05
「あれは私の弟子だ。私の小鳥。私の月。おまえのところにやるつもりなどない、絶対に」
凍てつくような声音を投げつけられ、アルベルトは片眉を上げた。
「でも、リトルは魔法を学ぶことに意欲的なんだろ? あの子の魔法系統は、おまえのそれとはあまり相性が良くない。同じ系統を持つ者に師事したほうが効率が良い。俺とかさ」
「何度も言わせるな。あれをやるつもりはない、誰に対しても」
取り付く島もない返答に肩を竦めるアルベルトから、煩わしそうに視線を外し、オズワルドは呟く。
「あれは私を好いている。私の傍から離れるものか」
「そう信じたいだけだろ」
途端に鋭い害意をもらったアルベルトが、おっと、とわざとらしく口角を吊り上げる。オズワルドの目元に刻印された文様がじわりと頬に枝を伸ばし、湖面のように静かな瞳が満月のような光を放つ。漏れ出る魔力の発露は、明確にオズワルドがこちらに攻撃する前触れを示していて、アルベルトは口を噤む。だが結局、生来のお喋りはまたすぐにでも口を開くであろうことをオズワルドは理解していた。だから、その一瞬の隙を見逃さずに舌の上に素早く呪文を乗せる。
次の瞬間、オズワルドは見知った迷いの森の中に移動していた。
周囲には誰もいない。この迷いの森にはかつてオズワルド以外の魔法使いや魔女も居を置いていたが、オズワルドが移ってきてからは少なくとも人の形をした生き物はオズワルドしかいない。夜の闇にはただ梟の声が響いていた。
「リトル」
目深に被ったローブを降ろすと、リトルが端正こめて編んだ三つ編みが零れ落ちる。リトル、とまた口の中で名前を転がした。飴玉を舐める子どものように、その音はオズワルドの舌に甘い。
リトルは捨て子だ。十年前にオズワルドが拾った。森に人間の気配を感じて見に行った先にいた、幼い子ども。今までこの森に足を踏み入れた者達と同じように追い出さなかったのは、子どもがあまりに幼いからでも、その身に微かに魔法使いの素養を感知したからでもなかった。
リトルを見つけた時の、あの感覚を、オズワルドは言い表す術を持たない。
リトルはオズワルドのことを、捨て子の自分を拾い育ててくれた恩人のように思っているが、オズワルトからしてみれば事実はまったくの逆だ。
リトルは、オズワルドの髪を丁寧に編む。睡眠を取らないオズワルドに、眠れないから一緒に寝てくれとせがんで共に寝る。一緒の席について食事を取ろうと甘えてくる。リトルと暮らすようになって、オズワルドは数百年振りに普通の人間のように生活をするようになった。
リトルを始めて見た時。
あの時の感情はとても言葉で言い表せるようなものではない。
けれど、何を思ったかは覚えている。
絶対に手に入らないもの。
リトルをはじめてこの目に映した時、ただ漠然と、けれど切り裂くほど鮮明に、そういった存在なのだとオズワルドは理解していた。
唐突に胸を満たした感情に目眩を覚えた。天に昇るような歓喜を与えられ、一瞬で地面に粉々に叩きつけられ、瞬時に心臓を握り潰すような禍々しい思いが心中に巣食った。
ああこれは、絶対に手に入らないものだ。
オズワルドには手の届かぬ月だ。夜闇を照らす唯一だ。
リトルのことを思うと胸に静かな光が満ちる。
オズワルドは夜闇に佇みながら、月光の光を受け止める。
「リトル。かわいい私のおまえ。おまえは魔法を使いたいというけれど」
ぽつりと夜闇に投げかけるようにオズワルドは独り言を紡いだ。
「おまえは私の恐れる、唯一の魔法を使えるのだよ」




