14.「……うん、普通の令嬢はまず薬草を保管なんてしないから」
ドロシーが屋敷の玄関に向かえば、そこではすでにドロシーの父である侯爵がルーシャンを出迎え、会話をしていた。ルーシャンは黒いローブを身に纏っており、何処からどう見ても魔術師と言った雰囲気である。その後ろにはいつもの様にダニエルが控えており、彼はドロシーに気が付くと従者の礼を取った。
「お父様、ルーシャン殿下」
ゆっくりとドロシーが二人に声をかければ、二人ともドロシーに視線を向けてくれる。侯爵は目の色以外はドロシーにそっくりであり、ドロシーが男性だった場合こういう年の取り方をするのだろうと連想させる容姿の持ち主だ。ちなみに、ドロシーの目の色は母から受け継いだものである。
「あぁ、ドロシー」
侯爵はそれだけを言うと、「では、私は失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり」という言葉をルーシャンに残し、仕事に戻っていく。そんな侯爵の後ろ姿を見つめながら、ドロシーはルーシャンに綺麗な一礼を披露する。その後「案内しますわ」とだけ告げ、ゆっくりと今来た廊下を戻っていく。
「……ドロシー嬢は、俺の服装については触れないんだ」
屋敷の中を歩いていると、ふとルーシャンが後ろからそう声をかけてくる。その声は本当に不思議だとでも言いたげで。ドロシーは振り返り「人避けでしょう?」と笑みを張り付けながら言う。
「容姿を隠すには、そう言う格好が最適だと私も知っておりますもの。私も度々仕入れに行く際は、そんな格好で外に出ますから」
「へぇ」
ルーシャンはドロシーの言葉を聞いて納得しているが、ドロシーの言う仕入れは三ヶ月に一回程度のものである。普段は信頼のおける商人を屋敷に呼び、全てを屋敷内で済ませてしまう。なんといっても、ドロシーは引きこもりの令嬢だから。
「まぁ、大体のことは屋敷で全て済ませてしまますが、出来ないこともありますから。そういう時は、度々仕入れに向かいます」
直に薬草を見ることも必要だ。そう、ドロシーは思っていた。そのため、三ヶ月に一度のペースで市場に出向き、仕入れを行う。父や母はそれを咎めはしない。いつも「ドロシーは好きなことをしているときが、一番輝いているね」というだけだ。
「どうぞ、散らかっていますが」
それから数分後。ルーシャンはドロシーの調合部屋に足を踏み入れていた。今まであまり足の踏み場がなかった床は綺麗に片付けられており、本は棚に綺麗に整理されている。薬草や試作品が入った棚は厳重に鍵がかかっているようで、そう簡単には取り出せそうにない。カーテンは暗めの色であり、集中するときに外界を遮断する目的だろうと容易に想像がついた。
(……女らしくない)
ルーシャンはそんなことを思いながら、ドロシーに勧められ椅子に腰を下ろす。女性の部屋とは、もっときらきらとしていて色鮮やかなものではないのだろうか。そう思いながら、ルーシャンは「部屋、地味だね」とドロシーに声をかける。
「地味で結構です。それに、私こういう研究所みたいな雰囲気が好きですから。なんというか……自分が、賢くなった気がしませんか?」
そう言いながら、ドロシーは先ほどタッパーに詰めたルビー草とウェットン草を取り出す。ドロシーは調合をしているだけはあり、かなり賢い方だ。まぁ、令嬢には賢さなど求められない場合が多いため、ドロシーは自分の頭脳がどれだけ優れているかを知らないのだが。
「私室も、こんな雰囲気?」
「まさか。私室はもう少し綺麗です。白を基調としていて、どちらかと言えばシンプルな感じかと」
調合に使う道具を取り出しながら、ドロシーはそんな風に答えていく。ルーシャンの後ろにはダニエルがおり、彼は物珍しそうに部屋を見渡していた。そんな様子を不快に思うこともなく、ドロシーは「さて、何か尋ねたいことはありませんか?」と言ってルーシャンを見据える。それを聞いたルーシャンは「……まぁ、いろいろとあると言えばある」なんて言い、ドロシーの手元にあるタッパーを見つめる。
「令嬢が触れるものじゃないよね、タッパーとか」
「そうですか? 薬草の保管にこれ以上適したものはないかと思いますけれど」
「……うん、普通の令嬢はまず薬草なんて保管しないから」
普通の令嬢は宝石に目を輝かせ、自分を着飾ることに執着する。だが、ドロシーは薬草に目を輝かせ、ポーションや調合に執着してきた。そんな自分が普通ではないことくらい、ドロシーだって承知の上なのだ。
「知っています。……けど、私自分を着飾るということにイマイチ興味が持てなくて」
苦笑を浮かべながら、ドロシーはそう答える。幼少期は、普通の令嬢のように自らを着飾った。父や母はドロシーが欲しいものをすべて買い与え、その容姿を存分に磨き可愛がった。だが、ドロシーはその生活を「つまらない」と感じていた。
「ある日、薬学の本をお父様の執務室で見つけました。それを読んで以来……私は、すっかりこの世界にのめり込みました」
忘れもしない、幼き日。こっそりと父の執務室に忍び込み、見つけた薬学の本。それを読んだとき、ドロシーは自分の人生が色づくのを実感した。きっと、あれが世にいう『運命の出会い』なのだろう。
「ま、そう言う世間話はまた今度。せっかくですし、いろいろと見ていただきたいものがありますから!」
手をパンっと叩いて、ドロシーは笑みを浮かべる。それは、心の底から浮かべたとても眩しい笑みだった。




