第53話 母なる泉 3
外は昼間だったが、天には夜空の幻影が広がっていた。満天の星を見あげるかつての三人の姿が水辺にあった。
「三日三晩、夜も語りあいました。御影は真摯に、波空側の事情を教えてくれました。王都の〈流の炉〉は王都中の魔法を支えているけれど、そこに流れている〈流〉は弱り続けている。流王陛下が新しく〈流の炉〉に加わってくれたら、王都の今後百年の安泰にもつながると……」
静湖はそれを聞き、心に引っかかるものを感じた。
この地で寿命を迎え〈反転〉を起こすかもしれない流王。それを救うと言いながら、流王を連れ去って王都の力にしようとしている波空の事情。この地の人々から、流王を狙ってやってきた、と悪しざまに言われても仕方ない。
当時の御影も、その二面性をわかっていたはずだ。むずかしい立場だったに違いない。
現実の更紗は小さく首を振って続けた。
「私は三日の間、陛下がこの地におられることの大きさを語った。陛下の音楽はすべてのものごとの間に流れて、私たちはいつも魔法に乗って生きている。常に魔法の力が働いていて、私たちの体や行動がたやすくなるように支えてくれている。それがなくなったら、私たちは半身を失くすも同然だと」
虚像の御影が、憂いを帯びた表情でうなずいた。
「御影はわかってくれました。光海の地で起こっていることは〈流〉の力の奇跡だと。でもそれはもう長く続かない、流王を王都に移して生かすことに賭けるか、この地とともに滅びを待つか、二つにひとつなら迷うべきではない──御影も天海も、そう言った」
幻の中で三日間が過ぎているのか、三人はさまざまに動いていた。
若かりし御影は再び翼を現して森の向こうへ飛び去っていった。
星空が広がるもと、天海と更紗が水辺で向かいあっている。二人は水のほとりに座って水中に足をひたし、体を向きあわせた。
「そしてあの日の夜、私は天海に言われたの」
現実の更紗は淡々と語りながらも、思いだすことで胸がしめつけられるかのように目を細めた。
「──流王を王都に移すのを手伝ってほしい。そして、流王とともに王都に来てほしい。流王が光海の地だけでなく、この広い波空国の中心の力となるように、一緒に力を尽くしていかないかと。『そのとき、私のそばにいてくれないか、この国の妃として』と天海は言った」
天海が、若き更紗に手を差しのべる。
彼女が逡巡しつつもその手を取ろうとしたとき──幻の光景が弾けた。
滝つぼに青く輝く水柱が噴きあがり、水の龍が天まで駆け昇った。龍は音楽をまとっていた。その音楽は、静湖の内なる音楽と共鳴する青の響きが、とてつもない激しさで鳴らされたものだった。
幻の光景と響いた音楽の迫力に、静湖は圧倒される。
「あれは、流王様……?」
静湖の問いかけには答えず、現実の更紗は静かに語る。
「私、そのときはっきりと気づいてしまった。私は流王陛下を、人のようにお慕いしていたと。流王陛下は人のごとき意思を持っておられると。それを悟らせないほど弱られていた陛下が、私の心の動揺とともに心を動かされ、こうして立ち昇ったと」
〝私は流王陛下のものです〟
幻の中の更紗がきっぱりと言った。
天海がはっと手を引いたとき。
〝天海様、〈反転〉です!〟
木立の上から御影が飛びきたり、水辺の天海を突きとばした。天海のいた場所に青き龍が走り、隣の更紗は水とも光ともつかぬ青い輝きに呑まれた。
幻の輝きに見入る静湖の肩を、現実の更紗が抱きよせた。
「青い光と音楽に包まれ、流王陛下がこの身に流れこんできた。それは私の体内で渦巻いて、どくん、と打ったの。命の脈動を。そのとき思った。陛下はひと度死して新しく生まれようとなさっている。私がこの身で、死からの誕生を陛下に与えられる──その脈動を宿せる、と思った」
虚像の更紗からは青き光があふれかえり、周りに流星のように輝きを散らしていた。光の破片は遠く森の彼方までも飛んでいく。
幻影の御影が翼を広げて、天海を上空に抱きあげた。そして突きあげた片手から光を放ち、巨大な天蓋を森の一帯に形づくった。更紗の体からあふれる光は、天蓋に当たって弾け、青いきらめきとなって森のあちらこちらに降り注ぐ。
その幻すべてが、だんだんに薄れていった。
幻の更紗が、御影が、天海が、見えなくなっていく……。
気づいたとき、静湖の周りは、穏やかな昼間の滝つぼの光景に戻っていた。
更紗は静湖の肩を抱いたまま、幻の自分がいた場所を見つめて続きを語った。
「私に宿った流王陛下の青い光と音楽──〈反転〉の光と音楽は、御影の作った魔法の天蓋によって流ヶ淵にとどめられた。その小規模な〈反転〉と魔法の輝きを、光海中の人が目撃した。それを最後に流王陛下は消えた」
「御影や父上は……?」
静湖が問いかけると、更紗は目を伏せた。
「天海たちは私を助けだし、山をおりて事情を説明した。でも私は本当に妊娠していて、周りの人々は……」
更紗は小さく首を振った。
「私は心を閉ざし、体内に宿った音楽とだけ対話するようになり、天海と御影の手も振りはらったの」
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