夕暮れの丘と、送る歌
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回は少しだけ静かで、やさしいお話です。笑いよりも、あたたかさと余韻を大切にしながら、「迎える側」だったミニエルが初めて「送る側」になる瞬間を書きました。
別れは悲しいものですが、それはきっと「大切に思えた証拠」でもあるのだと思います。
夕暮れの丘で紡がれる、小さな命と歌の時間。少しでも心にやさしく残ってくれたら嬉しいです。
夕暮れの公園の丘は、いつもより静かだった。
空は橙に溶け、風はやわらかい。
その真ん中で、猫たちが一匹を囲んでいる。
いつも日向で眠っていた、おばあちゃん猫。
ミニエルが何度も一緒に過ごした、あの猫だ。
今日はもう、自分で立ち上がることも難しそうだった。
「……みんないるねぇ」
かすれた声。
それでも、しっぽはゆっくり揺れている。
ミニエルはその前に立っていた。
小さな体。
金色の髪が、夕陽に透けて揺れる。
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
――今までは、迎える側だった。
光に変わる魂を、受け取る側。
でも今日は違う。
見送る側。
「……歌うね」
震えそうになる声を、必死に整える。
おばあちゃん猫が、くすっと笑った。
「わたしも……頑張って、歌うからね。悲しまないでおくれよ」
周りの猫たちが、小さく喉を鳴らす。
そして、ミニエルは歌い始めた。
やさしい旋律。
高すぎず、低すぎず。
包み込むような、あたたかい声。
猫たちも声を重ねる。
おばあちゃん猫も、かすれながら小さく鳴く。
夕暮れの空に、歌が溶けていく。
ありがとう。
あったかかったよ。
ここにいられて、幸せだったよ。
言葉じゃないのに、ちゃんと伝わる。
おばあちゃん猫の目が、細くなる。
「……楽しかったよ」
ぽつりと。
「みんなと日向で眠って……」
呼吸が、ゆっくりになる。
「幸せだった」
その瞬間。
体が、ふわりと淡く光った。
猫たちが一斉に鳴く。
ミニエルの声が、少しだけ揺れる。
それでも、歌を止めない。
最後まで、送るために。
光は静かに空へ昇り、夕焼けに溶けていった。
静寂。
風の音だけが残る。
ミニエルの喉から、音が消える。
ぽろり、と。
小さな涙が一粒だけ落ちた。
「……送るの、こんなに重いなんて、知らなかった」
肩がわずかに震える。
「今までは……迎えるだけだったのに」
その背中を、エルが静かに見つめていた。
その震えは、他人のものじゃない。
どこか、自分と重なる痛み。
エルは小さく息を吸う。
「……大丈夫」
ミニエルに向けて。
同時に、自分へ言い聞かせるように。
少しだけ夕焼けを見上げる。
「消えないよ」
短く、それだけ。
風がふわりと二人の間を通る。
「……覚えてるでしょ、私たち」
強くはない声。
でも、揺れてはいない。
ミニエルの震えが、少しだけ止まる。
少し離れた場所で、なおきがそれを見ていた。
胸の奥が、静かに重い。
でも、悲しいだけじゃない。
ゆっくりと二人の間にしゃがむ。
「……さ」
言葉を選んで、優しく。
「また会えるのが楽しみなくらい、一緒にいられたなら、最高じゃない?」
ミニエルが顔を上げる。
涙で濡れた瞳。
「“もういいよ”って言われるくらい、そばに寄り添えたんだよね」
風が、やさしく吹く。
「……幸せそうだったじゃん」
ミニエルは空を見る。
「……また会えるかな」
少しだけ間を置いて。
「会えるよ」
強く、でも穏やかに。
「会うって決めてれば、きっと会える」
エルが小さく微笑む。
ミニエルは涙を拭き、こくりと頷いた。
「じゃあ……次会うとき、もっと上手に歌えるようにしとく」
「それ、絶対喜ぶね」
夕陽が沈みきる。
丘の上には、猫たちと、三人。
送る歌は終わったけれど。
記憶は、消えない。
また会おうねって――
やさしく、心の中で約束しながら。
今回のお話は、ミニエルの成長と、エルの静かな優しさ、そしてなおきの人らしい寄り添い方を意識して描きました。
大きな出来事ではないけれど、日常の中にある「見送る」という経験は、きっと誰にとっても忘れられないものだと思います。
送る歌は終わっても、記憶や想いは消えず、どこかで繋がり続けていく。そんな温度感が伝わっていたら、とても嬉しいです。
もしよろしければ、感想や応援などいただけると、今後の創作の大きな励みになります。
これからも、エルとミニエル、なおきの物語をやさしく見守っていただけたら幸いです。




