表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Little Magic  作者: ウユウ
2/5

02




「お師匠さま!」


 駆けてきたリトルが呼びかけると、塔の上、建物の影になった壁に背をつけていた人物が顔を上げた。リトルの指先に止まっていた小鳥が、その人物を見とめると飛んでいって目の前で光の粒となってかき消える。

頭の天辺から足の爪先まですっぽりと覆う濃淡のローブの向こうから、神秘的に透き通った切れ長の瞳がメリルのほうを向いた。


「お師匠さま~! 迎えにきてくださったんですね! ありがとうございます!」

「行きがけに用事があった。ついでだ」


 飛び込んできたリトルを慣れた様子で抱き留めて、すぐに降ろす。感情の滲まない声は素っ気なく突き放しているようにも聞こえるが、無愛想な師の態度に慣れているリトルはちゃんとわかっている。師は世間で噂されるように人嫌いというわけではないけれど、人付きあいを避けて、滅多なことでは人里には現われない。特に、自分も魔法使いだというのに――それもとびきり!優秀な魔法使いだ――魔法使いが集まるようなところにはリトルを引き取る前まではもう随分と現われていなかった、とかつて師の旧友という人が言っていたことがある。それが本当かは知らないが、確かにリトルは、師と共に暮らすようになってから滅多にリトル以外と会話をしている師を見たことはなかった。

 だから、師がこうして週末にあるリトルの魔法学校の送迎にきてくれるのは、とてもすごいことなのだ。メイルなんかが言うように最高学年にもなって保護者に送り迎えをしてもらっている生徒などいないが、リトルと師が暮らす森は、特別どこからも遠い場所にある。師の魔法にかかればひとっ飛びだったが、箒の扱いの危ういリトルではまだ難しかった。


「そうだ、飛行術……」

「飛行術?」


 はっと思い出して憂鬱に表情を陰らせたリトルに、師がおうむ返しに返す。その間にもブーツの爪先で転送の円を掻いており、片手間でやっているとは思えないほど美しい造型をいつものことながらリトルは感嘆の思いで見つめてしまう。


「飛行術がなに」

「あっ、試験があるんです。今月末」

「ああ。…………それが?」


 師にはリトルの悩みがわからないらしい。リトルが知る限り、師はなんでも出来たのでそれも当然なのかもしれなかった。比べて、誰より偉大だと信じている師の足元にも及ばない自分を思うと、リトルは情けなくて溜息が出てくるのだ。


「試験に落ちたら、卒業できないかもしれなくて……」

「別にいい。やめたって」

「だって、身分証がもらえません!」

「何も困らんが」

「私は欲しいんです!」


 リトルの訴えに思うところでもあったのか、形の良い顎に複雑な文様の入った指を当てて、師は考え込むように目を伏せた。塔の高いところにいるせいで、急に吹き付けた風に師のローブが揺れてその顔が露わになる。放課後とはいえ魔法使いや魔女の多く集まる魔法学校だ。塔にはまだまばらに人がいたが、ふと現われたその顔に、近くを通った者がぎょっとしたように一瞬足を止める。その視線に、リトルはいつもなんとなく不安な気持ちを覚える。


 リトルのお師匠さまは、とても強くて優秀な魔法使いだ。

 リトルはお師匠さまほど偉大な魔法使いを知らない。

 魔法学校に通うようになってからだって、やはり師が一番だと思う。

 波の立たない湖面のような静けさを湛えた目。日に当たったことなどないような白皙の肌に、端正な面立ち。一見華奢な青年のような印象があるが、体の至るところに刻み込まれた複雑な文様は、目尻から首筋にかけた顔にまで露出していて、神秘的な雰囲気を漂わせている。解けば長身のくるぶしまで届くほど長い髪は、毎日リトルが丁寧に飾りと共に三つ編みにしているものだ。

 そう、リトルのお師匠さまはとびきり優秀で、そして美しい。それに、ちょっと無愛想で厭世的なところはあるけれど、お師匠さまは捨て子のリトルを拾って、この年まで育ててくれた恩人だった。だから、誰も教えてくれないから理由がわからないなりに、師が他の人達に遠巻きにされているのを見るとやるせない気持ちになる。

 お師匠さまは素晴らしい人だ。さして才能もない、ただの人の子のリトルが立派な魔法使いになりたいと望んだから、わざわざ魔法学校にまで通わせてくれている。だけど何故か、お師匠さまは他の魔法使い達には嫌われて恐れられている。こうしてリトルの迎えにお師匠さまが来てくれても、皆お師匠さまの姿を見かけると、蜘蛛の子のように散っていって、ひそひそと噂するのだ。リトルは師からその理由を聞いたことも尋ねたこともなかったが、なんとなく良い気分にはならなかった。


「身分証が欲しいなら、作ることもできる」

「えっ、どうやって?」


 黙っていた師がようやく緩慢に顔を上げた。師はリトルと共に暮らすようになるまで、長い間一人でいたらしく、会話の調子がゆっくりしている。


「その辺の魔法使いを捕まえて、適当に脅」

「お師匠さま! 魔法使いが沢山いるところでそんなことを言っては―」

「そうだよ。どこに聞き耳があるのかわからないんだから、まーた余計な反感を買うぜ」


 どこからともなく朗らかな男の声が聞こえてきた。リトルが瞳を瞬かせるより先に、師はその声の主を察したのか、リトルの腕を引っ張った。わっと声を出すリトルをいつの間にか完成していた円の中に引き入れて、無表情で唇を動かしかける。


「《――》」

「おっと、待て待て! 久しぶりの旧友の顔を一瞥もせずに退散しようなんざあんまりじゃないか?」


 恐らく、移動の呪文だったのだろう。しかし紡がれようとしていたその呪文は、円の内側に割り込んできたブーツによって強制的に中止させられる。師だけだったらそれでも無理にこの場から消えることは可能だっただろうが、リトルがいるためか、不完全な魔法の反動を食らわぬよう解除された。お師匠さまは口を開かず、じっとりとした眼差しで男を見やった。


「お、なんだなんだ~? その目は~?」

「一瞥はした。満足か」

「お前ってほんっと融通きかないよな。少しは俺と話したいとか思わないわけ?」

「思わない」


 リトルは咄嗟に引っ張り込まれた師匠のローブの間から顔を出して、男を見やった。今までにも何度か見た顔だった。真っ直ぐな金髪を紐のように結んで後ろに流した、魔法使いというよりも騎士のように見える男。見た目の頃はリトルの師と同年代に見えるが、魔法使いや魔女の年は必ずしも見た目とは一致しない。本人曰く師の旧友――師はいつも否定しているが――であるという男もまた、魔法使いであった。


「何の用だ」

「おいおい、ほんとに邪険にしてくれるなぁ。俺達友達だろ?」

「違う」


 普段から口数の多いほうではないが、この男を前にすると師は更に端的にしか言葉を発さなくなる。そうは言っても、そもそも師が誰かと長い会話をしているところをリトルは見たことがなかったが、それにしてもリトルに対するよりもにべもない感じだった。


「やあ、リトル。元気にしてたか?」

「アルベルト様。はい、お久しぶりです」

「……リトル」


 師のローブの隙間からという奇怪な姿勢ではあったが挨拶を返すと、師から諫めるように名を呼ばれて肩を竦める。常々このアルベルトという魔法使いの男とは口を利くなと言われているからだろうが、師と同じく高位魔法使いであるアルベルトに下手な口の利き方をしたら師の立場が悪くなるかもしれないと思えば、礼儀正しくする他なかった。


「リトルを困らすなよ。なあ。それよりあの話、考えてくれたか?」

「――失せろ。何度聞かれても同じだ」

「いやあでも絶対そうしたほうが」


 まだアルベルトが話している途中で、師はカンッと踵を慣らした。途端、いつの間にか再び綺麗な円が描かれていた床が眩く光る。あ、と瞬きする間もなく視界が光に撒かれた。次に瞳を開けた時には、見慣れた森の深い翠が目の前に広がり、濃い魔力の気配が胸を満たしていた。

 どこまでも続く深い、深い森。人が足を踏み入れば二度と出られないという恐ろしの森。その深部、特に魔力の気配の濃い、湖の真ん中にぽつりと離れ小島が浮いている。その中心には小さな古城が佇んでおり、一部は半ば湖に水没するように立っている。いかにもおどろおどろしい雰囲気を放っているその場所が、リトルと師の住む家だった。


「お師匠さま。アルベルト様はよかったんですか?」

「いい。どうだって」

「でも、何かお師匠さまに用事があったんじゃ」

「リトル」


 勝手知ったる森に戻ってきて、成り行きで入っていた師のローブから抜け出したリトルを師が呼び止める。はい?と振り仰いだリトルの横をすり抜けて、湖面の上に足を乗せながら、師が静かな瞳をこちらへ向ける。


「名前を。もういい」

「あ、はい! オズワルド様!」

「うん」


 お師匠さま――オズワルドは、ぱっと満面の笑顔を見せたリトルを、目を細めて眺めた。リトルの師匠は素晴らしい魔法使いだ。だからか、魔法使いは皆彼のことを知っていて、だからオズワルドは外で名を聞かれることを厭う。そのためにリトルもこの森の外ではただ「お師匠さま」と呼んでいたが、戻ってきたらいつもオズワルドはリトルが彼の名を呼んでもいいと促してくれた。その時のオズワルドの、目尻に踊る厳つい文様とは裏腹のどこか優しげな眼差しが、リトルはとても好きだから、結局今も何を言おうとしていたのか忘れてしまってオズワルドの隣に並んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ