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第57話 王女と死神

 王都への出発の日、夜明けの刻。喫茶で眠らぬ夜を過ごす(せん)のもとを、静湖(しずみ)はひとりで訪ねた。静湖が両手いっぱいに抱えたものを見て、カウンタの奥の扇がはっと立ちあがる。


「しずさん、それは」

「扇、今までありがとう」


 静湖は笑顔を作り、テーブルの上に借りていた何着もの給仕服を置いた。扇はテーブルの脇に寄り、じっと服を見おろす。


「着ていかれないのですか」


 今日の静湖は、(じゅん)と出会った日に着ていた王宮の服装だ。


「うん、向こうは寒いし」


 軽く答えた静湖は、扇の視線に射られ思いを改める。スカートをズボンにはきかえ、自分の服で王都に帰還する静湖に、扇は言葉にしえぬ思いをこめて、着ていかないのか、と尋ねたのだ。


「強くならなきゃいけないし」


 口にしてみて、それも扇には通じないと静湖は悟る。


「……男の子の服装で、男の子の体でも、そしてたとえ女の子の服装で、女の子の体だったとしても、僕が僕であることに変わりないってわかったから」

「しずさん」


 扇がにっこりと微笑んだ。


「しずさんは十分に強い。そのままでいいんです」

「……扇が教えてくれたんだよ」


 王都ではなにがあるかわからない。思いを伝えられるのも最後かもしれない。静湖が言葉を紡ぎながら感じたそんな思いをも、扇は受け取ったようだった。


「必ずまた会いましょう。服は、預かっておきます」

「ありがとう」


 静湖は扇に向きあい、手を差しだした。固い人形の手が、しっかりと静湖の手を握り返した。



 王宮の秘密の部屋で、御影(みかげ)はいたずらに時を過ごしていた。


 部屋を守る王女望夢(のぞむ)とともに、国王天海(あまみ)をはじめとした他の者を起こそう、といろいろなことを試してはみた。だが王宮の人々は望夢の魔法により、部屋に浮かぶ球の中に眠らされており、起こす方法はわからないということだった。


 多くの球を近くに浮かべて、御影と望夢はその日もいくつもの魔法を試し、成果を得られずに向きあっていた。外の世界でどれだけの日が経っているか、数えることもやめてしまっている。

 あれだけ気丈だった望夢が、涙声になってこぼした。


「私、あの嵐から皆を助けるつもりで必死だったけれど、考えなしだったのかもしれません……このまま皆が目覚めなかったら……」


 御影は必死に望夢を励ました。


「少なくとも私は目覚めることができました。望夢様に助けてもらっていなかったら、街の人々のように影の姿になっていたことでしょう」

「そうですね……でも私、皆をこの場に避難させてからどうするかなんて、ちっとも考えていなかったんです。初代王女が使っていたのと同じ魔法を使えることに得意になっていたの。初代王女は、強大な〈(リュウ)〉が〈反転〉を起こしかけた際に、皆をこうやって球に封じて守り……」


 望夢はそこまで口にすると、しばらく考えこんでから言った。


「初代王女はその後、とある人物の力を借りていました。その人物は初代王女の死後も生き続け、今もこの部屋にいるはずです」

「どういうことですか」


 御影が驚きとともに問いかけると、望夢は部屋の中空に浮かんだ月の形の椅子をあおいだ。


「あの椅子はこの部屋の(かなめ)。国王の玉座が形を変えたものです。この部屋は玉座のある謁見(えっけん)の間に重なっているのです」

「ここは謁見の間だったのですか!」

「そして初代王女に魔法の力を貸した人物は、玉座が〈(ヒト)〉になった存在なのか、あるいは〈人〉から玉座に姿を変えたのか、とにかく玉座の化身なのです」


 望夢は月の形の椅子の真下へ歩いていくと、ゆっくりと手を差しのべた。


「現れてくれますか、〈斑葉(イサハ)〉」


 すると椅子が白銀の光に包まれて消え、ひとりの少年がふわりと降りたった。少年の手には三日月のような鎌が握られ、ざんばらの髪は白く透きとおっていた。

 少年の姿に重なり、奇妙な音が飛び交う聴いたこともない音楽が、御影の心の耳に届く。まるで時の向こうから流れてくる未来の音楽のようだった。


「やぁ王女殿下、今世でははじめまして。王国の道化師とは僕のこと」


 斑葉、と呼ばれて現れた少年は、不気味な赤い光を宿した目を細め、陽気に鎌をかかげた。望夢は丁寧に礼をして声をかける。


「はじめまして、斑葉さん」

「僕が呼ばれるだなんて、いよいよ王国の危機か。王女殿下の転生の時間も迫っている」

「なんのお話ですか」


 御影は思わず口を挟んだ。


「あら、奥の宮じゃないか。あなたの面白い立ち回り、玉座から見ていたよ」


 斑葉は茶化すように口元をゆがめた。


「教えてあげましょう。王女殿下は承知の上だと思うけどね──これだけの魔法を王女殿下が使うのに、なにが代償にされているか。彼女の命の時間だよ」


 御影は信じられぬ思いで望夢を見やった。


「望夢様……それは本当ですか? 寿命を犠牲にしていると?」


 望夢は唇をかんで押し黙っていた。斑葉はひょうひょうと語り続ける。


「王国の道化師である僕は、かつては初代王女の専属の魔術師でした! 僕は彼女とともにひとつの魔法を編みあげた。命の時間を魔力にかえて、強大な術を使う魔法だよ。命を生きている〈流〉を巻きあげてそのまま動力にするのさ、そこらの小さな〈流〉を動力にする魔法よりずっと強力なのはわかるでしょう?」


 御影は眉をひそめる。


「それは、禁術というものでは」

「たしかにその術を生みだしたために、僕は〈死神〉なんて呼ばれるようになった。僕は玉座に身をやつし、時の王が愚かだったら、命の〈流〉を巻きあげて善政を演出し、その王には早々に命を終えていただいたりもした……あら、奥の宮、あなたは不思議な人だねぇ、僕にこんなことまでしゃべらせるなんて」


 斑葉の話は戦慄を覚えるものだったが、今はそれどころではない。望夢の寿命が犠牲にされてこの部屋が成っているならば、一刻も早く次の一手を見つけねばならない。御影が口を開きかけたとき、斑葉がひとつの球を手元にたぐりよせた。


「ひとつ、いいものをお見せできますよ」


 斑葉が鎌の先で、とん、と球を叩くと、景色が切りかわった。

 そこには天狼の背にのって雲間を翔ける数人の人物が映された。

 そのひとりは──。


「静湖様!」


 御影は思わず叫ぶ。心臓が跳ねた。王都から遠く引き離したはずの静湖が今向かう先には、雪に埋もれたこの王都が──。


「御影、兄様のところへ行って」


 望夢が固い声で言った。


「望夢様、しかし」

「白の〈流〉は兄様を放っておかない。だから」


 御影は渦巻く思いを呑みくだし、うなずいた。王都を救う方策は思いつかないが、白の〈流〉を野放しにしてこれ以上の被害を出すことだけは避けなければ。目の前にいるのは十一歳の少女といえど、信頼すべき相手だった。彼女は務めを果たそうと禁術を(ひも)()いたのであり、その行為を無駄にしてはならない。


 望夢といくつかの約束を交わしたのち、御影は秘密の部屋を退出した。


〈第五番につづく〉

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