地位や力がそのままモテに直結するわけじゃないけどな。いずれにしろ、木下佳奈さんとの関係に少し含みを持たせていたのもあるし、大槻くんは要注意だな」
*
「ああ、お二人さん。お散歩ですか?俺もそろそろ戻ろうと思ってたところです。」
こちらの視線に気づいたようで、大槻が声をかけてきた。一緒にいた女の子は不満そうだったが、彼はこちらに歩いてきた。
「いや、彼女、俺にべったりで。ちょっとしつこいくらいなんですよね。」
柳澤は、再び苦笑いする。
三人で研究室に戻ってきて、学生たちの席が最も多く配置されている部屋に入った。
その一角にぽっかりと空いた席があった。そこには、例の木下佳奈という修士一年の女子学生が座っていたはずだった。
机の上には、昨年、研究室で旅行に行った際に何人かで写した写真が飾ってあり、真ん中にいるのが彼女ということだった。
写真の中の彼女は陽差しを跳ね返すような笑顔の女子だった。髪を軽く束ねていて、白いシャツにデニムという飾らない服装なのに、不思議と目を引く。
周囲の学生たちも、どこか彼女に引き寄せられるように立っている。見る者に「ああ、人気があるんだな」と一目で伝わる、そんな空気を纏っていた。
意識せずとも輪の中心にいる人、というのは、いる。彼女がまさにそうだった。
「最近、来てないんですよね」
四年生の女子学生、清田つぐみが言った。
「別に、体調不良とかじゃないらしくて……アプリのグループでも既読はつく。でも、研究室には来ないんですよ」
「何か理由は言ってましたか?」
「……ちょっと、わかんないです。ていうか……空気的にみんな、『あんまり触れないようにしよう』ってなってて」
清田が言葉を濁しながら、ぽつりと付け加えた。
「……正直、ちょっとハラスメント案件になるかも、って話も一瞬あったんです」
「ハラスメント?」
「佳奈さんが、『もう誰とも話したくない』って、ぼそっと言ってたのを聞いた人がいて」
凛と柳澤は顔を見合わせた。
(これは……気まずい、だけでは済まないかもしれない)




