12.「……考えておきますわ」
「あら、あの馬車は……」
ドロシーがルーシャンと別れてから約一時間後。ハートフィールド侯爵家の屋敷が見えてきたとき、ドロシーは不意にそんな声を上げた。何故ならば、侯爵家の敷地内に侯爵家のものではない馬車が止まっていたためだ。その馬車はとても煌びやかなものであり、一目で貴族の所有物だと分かるだろう。そして、馬車に描かれている家紋を見たとき……ドロシーの口元が緩んだ。
「ジュリアナ様じゃない」
その名前を口に出せば、ドロシーの気持ちが軽くなる。その馬車の持ち主。その人物は――ドロシーの唯一とも言っていい友人、ジュリアナ・フォード。その令嬢だったからだ。
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「ジュリアナ様。お久しぶりでございます」
「いえ、こちらこそ。急に押しかけてきてしまい、申し訳ございません」
それから十分後。ドロシーは屋敷の応接間にて、ジュリアナと対面していた。ジュリアナの実家であるフォード伯爵家は世にいう辺境伯爵家であり、滅多なことでは王都に来ない。今回はたまたま王都に来る用事があったついでに、友人であるドロシーの家を訪ねたということだった。
ジュリアナはふわふわとした赤色の髪と、真っ青のおっとりとして見える目を持つ、愛らしい顔立ちをした美少女だ。年齢は十七歳で、ドロシーよりも一つ年下である。
「ところで、ドロシー様は本日どちらにお出掛けしておりましたの? ご在宅だと思って連絡もなしに訪ねてみれば、外出中だと聞いて驚きましたの」
ハートフィールド侯爵家御用達の商人から仕入れた茶葉で淹れた紅茶を飲みながら、ジュリアナはそんなことを問いかけてくる。ジュリアナはドロシーがあまり出かけないことを知っている。さらに言えば、辺境住まいなのでドロシーがここ三ヶ月毎日王城に通い詰めていたことを知らないのだろう。さすがに、辺境の方には噂がいっていないようだ。
「いえ、ルーシャン殿下にお会い……してきましたの」
だからこそ、ドロシーは苦笑を浮かべながらそう言う。ドロシーがルーシャンの婚約者だったことは、社交界では有名な話である。そのため、ジュリアナは「そう言えば、婚姻されたのですよね」なんて頬に片手を当てながら言う。しかし、すぐに疑問を感じる。ジュリアナは、ドロシーとルーシャンの挙式の話を一切聞いていないのだ。
普通、王族の挙式ともなれば大々的に貴族を招いて行うものだ。それに、ドロシーの性格上唯一の友人であるジュリアナを招かないなど考えられない。
「えっと、失礼かもしれませんが、挙式は……?」
「あぁ、挙式は行っておりませんの」
「……え?」
ドロシーのあっさりとしたその答えに、ジュリアナの方が戸惑ってしまう。王族貴族の結婚に挙式はつきものだ。挙式を行わないところもあるが、それは実家が貧乏だとかそう言う理由が主。王族と名門侯爵家の結婚で挙式を行わない理由が、ジュリアナには想像がつかなかった。
「まぁ、理由が少々ありまして。またいずれ、お話させていただきますわ」
「そ、そう、ですか……」
だが、こう言われてしまえば問い詰める気などなくなってしまう。そのため、ジュリアナはゆっくりともう一度紅茶の入ったカップを口に運んだ。
「夫婦になっても、今は別居中なのです。まぁ、あちらは大層な人間嫌いですし、私もよく知らない男性の方と同居しなくていいので、助かっているのですが」
「……そう、ですの」
いや、新婚から別居でどうする。ジュリアナは一瞬そう思ったものの、ジュリアナの一番はドロシー自身の幸せである。彼女本人が幸せなのならば、自分が口を出すことはない。そう思い、口を閉ざした。そして、話題を変えることにした。
「そ、そう言えば。今度フォード伯爵家の王都にある別邸で、パーティーを開きますの。ドロシー様もよかったら参加してくださいませんか?」
「……パーティー?」
「えぇ、私のお父様の誕生日パーティーです」
そう言ったジュリアナは、一通の招待状をドロシーに見せてくる。その後、ドロシーに手渡してくれた。中には確かに「フォード伯爵の誕生日パーティー」と書いてあり、ジュリアナの言葉は本当のようだ。まぁ、元より疑ってなどいないのだが。
「ジュリアナ様、私があまり社交界を好いていないこと、貴女はよく知っていらっしゃるじゃない」
「ですが……お父様が、いつも私と親しくしてくださっているドロシー様にお礼を告げたい、と言っておりまして……」
ドロシーは社交界を嫌っている。それは、ジュリアナだって知っていた。だが、たまには自分の友人として参加してくれてもいいのではないだろうか。そう思い、ジュリアナがしょぼくれていると不意にドロシーが「はぁ」とため息をつく。もしかしたら、呆れられたかもしれない。そんなことをジュリアナは思ってしまうが、ドロシーは「……分かりましたわ」という返事をくれた。
「分かりましたは。今回だけは、参加します。ですが、すぐに帰ります」
「まぁ、ありがとうございます! あと、出来ればルーシャン殿下と一緒に参加していただけると幸いですわ!」
「……考えておきますわ」
ジュリアナの言葉に押され、そう返したもののドロシーは思う。
――あのひねくれ王子が素直に誘いに乗るわけがないだろう、と。
(ま、言うだけ言ってみましょうか。どうせ、断られるでしょうが)
心の中でそうぼやいて、ドロシーは新しい話題に話を移した。




