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限界オメガの小児科医ですが、天才アルファ外科医に溺愛され独占されています  作者: 水凪しおん


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第12話「季節外れの桜と誓いの在り処」

 12月の足音が聞こえ始めた、冷たい風の吹く午後。

 小児科病棟の裏手にある小さな中庭に、理玖と橘の姿があった。

 健太の退院が無事に決定し、両親とともに病院を後にするのを見送った直後だった。

 理玖の目にはまだ微かに涙の跡が残っているが、その表情は晴れやかだった。

 大きな使命を一つ終えた後の、深い安堵感だ。

 中庭の中央には、一本の古い桜の木が立っている。

 当然、この時期に花が咲いているはずもない。

 葉はすっかり落ち、黒くごつごつとした枝が寒空に向けて伸びているだけだ。

 しかし、理玖はその木の根元に立ち、じっと枝先を見上げていた。

「どうした。寒くないのか」

 少し離れた場所でタバコに火を点けようとしていた橘が、ライターをしまって歩み寄ってくる。

 理玖は振り向き、桜の木を指差した。

「橘先生、見てください。一輪だけ、狂い咲きしています」

 橘が視線を上げる。

 理玖の指し示す先の細い枝に、季節を間違えた小さな薄紅色の花が、寒風に震えながらも健気に咲いていた。

 周囲の枯れ木の中で、その一輪だけが奇跡のように命を主張している。

「……こんな時期に」

「不思議ですね。こんなに寒いのに、頑張って咲こうとしている。なんだか、健太君みたいだなって」

 理玖は目を細め、その小さな花を愛おしそうに見つめた。

 橘は理玖の横顔をじっと見つめている。

 寒さで鼻先を赤くしながらも、命の美しさを純粋に喜ぶその姿。

 過去の喪失にとらわれ、ただ機械のように命を繋ぎ止めることだけを自分に課してきた橘にとって、理玖の存在は、冷たい闇を照らす唯一の光だった。

「結城」

 名前を呼ばれ、理玖が振り返る。

 橘の顔が、すぐ目の前にあった。

 彼の大きな手が伸び、理玖の頬を包み込む。

 驚きで目を見開く理玖の唇に、橘の唇が静かに重なった。

 触れるだけの、短く、しかし圧倒的な熱量を持った口づけ。

 理玖の頭の中で、思考が白く飛び去っていく。

 驚くほどに優しい接触だ。

 橘から放たれる冬の夜の香りが、理玖の全身を甘く痺れさせる。

 抗う理由は、どこにもなかった。

 理玖はそっと目を閉じ、橘のコートの袖口を力なく握りしめた。

 唇が離れる。

 橘の黒い瞳が、理玖の濡れた瞳を真っ直ぐに捉えていた。

「俺は、お前を手放すつもりはない。医者としても、一人のオメガとしても」

「橘、先生……」

「お前の痛みも、弱さも、全て俺が引き受ける。だから、お前は俺の隣で、ずっとその青臭い理想を語り続けろ」

 不器用で、高慢で、しかしこれ以上ないほどの真摯な告白だった。

 理玖の目から、再び大粒の涙が溢れ出した。

 それは悲しみでも、疲労からでもない。

 心の底から湧き上がる、絶対的な幸福の証だ。

 理玖は橘の胸に顔を埋め、何度も何度も首を縦に振った。

「はい……僕も、先生の隣にいたいです。ずっと」

 橘の腕が理玖の背中に回り、強く抱きしめる。

 冬の冷たい風が吹き抜ける中庭で、二人だけの温かい時間が流れていく。

 アルファとオメガという、社会によって押し付けられた属性。

 しかし、今の二人にとって、それはもはや呪いでも鎖でもなかった。

 互いの欠落を埋め合わせ、共に生きていくための、かけがえのない証明。

 頭上では、季節外れの桜が一輪、二人の誓いを見守るように静かに揺れていた。

 過酷な医療の現場で命と向き合い続ける彼らの日々は、これからも続いていく。

 しかし、その足取りはもう、孤独ではない。

 互いの体温を知り、支え合う強さを知った二人は、どんな暗闇の中にあっても、必ず光を見つけ出すことができるだろう。

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