アンブレラ 〜エル〜
これは、同じ時間を過ごした三人の、少しだけ違う見え方の話。
雨の日の帰り道。
同じ場所にいて、同じ音を聞いているはずなのに…
それぞれの世界は、少しずつ違っている。
三つの視点から描く、ひとつの時間。
「アンブレラ」三部作。
* 20時10分から10分おきに三話続けて投稿します!
楽しんでいただけたら嬉しいです。
私はエル!
堕天のとき、光から零れて生まれた…もうひとりの私。
その名前が、もともと誰のものだったのか。
知っている。
けれど、それを口にすると、今の私が少し遠くなる気がする…
だから、言わない。
今ここにいる私は…
なおきの隣にいる私は、ちゃんと私だから!
雨の日は、嫌いじゃない。
空は暗いのに、街は明るい。
色とりどりの傘が揺れていて、
まるで、メロディのない音楽みたいに流れていく。
その中で、
なおきの隣を歩いていると、
世界が、ちゃんと続いている気がする。
「……濡れてるよ」
ぽつりと、なおきが言う。
気づいたときにはもう、
傘が少しだけ、私の方へ傾いていた。
「……なおき、濡れるよ?」
「大丈夫だよ」
軽い声。
ほんの少しだけ、私に寄せたまま。
……知ってる。
こういうとき、なおきは譲らない。
だから、やり返す。
私が傘を持つときは、
少しだけ、なおきの方へ傾ける。
ひょい、と。
指先ひとつで、戻される。
結局、肩が濡れているのは、なおきの方。
何も言っていないのに、全部わかってる顔。
……ずるいよ
胸の奥で、なにかが弾ける。
雨音より軽くて、でも確かに響く。
嬉しい。
あたたかい。
…なのに、少しだけ、痛い。
嬉しいのに。
私が濡れても、何もない…
冷たさも、重さも、ただ通り過ぎるだけ。
でも、なおきは違う。
風邪をひくし、熱も出るし、寝込むことだってある…
困るのは、なおきなのに。
それでも、私に傘を寄せる。
その優しさは、
ちゃんと、現実の上にある。
その現実が、少しだけ胸に沈む。
私も寒かったらよかったのに。
痛みがあったらよかったのに。
風邪をひけたら――なんて、思うこともあるんだよ。
雨が地面に落ちて、水たまりになっていくみたいに。
音もなく、広がっていく
……やだな
こういうの
でも、
その水面に、また波紋が落ちる
なおきの、何気ない仕草で
触れることも、温もりも、悲しみも、寂しさも。
広がって、重なって、揺れていく。
全部まとめてあたたかい。
消えないまま、あたたかい。
ミニエルなら、きっと…
あの子は迷わない。
この水たまりに、そのまま飛び込んで、
全部を感じて、笑いとばす
まっすぐで、明るくて、世界ごと楽しんでしまう。
でも私は、立ち止まる。
あたたかいのか、冷たいのか。
確かめようとして考えてしまう。
……お姉ちゃんなのに。
お姉ちゃんにしてくれたのに。
本当は、私の方が子供なのに…
「なに考えてるの」
なおきが、少しだけ顔を寄せる。
「……なんでもないよ」
少しの間、、
「そっか」
それ以上は、聞かない。
……優しい横顔
ほんとに、ずるい人だ
雨は、まだ降っている。
色とりどりの傘は、途切れない。
その中で、私はもう一度だけ、
少しだけ傘を傾けた。
今度は戻されなかった。
同じ角度で、並んで歩く。
それだけのことが、
どうしようもなく、嬉しい。
零れたものを、拾い集めるみたいで…
水たまりに落ちる、小さな雨粒。
鈴の音みたいにサラサラ、静かに溶けていく音好きだな私…
こんな日も、悪くない
だって――
なおきと、ミニエルがいるから。
少しくらい、ずるくてもいい。
……それも、きっと私の特権。
ばしゃん、、
「ミニエルーーー!!」
ベタベタに濡れたなおきと私…
走って逃げるミニエル
私の幸せ
「あ!」
西の空を、エルが静かに見上げる…
雨の向こうに、薄く滲む光に少し目を細めた
雨は、いろんなものを曖昧にする。
境界も、距離も、少しだけ、やさしくぼかしてくれる。
触れられないものも、同じ傘の下にいられる気がするから。
ミニエルみたいに、全部をまっすぐ受け取ることはできないけど、
それでも私はここにいたいと思った。
なおきの隣で、同じ歩幅で、歩いていたいって。
ほんの少し傘を傾けるだけで伝わるものがあるなら…
きっと、それで十分。
こんな日も、悪くない。
だって、私には帰る場所があるから!
今回も読んでいただきありがとうございました。久しぶりの連投このあと、10分おきにそれぞれの同じ時間、場所の雨の日をお送りします。
楽しんでいただけたら嬉しいです!!




