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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第57話 消えた運び屋の足跡は、次の待ち場所を指していた

人が消えたように見せるのは、殺すより難しい。


死体があれば、話は単純になる。

誰かが死んだ。

襲われた。

奪われた。

そこから相手は怒るか、怯えるか、道を変えるかを選ぶ。


だが、消えたとなると話は違う。


逃げたのか。

迷ったのか。

裏切ったのか。

何かを見つけて別の線へ抜けたのか。

その曖昧さが、相手の判断を一拍遅らせる。


そして辺境で、その一拍は時に兵十人より重い。


第五十七日の朝、フロストゲート砦の南門前では、奇妙な準備が進められていた。


敵を迎え撃つ準備ではない。

荷を運ぶ準備でもない。

人ひとりが“捕まらずに消えたように見える”ための準備だった。


「やってることがどんどん陰気になってきたな」


ガルグが腕を組んで言う。


「必要なので」


レオルドが答えると、彼は顔をしかめた。


「それ言えば何でも通ると思ってるだろ」


「かなり」


「認めるなよ」


その横で、ドルゼンが革紐と古い布包みを見ながら鼻を鳴らした。


「足跡を作るなら、靴底が大事だ。ロトの靴、そのまま使え」


「本人の靴ですか」


「当たり前だろ。違う靴で似せようとすると、見る奴が見れば分かる」


ロトは離れたところで、手首を縛られたまま座らされていた。

昨夜より顔色は少しましだが、目は鋭い。

自分が今、殺されず、逃がされず、けれど“消えたことにされようとしている”と理解している顔だった。


「俺の靴で、俺の足跡を作るのか」


ロトが低く言う。


レオルドは頷いた。


「はい」


「嫌なことを考える」


「よく言われます」


「だろうな」


ミレナが地図を広げながら言う。


「問題は、どこまで足跡を残すかね。残しすぎると不自然。少なすぎると気づかれない」


「そうです」


レオルドは地図の西寄りを指した。


「まず見張り所跡の手前。石陰で受け渡しを終えた痕。

そこから西の細道へ逃げたように見せる。

さらに古い沢道へ半分だけ足跡を残す」


アイザックが低く続ける。


「その先は消す」


「はい。完全に追えない形にします」


リドが少し緊張した声で言った。


「それを見た相手は……ロトが逃げたと思いますか」


「候補には入るでしょう」


「捕まったとは思わない?」


「そこは、向こうの読み次第です」


レオルドは正直に答えた。


「ただ、捕まったと断定されるより、逃げたかもしれないと思わせる方がこちらには有利です」


ロトが小さく笑った。


「俺が裏切ったように見せる気か」


「そう見える可能性もあります」


「最低だな」


「否定はしません」


そこでアイリスが壁際から言った。


「でも、あんたにとっても悪い話ばかりじゃない」


ロトが彼女を見る。


「どういう意味だ」


「捕まったと知られれば、あんたの線は死ぬ。

裏切ったと思われれば狙われる。

でも、“何かを見て逃げた”と思われれば、向こうは一度だけ待つ」


ロトは黙った。


その沈黙は、昨日より柔らかい。

納得したわけではない。

だが、意味は理解している。


レオルドはその顔を見て、やはりこの男は使えると思った。


ロトは強い兵ではない。

多くを語る者でもない。

けれど、自分が運んでいた言葉の価値を知っている。

そういう人間は、脅しだけでは動かないが、理屈が噛み合えば黙って見ていることはできる。


偽の足跡作りは、昼前に始まった。


出るのは、レオルド、ガルグ、アイリス、リドの四人。

アイザックは砦に残り、全体を締める。

ロト本人は連れていかない。

逃がすにはまだ早いし、見せるにも危うい。


代わりに、ロトの靴と、彼の外套の裂いた端、空にした油紙の包みを持っていく。


セラはそれを見て、心底嫌そうな顔をした。


「飯の包みにそんな使い方するんじゃないよ」


「必要なので」


「それ、私の前では禁止にしようかね」


そう言いながらも、彼女は古い油紙を追加で一枚渡してきた。


「これも使いな。新しい紙だと浮く」


「助かります」


「助けてるんじゃないよ。雑な偽装をされると、あとで面倒が鍋に返ってくるからだよ」


理屈はよく分からなかったが、セラらしい返しだった。


旧中継小屋までの道は静かだった。


そこから先、無名の見張り所跡へ近づくにつれて、四人の声は自然と消える。

前回見つけた石陰。

布の目印。

浅い刻み。

そしてロトが小さな紙片を受け取っていた場所。


そこに、まず“使われた直後”の気配を作る。


ガルグがロトの靴を手にはめ、地面へ慎重に跡を押していく。


「何だこの作業」


小声で文句を言う。


「俺、獣じゃなくて靴の足跡作ってるんだけど」


アイリスが横で言う。


「似合ってるわよ」


「どういう意味だ!」


「静かに」


レオルドが短く言うと、二人とも口を閉じた。


リドは少し離れた場所で周囲を見ている。

以前ならこういう時、手持ち無沙汰になっていたかもしれない。

今は違う。

自分が見るべき範囲を分かっている。


石陰には、空の油紙をわずかに乱して残す。

完全に置きっぱなしではない。

慌てて中身だけ抜き、包みだけ捨てたように見せる。


次に、西の細道へ足跡を残す。


深すぎない。

走ったように見せるが、全力ではない。

何かを避けて急いだが、まだ判断する余裕はあった。

そういう跡にしなければならない。


「足跡で性格まで作るのかよ」


ガルグがぼやく。


「はい」


「気持ち悪い」


「褒め言葉として」


「だから違う」


だが、ガルグは雑にやらなかった。

彼自身、跡を見る側だから分かるのだろう。

不自然な痕跡ほど、見る者の警戒を招く。


西の細道から、古い沢道へ抜けるところで、足跡は乱れる。


そこでロトの外套の端を枝に引っかける。

さらに二歩分だけ足跡を深くし、その先は石場へ入って消す。


「これで」


リドが小声で言う。


「逃げたように見えますか」


レオルドは少し考えた。


「逃げた、というより、“何かを見て予定の線を外れた”ように見えるはずです」


「相手はどう動くでしょう」


「たぶん、待ちます」


アイリスが頷いた。


「一度はね」


レオルドも同意した。


「その“一度”を見ます」


そう。

今回の偽装は、相手を完全に騙すためではない。

相手が次にどこで待ち、どのように確認し、誰を寄越すかを見るためのものだ。


つまり、偽の消失は始まりでしかなかった。


日が傾く前、四人は伏せ場へ移った。


今回は、前回よりさらに遠くへ目を置く。


石陰そのものではなく、石陰を確認しに来た者が次にどこへ向かうかを見る位置。

そこに伏せて、待つ。


待つ時間は長かった。


風が弱い。

草の音が少ない。

だからこそ、遠くの小さな足音が妙に響く。


最初に気づいたのはリドだった。


「来ます」


以前よりもずっと短く、確かな声。


南から、一人。

いや、少し離れてもう一人。

昨日のロトのような単独の運び役ではない。

確認役と、離れて見る役。

そういう組み方に見える。


「二人組」


アイリスが囁く。


「警戒してる」


ガルグが低く唸る。


「早いな」


レオルドは頷いた。


「文が戻らない時、一度は待つ。

その前に確認を入れたのでしょう」


一人目が石陰へ近づく。

しゃがむ。

油紙を見る。

周囲を見る。

それから西の足跡へ視線を移した。


その動きが、一瞬だけ止まる。


分かったのだろう。

ロトが通常の線を外れた可能性を。


だが、そこで追わない。


確認役は、足跡を数歩だけ追い、外套の端を見つけたところで止まった。

そこから先へは行かない。

代わりに、離れていた二人目へ短い合図を送る。


「追わない……?」


リドが囁く。


「追わないですね」


レオルドは目を細めた。


それは、かなり重要だった。


普通なら追う。

少なくとも、何があったか確かめるためにもう少し進む。

だが相手は追わず、合図を送った。


つまり彼らは、ロト個人よりも“線の安全”を優先している。


「運び役一人より、流れ全体が大事」


アイリスが低く言う。


「ええ」


レオルドは頷いた。


「かなり組織的です」


二人はやがて、石陰へ戻った。

そこで、確認役が別の小さな印を残した。


石の横に、ほんのわずかな泥の擦れ。

普通ならただの足跡にしか見えない。

だが、意図的だ。


「合図を変えた」


ガルグが囁く。


「たぶん」


レオルドは答える。


その後、二人は南へ戻らなかった。


一人は西の細道ではなく、さらに南西へ流れる別の細い線へ消えた。

もう一人は見張り所跡の陰へ一度入り、そこから北寄りへ薄く抜けた。


二つに分かれた。


これは大きい。


ロトが消えたことで、相手は単純に道を閉じたのではない。

次の連絡を二方向へ分けた。

つまり、向こうには緊急時の手順がある。


「見えましたね」


レオルドが小さく言う。


「何が」


ガルグが聞く。


「次の待ち場所です」


リドが息を呑む。


「どこですか」


「一つは南西。

もう一つは北寄り。

少なくとも、ロトの消失で流れは二つに割れました」


アイリスが目を細める。


「本命はどっち?」


レオルドはすぐには答えなかった。


二つの線。

片方は逃げの線に見える。

もう片方は、こちらの旧中継小屋方向へわずかに寄っている。

どちらも怪しい。


だが、今は追わない。


「今日はここまでです」


ガルグが露骨に不満そうな顔になる。


「またか」


「はい」


「目の前で分かれたのにかよ」


「だからです」


レオルドは低く言う。


「今追えば、こちらが見ていたことが伝わる。

それより、二つに分かれたことを持ち帰る方が大きい」


ガルグは黙った。


今の彼なら、その意味が分かる。

だからこそ文句は言っても、足は出さない。


砦へ戻った時には、夜が深かった。


小部屋でアイザックに報告すると、副官は地図を見ながら低く唸った。


「二つか」


「はい」


「厄介だな」


「かなり」


今度は誰も笑わなかった。


ロトの消失痕は成功した。

だがそれによって、向こうの“次の手順”が見えてしまった。


これは、思ったより深い。

ただの運び屋の網ではない。

緊急時に線を割る仕組みまである。


その夜、レオルドは記録帳へ書く。


【第五十七日 所見】

・ ロト消失に見せかける偽装を実行

・ 確認役二名が出現

・ 彼らはロトを深追いせず、流れの安全を優先

・ 石陰に新たな合図を残す

・ その後、南西線と北寄り線の二方向へ分岐


最後に一文。


【所感】

消えた運び屋の足跡は、死体より多くを語った。

相手は人ひとりより、言葉の流れそのものを守ろうとしている。

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