21.「……ですが」
「あのですね、私、ドロシー様とたくさんお話したいことがありましたの。……ですが、張り切りすぎて忘れてしまって……」
「まぁ、そうなのですね。お手紙にでも、書いてくださればよかったのに」
「実際にお会いしてお話するのと、手紙にしたためるのとでは訳が違います!」
ジュリアナに手を引かれ、ドロシーが連れてこられたのはまだ人の少ない場所だった。その後、ジュリアナは嬉しそうにドロシーに話しかけてくる。その様子は、まるで妹が姉に構ってほしいというような姿で。少し微笑ましい気持ちになるものの、ドロシーからすればジュリアナの行動は咎めなければならない。
「ジュリアナ様。ここは社交の場でございますよ。もう少し、落ち着いてくださいませ」
そのため、ドロシーはジュリアナにそう言い聞かせる。そうすれば、ジュリアナは眉をさげて「はーい」と返事をしてくれた。ジュリアナは素直でまっすぐな性格だ。そのため、こういう風に優しく注意をすればまだ聞いてくれる。……それが、ドロシーや両親に対して限定のことだと、ドロシーは知らない。知る由もない。
「ところで、意外でしたわ。ドロシー様がルーシャン殿下と共に参加してくださるなんて……」
「そうね。私も意外だったわ。でも、ジュリアナ様がルーシャン殿下をお誘いしたのでしょう?」
ゆっくりとドロシーがジュリアナにそう問いかければ、ジュリアナは「……お父様です、お誘いしたのは」と少しだけ頬を膨らませて言った。その仕草はとても可愛らしく、ドロシーは微笑ましくなりながらジュリアナの頭を軽く撫でてしまう。そうすれば、ジュリアナは目を細めて嬉しそうに笑った。
「……本当のところ、私はルーシャン殿下が嫌いです。……だって、ドロシー様を蔑ろにするのですから」
「ふふっ、そうなのね。ですが、そういうことを大々的に言ってはダメよ。……不敬罪に、問われてしまうもの」
実際、ルーシャンはそれくらいで不敬罪に問うことはないだろう。それは、ドロシーにだって分かる。しかし、貴族とは足の引っ張り合いをする生き物である。何かがあって、ジュリアナに被害が及ぶのはドロシーとしても避けたいことだった。フォード伯爵家は辺境伯爵家であり、かなりの権力を持つが、それでも弱みは見せないに限る。
「……ですが」
「ジュリアナ様。私は、今の生活に満足しているの。なので……ジュリアナ様のお気持ちは嬉しいけれど、貴女が文句をおっしゃるのは筋違いなの」
ドロシーは、今の生活に満足している。たとえ、一週間に一度しか会わないような夫婦関係だったとしても、文句はないのだ。むしろ、今の生活が心地いい。なんと言っても、清々しているのだから。
「分かりました。ドロシー様がそうおっしゃるのならば、そういうことにします」
ドロシーの言葉を聞いて、ジュリアナはそう言葉を発するものの、その表情は何処か不満そうだった。でも、分かってくれただけ良いだろう。そう思い直し、ドロシーは「さぁ、飲み物でも取りに行きましょうか」とジュリアナに声をかける。正直、少し喉が渇いた。そう、考えていた。
飲み物を取るためにドロシーが移動をしようとすれば、ドロシーの前に道が出来ていた。大方、皆がドロシーの美貌に怯み道を開けてくれたのだろう。遠くに見えるルーシャンも、どうやら同じような状態に見える。
(……道を開けてくれるのは嬉しいけれど、目立つのは嫌だわ)
心の中でそうぼやきながら、その道を堂々と歩いていくドロシー。その隣には、相変わらず可愛らしい笑みを浮かべたジュリアナがいた。ジュリアナはドロシーの隣を優雅に歩いている。やはり、彼女は演技が出来る女性だ。そんな風に関心をしながら、ドロシーはゆっくりと飲み物が置いてある場所に向かって歩いていく。
(……あら?)
そんな時、不意にルーシャンの側に見知らぬ女性がいることに気が付いた。彼女は頬を真っ赤に染め、ルーシャンに声をかけていることから、ルーシャンの美貌に惹かれたのかもしれない。対するルーシャンは少し困ったような表情を浮かべているものの、拒絶はしていないようだ。
(さすがはルーシャン殿下。あの美貌も素晴らしいわ)
ルーシャンが女性に声を掛けられる様子を眺めながらも、ドロシーは嫉妬などしなかった。どうせ、自分たちは期間限定の夫婦なのだ。いずれは、別れる関係。ならば――嫉妬をするのは、筋違いだ。そう、例え――。
「ルーシャン殿下は、一応はドロシー様の旦那様なのに……!」
隣で、ジュリアナがそうぼやいていたとしても、関係ないのだ。ドロシーにはドロシーの信念があり、道がある。人生がある。そこに、ルーシャンは必要ない。そう、ドロシーは思っていた。……そう、彼には惹かれない。惹かれるわけがない。絶対に――好きには、ならない。




