桜の下の待ち合わせ
春のはじまり。
少しずつ色づいていく桜並木の中で、
なおきたちはひとりの女の子と出会います。
これは――
ある“待ち合わせ”のお話。
春の風に乗って、
もう終わりが近い梅や花の香りがふわりと漂ってくる。
川沿いの桜並木。
その中でも、ひときわ大きな一本の桜の木がある。
昔からずっと、そこに立っているような立派な木だ。
「もう少しで咲きそうだね」
買い物の帰り道、
なおきはその桜を見上げながら言った。
その時だった。
桜の木の下に、
ひとりの女の子に気付いた。
白いシャツに、赤いスカート。
風に髪をなびかせながら、気持ちよさそうに眠っている。
「……大丈夫?」
なおきが声をかけると、
「はっ!」
女の子は慌てて起き上がった。
「あ、寝ちゃった」
少し照れくさそうに笑う。
その笑顔は、
ミニエルが笑った時みたいに――
顔いっぱいの、にっこりした笑顔だった。
「ここで待ち合わせしてるの」
「待ち合わせ?」
「うん。お母さんと!」
女の子は桜の幹を、
ぽんぽんと軽く叩いた。
「ここで約束したの…」
女の子は桜の木を見上げる。
「もうすぐ、きっと綺麗に咲くよね」
「うん、そうだね」
「この木ね、私、一番好きなの」
春の風が吹く。
桜の蕾が、少しだけ揺れた。
「分かる分かる。この桜、大きくて立派だもんね」
「今日は本当、気持ちいいね」
そう言って、なおきは大きく春の空気を吸い込んだ。
そんな何でもない話をしながら、
三人は「またね」と別れた。
――数日後…
買い物の帰り道。
「お、だいぶ咲いてきた」
「ほんとだ!」
ミニエルとエルと一緒に桜並木を歩いていると、
「あっ!」
あの大きな桜の木の下に、
またあの女の子がいた。
「あー!また会ったね!」
「ほんとだ、また会った」
「だいぶ桜咲いたね」
「うん!今週中には満開だね!」
女の子と桜を見上げながら、少し話をして。
「じゃあまたね!」
女の子は、いつもの笑顔で手を振った。
帰り道。
エルはコロッケの袋を大事そうに抱えている。
ミニエルは重そうにキャベツを持っていた。
「桜、綺麗だったね」
「うん」
なおきは空を見上げる。
(桜を見て綺麗なんて思うようになったのも、ミニエルとエルが来てからだな)
――
桜が、枝が曲がるほど
ぼんぼんに満開になった日。
桜の木の下。
女の子は、静かに空を見上げていた。
「……まだ、待ってるの?」
ミニエルが優しく聞く。
女の子は少し考えて、笑った。
「ううん」
風が吹く。
桜の花びらが、ひらりと舞った。
「本当はね……もう、待ってないよ」
「ただ……」
「私がここに居たかっただけかな」
「いつかお母さんに会えるかなぁって思って……」
「分かってはいるんだよ」
「でもさぁ……」
そこまで言って、少女は言葉を止めた。
エルが、そっと言う。
「あなたがずっと…何年も、何十年もここに居たから、こんなに綺麗に桜が咲いたんだと思うよ…」
「だからここは、みんなの待ち合わせの場所になってるんだよ…」
女の子は驚いた顔をした。
「え?」
「桜が咲く頃にねっ」
ミニエルが空を見上げる。
「ほら。また待ち合わせの人が来たよ」
女の子の目が、少しだけ潤んだ。
「……そっか」
毎年、春を迎えて。
ランドセルの写真を撮る家族。
桜を見に来る人たち。
思い出を語るご老人。
たくさんの笑顔。
たくさんの声。
時には、涙も。
少女は、静かに桜を見上げた。
「桜を通して…」
「いろんな人の春を見れたなら…」
「それで、いいかな…うん!満足!!」
少しの沈黙。
それから少女は、
にっこり笑った。
「じゃあさ!」
「お母さんも気づいたかな?」
「こんなに立派な桜だよ!?」
ミニエルが言う。
「そりゃ気づくでしょ」
女の子は、もう一度桜を見上げた。
「うん……ありがとう!」
エルが静かに手を伸ばす。
「もう大丈夫だね」
その瞬間。
春の風が、ふわっと吹いた。
女の子の体が
桜の花びらみたいに光へと変わる。
舞い上がった花びらと渦巻いて混ざり合い、
空が一面、桜色に染まった。
「ありがとう!」
「じゃあ、お母さんに会いに行くよ」
「それと――」
少女は、くすっと笑う。
「いつものお兄ちゃんにもよろしくね」
「うん。伝えておく」
最後に、
あの、にっこりした笑顔を見せて、
桜と光の花びらは、空へと溶けていった。
――帰り道。
「なおき?」
ミニエルが言う。
「何?」
「さっきどこ行ってたの?!」
「急にお腹痛くなって……トイレ探してた」
ミニエルとエルは顔を見合わせて、
「なおきらしいね」
と言って笑い、二人で腕にしがみついた。
「こんなに満開なんだから」
ミニエルが言う。
「あの女の子も、お母さんと来ればいいのにね!」
「なんか今日も会える気がしてたのに」
ミニエル、なおきを見ながら口が半開きになって止まった…
エルは桜を見上げて、
小さく笑った。
「……なおきってさ、」
「何でもない」
「何それ!」
その時
ひときわ大きな桜の木から――
花びらが――
一斉に舞い始めた。
まるで、
あの子が最後に手を振ったみたいに…
「ありがとう」
とびきりの笑顔で、
そう言ったみたいに…
風が、優しく頬を撫でた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この回は「待つこと」と「残る想い」をテーマに書きました。
桜って、毎年同じ場所に咲くからこそ、
人の記憶や約束が積み重なっていく花だと思っています。
もし少しでも何か感じてもらえたら嬉しいです。
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