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第56話 決意の時 2

 神殿で柘榴(ざくろ)をおろし、再び天に翔けた(じゅん)のもとに、北から強い風が吹きよせた。静湖(しずみ)はわっと声をあげ、朔夜(さくや)とともに准の背にしがみつく。


〝この風の音楽は……〟


 准は身をひるがえし風の上へ渡った。


(あかり)さん!〟


 音楽をまとった風がうなり、炎のきらめきが走りぬける。

 赤き龍が、風の中に舞っていた。

 龍は炎の波となって、港の(がい)の船へと降下していく。准もそれを追う。准が四つの足で甲板に降りたったとき、渦巻く炎が人の形をとって横に並びたった──魔女、灯の姿がそこにあった。


 准の背を降りた朔夜がそちらへ歩いていき、灯と高く手を叩きあわせた。前代〈流の祭司〉と、おそらくは赤き〈(リュウ)〉である灯。旧知らしい息の合い方だった。


 灯、と叫んで駆けよろうとする静湖を、灯は制した。


「私に抱きつく前に、准を〈(ヒト)〉に戻してやれ」


 灯は、静湖がずっと腕に巻いていた准のバンダナを指す。


 喫茶の建物からは、鎧と(すい)(せん)が走りでてきた。よく帰った、と静湖と准の頭をひとしきりなでた鎧も、静湖の腕のバンダナを目に留めた。


「しずちゃん、准のお守りを持ってたか。そいつを准に巻いてやってくれ。そうしたらたぶん──」


 静湖はふさふさとした准の耳に、きゅ、とバンダナを巻く。すると狼の体が渦巻いて縮んでいき、灰色の髪の上にバンダナを巻いたいつもの准が、静湖の腕の中に現れた。


「よかった、戻れたよ。しず、鎧さん」


 おぅよ、と鎧が応じる。

 静湖と准は、改めて帰還した灯の前に立った。


「灯、おかえり」

「どこに行ってたんですか、心配しました……!」


 灯は珍しく照れた顔で、ふん、と横を向いた。


「おまえたちも〈(ソラ)〉の境でいろいろなものを見てきたようだな」

「うん。僕のお母さんは〈流〉になっていた」


 皆の驚きの視線を受けながら、静湖は続ける。


「そして王都の危機を報せてくれた。僕は准と、王都に白の〈流〉を説得しに行きたい。僕は波空の〈流の祭司〉だから」

「しずちゃん……」


 彗がぽつりとこぼす。扇は口元を笑ませた。


「迷いなくおっしゃるんですね。見違えました」


 鎧は、だあぁっ、と頭をかきむしる。


「この船、王都までの空飛ぶ船にならねぇか? そりゃ俺なんて行ってもなにもできねぇがよ」

「残念ながら船を飛ばす動力がない、魔法の湖を往くのとは違うんでな。王都へ向かうなら、天狼の准に乗れる最小の人員だ」


 灯が淡々と告げる。朔夜が一歩進みでた。


「私は行きます。案内すべき場所がある」


 灯はうなずいた。


「……私も〈流〉の姿で王都を見てきた。先導しよう」

「王都に行ってたんですか」


 尋ねた准に、灯はじっとまなざしを注ぐ。


「准。私は赤の〈流〉だ」

「は、はい」

「だが私は二十年あまり前に、王都の〈流の炉〉の事故に巻きこまれ、長らく〈人〉の姿に封じられていた」


 彗がひょっこりと顔を突きだして口を挟む。


「何百年も〈人〉からものから変幻自在だったのに、〈人〉でしかいられなくなっちまったんですよね」


 うるさい、と一喝し、灯は説明を続けた。


「〈流の炉〉の事故では、朔夜が〈宙〉に溶けて体を失い、私は朔夜の鏡となるように〈宙〉から引き離され、〈人〉になってしまった。だが今回、王都の〈宙〉に異変が起きたことで、朔夜も私も本来の姿を取り戻したんだ」


 そんなことが、と静湖は准とともに息を呑む。灯は腕を組んで続けた。


「だから私は、赤の〈流〉だ──だがな。私がこんな風におまえたちと親しく話し、まるで〈人〉同士であるかのように同じ価値観を持っているのは、私が二十年近くの間〈人〉であったからだ。〈人〉の体と限られた意識を持ち、地上における〈人〉を理解したからだ」


 灯は静湖をまっすぐに見つめ、付け加えた。


「──白流(しろる)はそうではない」

「あ……」


 静湖が声をもらすと、灯はむずかしい顔になった。


「白流のやつは、幻として人の姿をとっているだけだ。〈人〉が〈人〉であること、〈人〉の体などなんとも思っていない。それゆえ王都の人々は……いや、おまえが見て確かめるまで言うまい」


 灯は重々しく言葉を切る。静湖の胸に不安が渦まいた。

 王宮で対峙した白流のあどけなさと、妖しくゆがんだ笑みを思いだす。白流は王都の人々に、御影や父、望夢たちになにをしたというのだろう。


「とにかく静湖、おまえはとんでもない相手と交渉しようというんだぞ。覚悟はあるか」


 灯から目を向けられ、静湖はごくりとつばを呑んで答えた。


「白流がなにを考えているかは、王宮で会ったときもまったくわからなかった。今の王都の状況も、僕には想像もつかない。でも白流には、王都を襲った理由があると思う。誰かがそれを聞いてあげなくちゃ」


 朔夜が小さく、静湖くん、とつぶやいた。〈流〉との交渉役である〈流の祭司〉として、前代の朔夜も同じような思いを持ったことがあるのかもしれない。

 静湖は朔夜にうなずき返し、言葉を続けた。


「あの日、僕は記憶を失っていた。御影の名前しか覚えていなかった。最後に僕を逃がしてくれた御影の顔を思いだしたけれど……混乱することばかりなんだ。御影がどうなったかわからずに生きていくなんて、僕にはできない。それが正直な気持ち」


 だけど、と静湖は目を伏せ、隣に立つ准と灯の手を取った。


「今は、皆がいる。僕はもう王宮の世界しか知らなかった、名ばかりの〈流の祭司〉じゃない。この国が危機にあるときに、大切な身近な人たちが危ないときに、僕にできることをしたい──それが、白流と話すことなら、僕は王都へ行く」


 はっきりと言いきると、じん、と胸に火がともるようだった。


 記憶を失ったとき、なにもわからずに不安に呑まれていた。友と仲間を得て、見える世界は果てしなく広がった。その先で、面影も知らなかった母にまみえた。その母が、自分を〈流の祭司〉として信じ、思いを託してくれた。静湖の心には、今までに感じたことのない、確かな炎が燃えたつ。


 その炎は、歌っている。

 曲の名は、勇気という。


 御影だけではない。父も妹も、王宮の皆の顔が心に浮かぶ。

 静湖が少しだけ微笑みを浮かべたとき、灯が取られていた手を振りはらい、かーっと自身の髪をぐしゃぐしゃにかいた。


「そこまで言うんだな。なら、行くぞ」


 准も力強い笑みを向けてきた。


「しず。ここから先は、ひとりにはしないよ」


 うん、と静湖はかけがえない友にうなずき返す。

 皆とゆっくり視線を交わし、静湖は声を張りあげた。


「王都へ──!」


〈第4楽章おわり〉

〈幕間につづく〉




いつもお読みいただきありがとうございます。


静湖たちの旅は最終章へ向かいます──。


ご感想やレビューも、大歓迎です。

ぜひ、ともに伴奏してください。

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