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22.「どうしましたか?」

 時をさかのぼること、約十分前。ルーシャンは一人で行動をしていた。しかし、しっかりとドロシーが見える位置はキープする。ドロシーに何かがあっては、駆け付けなくてはならない。それが、夫の務めだからだ。ドロシーの美貌は、人を惹きつけて魅了する。それは、ルーシャンも常々思っていることだった。


(それにしても……人が多いな)


 そう心の中でぼやきながら、ルーシャンはフォード伯爵家のパーティーホールを見渡す。ワイワイと話す人々の声を煩わしいと思いながら、ルーシャンはこっそりとため息をついていた。


(ドロシー嬢の方に、戻るべきかな。……けど、ジュリアナ嬢と楽しそうに話しているし……)


 女性同士の会話に入ったところで、会話について行けないのは目に見えている。しかも、ジュリアナはルーシャンのことを大層嫌っている。それは、ルーシャンにも分かっていた。そのため、二人の間に割り込もうとは思わない。


「あ、あの、ルーシャン殿下、です、よね……?」


 そして、本日幾度目になるか分からない女性からの声掛けに、ルーシャンはこっそりとため息をついた。その後、歪な笑みをその女性に向ける。そこにいたのは、深い青色の髪を持つ気品のある女性だった。その顔立ちは美しいが、何処かドロシーには劣る。そんなことを思いながら、ルーシャンは「どうしましましたか?」などと余所行きの口調で返事をした。


「わ、わたくしは、ブラックウェル公爵家のエイリーンと申します。……あ、あの、その」


 エイリーンと名乗ったその女性は、頬を赤く染めルーシャンに視線を向ける。それを見たとき、ルーシャンは心の中で「またか」と思った。ルーシャンの美貌は、だれかれ構わず魅了する。そのため、こういう視線を向けられることは日常的だった。全く、嫌な慣れだ。そう思いながら、ルーシャンは心の中で舌打ちをし、余所行きの笑みを深める。そうすれば、ルーシャンの本当の気持ちを知らないエイリーンは嬉しそうに笑った。


(そう言えば、ブラックウェル公爵家の令嬢の中には……聖女見習いがいるとかなんとか、聞いたな)


 エイリーンの嬉しそうな表情を冷めた目で見つめながら、ルーシャンはそんなことを考えた。


 聖女とは、このネイピア王国を守る女性たちのことである。ネイピア王国の周辺には魔物が住まう森があり、その魔物を避けるために強い光の結界が張ってある。その結界を管理している女性こそが『聖女』たちである。聖女を輩出することは、その家にとってメリットがとても大きい。そのため、どの貴族も聖女を輩出しようとするのだ。


「……ブラックウェル公爵家には、聖女見習いがいると聞いたけれど……知っている?」


 少し、興味が湧いてしまった。そんなことを思い、ルーシャンがエイリーンにそう問いかければ、エイリーンは静かに「……それは、わたくし、でございます」と照れたように言う。その言葉を聞いたルーシャンは「そうなんだ」と適当に言葉を返した。聖女には興味がある。しかし、エイリーン自身には興味がない。そう言う態度だった。


 大体の人間は、ルーシャンに適当にあしらわれたら引いていく。だが、エイリーンは違った。ただ、「ルーシャン殿下に興味が、ありますの」と言って引かない。それを煩わしく思いながら、ルーシャンは余所行きの表情を崩さない。そこは、さすがというべきだろう。


 王子とは、評判勝負だ。そう、父に厳しく言い聞かせられてきた。たとえ、引きこもりのひねくれ王子だと言われていたとしても、その評判をさらに落とすことだけは避けたいのだ。


(それにしても、この令嬢はつまらないな。ドロシー嬢くらい刺激がないと、楽しくない)


 そして、ルーシャンはエイリーンの話を聞きながらそんなことを思ってしまう。ドロシーは、ポーションが大好きだ。しかし、その話には何処か面白さがあり、興味を引かれた。それに対して、エイリーンの話はどうだろうか。自慢話ばかりであり、誇張された表現ばかりを使う。そうなってしまえば、飽きるのも時間の問題だった。


「エイリーン嬢、悪いけれど、俺はそろそろ帰るから」


 そのため、ルーシャンは早々にエイリーンに見切りをつけ、ドロシーを捜して歩き出す。聖女についての話を聞ければ。そう思っていたが、エイリーンからは望む情報を引き出せないだろう。聖女については機密事項が多く、王子でさえ知らないこともあるのだ。王家の中で、聖女についてのすべてを知っているのは、同じ女性である王妃ディアドラくらいだろう。


(さて、ドロシー嬢を誘って帰るか)


 さすがに、妻を置いて帰るわけにはいかないだろう。そんなことを思いながら、ルーシャンはドロシーを視線だけで探した。そうすれば、すぐにドロシーは見つかる。


「ドロシー嬢、帰ろうか」


 その後、ドロシーに近づいて端的にそんな言葉をかければ、ドロシーは「そうですね」と同意してくれた。どうやら、引きこもりに近いドロシーも疲れ切っているようだった。


(あぁ、面倒なパーティーだったけれど……まぁ、いいや)


 心の中だけでそう思い、ルーシャンはドロシーの手を取って出口に向かって歩き出すのだった。

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