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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第37話 消えたのは金ではなく、線だった

金が消えたなら、まだ分かりやすい。


腹を空かせた誰かが持っていった。

困窮した誰かが、明日をしのぐために手を伸ばした。

それなら怒りはあっても、理屈としては追える。


だが、消えたのが“線”だった時、話は別になる。


第三十七日の朝、倉庫の奥で確認されたのは、やはり金でも食料でもなかった。


メズが青い顔で帳面を抱えたまま言う。


「やっぱりない……」


倉庫の棚、その一角。

本来なら簡易写しの地図が入っているはずの場所は、妙に綺麗に空いていた。

乱雑に漁られた痕はない。

他の帳面は崩されていない。

つまり“それだけ”を見つけて抜いたのだ。


レオルドはしばらくその空白を見つめた。


「本物は」


「別にしてあります」


メズがかすれ声で答える。


「昨日の夜のうちに、見せる用だけにしてたので……」


「助かります」


その一言で、倉庫番の肩からほんの少しだけ力が抜けた。

自分がやらかしたのではなく、仕掛けが一段進んだのだと理解したからだろう。


アイザックが腕を組み、低く言う。


「喰ったな」


「はい」


レオルドは頷く。


「しかも、地図だけ」


ミレナもそこにいた。

彼女は村側の帳面を抱えたまま、棚の空白を見て静かに言う。


「狙いがはっきりしてる」


「ええ」


レオルドは答える。


「向こうが欲しいのは、今のフロストゲートがどこを本気で守っているかです。

食料よりも、人の流れと避難線の方が価値がある」


メズが小さく震えながら言う。


「でも、これで本当に……」


「誰かが見ていたことは確定です」


「誰か、ですか」


「はい。

ただしまだ、“誰が盗んだか”より、“どこへ流すか”の方が重要です」


アイザックが少しだけ目を細めた。


「そっちを先に見るのか」


「犯人探しを始めると、今この砦の空気が先に死にます」


それが一番厄介だった。


兵を疑えば、兵が鈍る。

村を疑えば、せっかく噛み合い始めた線が切れる。

流民を疑えば、また“外から来た者は全部危ない”へ戻る。

本営使者を露骨に疑えば、それ自体が政治の火種になる。


だからこそ、まだ名前を口にしてはいけない。


「まずは“拾った気になっている相手”を動かします」


レオルドが言うと、ミレナが小さく頷く。


「どこまで食いつくかを見る」


「ええ」


アイザックは短く息を吐いた。


「つまり、向こうに“得した”と思わせたまま待つわけだ」


「そうです」


「面倒だな」


「かなり」


そのやり取りのあと、倉庫の外では何も知らない兵たちが普段通りに荷を運んでいた。

その“普段通り”を崩さないことこそ、今は大事だった。


その日の昼、エドガルは何食わぬ顔で旧中継小屋の運用帳面を見せろと言ってきた。


小部屋で、机を挟んで向かい合う。


「中継小屋の荷動きが少し変わったようだな」


「変わっています」


レオルドは答える。


「往来が増えたので」


「その割に、守備の厚みが一定ではない」


「一定にする余裕がないので」


エドガルは帳面へ目を落としたまま言う。


「だが、こちらの写しでは、南寄りの避難線と中継線がやや寄っているように見える」


レオルドはその瞬間、内心でだけ小さく息を吐いた。


食いついた。


偽地図に引かれた、ほんの少しだけ“こちらが厚く見せたい線”に、使者はもう目を向けている。

もちろん本人が盗ったとは限らない。

だが、少なくともその情報へアクセスする側にいるのは確かだ。


「現場では動きます」


レオルドは表情を変えずに言う。


「昨日と今日で、人も荷も違うので」


エドガルは紙を指先で揃えながら、淡々と続ける。


「動かしすぎると、自分でも線が見えなくなるぞ」


「ええ。だから今は整理しています」


使者はそこで初めて視線を上げた。


「整理、か」


「はい」


「なら早くした方がいい。

辺境では、整わない線ほど狙われる」


その言い方は、妙に意味ありげだった。


知っている者の言い方だ。

少なくとも、“狙う側がどこを見るか”を想像できる立場の人間の声だ。


「助言として受け取っておきます」


レオルドがそう返すと、エドガルは口元だけで少し笑った。


「賢いな」


「死にたくないだけです」


「それも賢さのうちだ」


この男は、どこまで知っているのか。

直接線を流しているのか。

それとも“線が流れる位置”を嗅ぎ取っているだけなのか。

まだ分からない。

だが、食いついている以上、次は動かざるを得ない。


夕方、内庭の端で短い打ち合わせが行われた。


レオルド、アイザック、ミレナ、アイリスの四人だけ。

必要最小限だ。


「拾われた地図通りに敵が動くなら、どこへ来る」


アイザックが問う。


レオルドは木箱の上の図へ指を置いた。


「ここです」


そこは、本当の本命ではない。

村の寄せ場と旧中継小屋の線が、外から見ると“厚く見える”ように少し寄せた場所。

そこへ来れば、向こうは“砦の守りの芯を読んだつもり”になる。


ミレナが低く言う。


「来られると、村の人間は不安になる場所ね」


「ええ。でも本当の集合線はさらに内側です」


「つまり、外側を噛ませて、内で止める」


「はい」


アイリスが地図の角を押さえながら言う。


「敵側から見ると、かなり自然だと思う。

“村と中継を繋ぎたがっている”ように見えるから」


レオルドは頷く。


「助かります」


「褒めても剣は貸さないわよ」


「今は視点を借りています」


アイリスは少しだけ口元を緩めた。


「……それなら安いわね」


作戦は決まった。


表向きは今まで通り

偽地図の線へ食いつかせる

本当の集合と防御は一段内へ

旧中継小屋の本命荷はずらす

村側にも“見せる動き”だけ残す


それは、小さな戦いではあるが、間違いなく本格的な情報戦の入口だった。


夜、記録帳へこう記す。


【第三十七日 所見】

・消えたのは金ではなく地図

・狙いは明確に“線”

・ 本営使者も偽地図情報に反応

・ 次は敵を、間違った戦場へ誘う段階


最後に一文。


【所感】

消えたのは紙ではない。

今のフロストゲートが、何を生かそうとしているか、その輪郭の一部だ。

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