1.この世界からの解放
電脳空間のスタジアムが、観衆の歓声で震えていた。
僕は剣を構え、目の前の対戦相手と向かい合う。
視界左上のHPバーは残りわずか。
このままでは押し切られる。
だからこそ、ここで賭けに出る。
「――絶対に決める!」
顔を目掛けた鋭い突きをかわされる。
僕は僅かにバランスを崩して、攻撃を誘った。
相手が踏み込み、中段──胴への水平斬り。
(――来た!)
地面を蹴り、横に一回転しながら跳ぶ。
密かに練習していた回避術。
刃が僕のいた場所をかすめて空を切る。
着地と同時に、逆方向から斬り返した。
相手のHPバーがゼロになり、悔しがりながらも身体は霧散していく。
――観衆の歓声が爆発した。
『クロウニィ選手、プラネット杯・剣士部門──準決勝進出です!』
アナウンスが響き、僕は静かに息を吐いた。
その時、耳元でアラームが鳴った。
「あ、バイトの時間……」
競技場を後にしてログアウト、視界が暗転する ……
自室でヘルメット型デバイスを外せば、現実に引き戻されたことを実感する。
気だるさを抱えながら立ち上がり、 いつもの上下黒のインナーとスポーツ用のシャツ、ズボンに着替える。
いくら顔を洗ったところで目の下のクマは取れないか……。
この古びたアパートからバイト先までは二駅分程離れているけど、電車代がもったいないので、今日も走ってバイトに行く。
日曜は好きだ。
学校がないから、バイトとゲームに時間を使える。
それに──
クラスメイトから「苦労人の九郎くん」と、くだらないいじりを受けることもない。
朝の空気は静かで、走る足音だけが響く。
踏切が降り、電車が通り過ぎるのを待っていると──
「ごめんなさい――」
すぐ後ろから、人とは思えない程の澄んだ声。
「え……?」
振り向くが、誰もいない。
「……幻聴? さすがに徹夜はまずかったか」
そう思って前を向き直った瞬間、僕は固まった。
奥の踏切のバーの上に、白いローブの女が立っていた。
風に揺れる白布。
星のように輝く瞳。
「本当に……ごめんなさい――」
女は手をこちらに向ける。
「え、ちょっ!?」
空気に胸ぐらを掴まれたように、体が引き寄せられた。
真横には、猛スピードの電車。
「死ぬっ!」
目を閉じかけたその時、電車の正面に黒いモヤの“ゲート”が開いた。
次の瞬間、僕はそこへ放り込まれていた。
途方もない白い異空間。
無数の光の線が駆け巡り、幻想的なほど美しい。
だが──
「っ……苦しい……!」
息はできるのに、胸が締めつけられる。
魂が押しつぶされるような痛み。
視界の端で、ゲートが遠ざかっていく。
向こう側は、まるで時が止まったように動かない。
白いローブの女が、こちらを見ていた。
「あなたも、お行きなさい」
女の影から大きな黒いモヤが飛び出し、ゲートを通ってこちらへ向かってくる。
「……もう……無理……」
意識が遠のく。
その時、低い声が響いた。
「人間の魂とは、こうも脆弱か」
こちらに近づいてくる黒いモヤは竜の影のようにも見えた……
……頭が痛い。
目を開けると、薄暗い広い空間。
周囲には黒いローブの人間が十人以上。
何やらヒソヒソ話している。
真後ろには、あの黒いゲート。
「ここ……どこ……?」
見下ろすと、いつものスポーツウェア。
夢でもゲームでもない。
手足が動かない。
足元の魔法陣が光っている。
「……異世界……?」
そんな言葉が頭をよぎる。
どうにか動けないかと体をもぞもぞさせてみる。
ここで都合の良いチートスキル――
「……なんてないか」
その時、正面の光るゲートから二人が現れた。
白髪の細身の青年。
そして、赤いドレスの金髪の女がこっちに向かってくる。
「あぁ……あなた様のすべてが知りたいのです」
美しい──けれど。
「カラダも、手足も、アタマも。だから……」
女の爪が大きく伸び――狂気の笑みを浮かべた。
「バラバラになって下さいまし――」
僕の背筋は凍りついた。




