8.宿命のライバル、鹿番長!
「倒木日向」で成長し、幼木となった社長。
しかし、植物には植物の苦難災難が待ち受けていた。
虫の襲撃に耐えた社長の前に、植物の天敵、鹿が来襲する。
また、別の危機もやって来た。
植物の大敵、鹿である。
最悪だ。
しかし、いつかはやって来るだろうと、予期はしていた。
鹿が近寄って来て、私の葉を食べようとしたので、「腕力」を使ってバンザイしたように枝を上に持ち上げて抵抗する。
鹿は一瞬驚き、飛び退いた。
枝を動かす植物は初めて見た事だろう。
「こんな気持ち悪い植物の葉は嫌だろう?そら、あっちに行け。」
これで諦めてくれる事を期待した。
しかし、やはり鹿。
ご馳走を目の前にして、簡単には退かない。
動揺は食欲に掻き消され、再度近寄って来て、無防備な私の下葉を一枚食べた。
すると、ブルンと身を揺らす鹿。
何だ?毒でもあるのか私の葉は?
そして、再び食べようと口を近付けて来たので、私は更に抵抗する。
「これ以上食べられて堪るか!」
土魔法Lv2で土柱を発動。
どてっ腹に一発、突き上げ攻撃。
これには堪らず、驚いて逃げて行った。
下葉だけ少し食べられてしまったが、鹿の撃退に成功。
魔法は便利である。
――――その三日後
しかし、鹿はしつこい。
奴等の食欲は無尽蔵なのか、私の葉が美味しかったのか、警戒しながらも再び近寄ってきた。
まずはバンザイ。
ヤツの口が届かない位置に、葉を逃がす。
そしてヤツの目に向かって光魔法Lv2照射!
わははは、眩しかろう!
突然の目くらましに、鹿は慌てて逃げて行った。
本日も私の勝利だ。もう来るなよー。
――――その二日後
「・・・。」
鹿、嫌いだ。
奴はまたやって来た。
余程私を食べたいのだろうか。
これだけ嚇かされて、何故懲りない?
私が無抵抗に食べられる、そこらの普通の植物じゃない事くらい分かっただろう?
馬鹿じゃないのかアイツは。
流石は「馬鹿」という文字の中に、その種族名が含まれるだけある。
草食欲の塊、鹿。
・・よく見れば、ダラダラ涎を垂らしていた。
そ ん な に 美 味 い の か 、 私 の 葉 は !?
これは由々しき事態だ。
こんな子供騙しの対抗策では、慣れて効かなくなるかもしれないな。
しかし、今はスキルポイントに余裕が無い。
今出来る対策で可能な限り追い払い、次のレベルアップまで時間を稼いで凌がねば。
私は涎の止まらない鹿の腹に、土魔法をブチ込んで追い払った。
そしてこの日から、私と鹿の牽制合戦が始まったのだった。
■
翌春。レベル11になり、スキルポイント4が入った。
使用可能な合計スキルポイントは5となった。
これで鹿との冷戦に終結を見る事が出来る。
私は早速、獲得予定だったスキルにポイントを積んだ。
――――私はこの1年を振り返る。
鹿が攻め込んできた回数、実に165回。
幸い、私は落葉樹なので、冬には葉が無くなる。
冬の間は、鹿の襲来は殆ど無く、快適に眠る事が出来た。
だが、落葉している期間を除いて165回だ。
あの野郎、春夏秋とほぼ毎日来やがった!
ど ん だ け 食 べ た い の 、 私 の 葉 !
私の輝かしい戦歴を発表しよう。
撃退成功率:100%
食べられた葉の被害枚数:65枚
使用したスキルポイント:0
既存のスキルを駆使して、新たにスキルポイントを消費せず、被害を最小限に抑える事に成功したと評価できる数字である。
鹿撃退に最も有効なのが土魔法。
物理的に攻撃できて、嚇かす事が出来るので、効果的に追い払う事が出来る。
お蔭で土魔法の土柱は、かなりの射出速度と精度を発揮するようになった。
どうやら魔法も熟練すると威力や効果が向上するらしい。
しかし、土魔法は諸刃の剣だった。
土魔法で土柱を出すと、その跡が残ってしまう。
つまり、隆起した土の塊だ。
これが鹿の踏み台になるのだ。
ある日、魔力感知の隙を突かれ急襲を受けた。
その時、こんもり盛り上がった土魔法跡を踏み台にされ、より高い場所の葉を食べられてしまった。
バンザイしていたのに、この日、一気に15枚の葉を奪われるという、屈辱的大敗を喫したのだった。
そして、慌てて「脚力」を使い、土魔法跡や踏み台となるような段差がない場所へ移動した。
宿敵、鹿との戦い。
序盤戦はこちらの牽制が効いていたので、有利に撃退が出来ていた。
しかし、中盤戦・・夏頃から戦況が悪化。
光魔法の牽制が効かなくなった。
夜襲もあり、あの夜の迎撃戦は地獄を味わった。
終盤戦は過酷だった。
唯一有効な「土魔法」での牽制、「脚力移動」による撤退戦の連続。
精神が疲弊した。
しかし私は耐えきった。
65枚の葉を奪われながらも、新芽を伸ばし、新しい葉を育て、守りきった。
無事に秋の紅葉を経て、冬を乗り越え、そして春を迎えることに成功したのだ。
――――そして現在
奴は私の前に再びやって来た。
「来たか・・。」
既に何度も矛を交えて来た奴とは、ある意味ライバル関係。
互いを知り尽くし、段々と愛着さえ湧いてきたくらいだ。
『今年もその葉、いただかせて貰うぜ。』
奴が不敵に、そう笑った気がした。
相変わらず、だらーんと涎を垂らしながら。
「残念だったな。今日の私は、もう今までの私ではないぞ。」
聴こえる筈の無い言葉を投げ掛ける私。
そう、こちらには迎撃の用意がある。
『ふふふ・・そうか。だが、それはこちらも同じだ!』
「何だと?」
『来い!お前達!』
「!?」
・・やられた。
私は青褪める。
私は10体以上の鹿に取り囲まれていた。
何という失態。私はヤツが1体だと、いつから錯覚していたのだ。
鹿は群れを成す。
奴は、はぐれ個体だったようだが、遂に群れと合流したようだ。
1体であれば、土魔法の土柱でボディブロウを放てば、奴は堪らず後退する。
しかし、この数は対処できない。
いくら「腕力」でバンザイしても、押し倒されたらチェックメイトだ。
蹂躙される。
この数で食べられたら、一瞬で私の葉は全滅だ。
全ての鹿が、私の枝に芽吹いた、やわらかな新芽達を見て・・
全 員 涎 を 垂 れ て い た 。
もう嫌だ、ここの鹿!
くそ、ここでやられる訳にはいかない。
昨年これをされていたら死んでいた。
そう思うとゾッと背筋が凍った。
だが幸いにして、今の私には新しいスキルがある。
果たして、私の奥の手は、この数の暴力に有効なのか?
不安を押し殺して、私は鹿と対峙する。
『こうなっては、流石のお前も手も足も出まい。手足は元より無いがな。ハッハッハ!』
「どうかな?私を舐めていると痛い目を見るぞ?」
『この圧倒的戦力差を見て、何を強がっている?そんなブラフが通じる俺ではないと、お前も知っているだろう?』
「ではやってみれば良い。」
そんな会話が繰り広げられたのかは定かではないが、私は対峙した鹿のリーダーに向けて不敵に嗤って見せた。
『そうか、ではお望み通り、その若葉、根こそぎ食わせて貰おう!行くぞ!』
合図したかのように、鹿が全軍で突撃して来た。
『ヒャッハー!旨そうな若葉だぜぇ!』
『見なよ、瑞々しくて最高の色艶じゃないか。うへへへ。』
『キャプテンの言う通り、この木は別格だね。』
『オイラ、もう我慢出来ないんだな。』
全員目が血走っているように感じた。
涎を振り撒きながら走って来る。
「土魔法Lv2発動!」
私は一番前を疾走する鹿の腹に、土柱をめり込ませ空中に放り上げた。
無防備な腹にカウンター気味に入った、強烈なアッパーカットのようなものだ。
鹿相手には十分な威力がある。
『ギャン!うがぁ!うぐぐぐ・・』
鹿1体は地面に叩き付けられ、ダメージでのたうち回り、呻き声を上げ、戦闘不能となった。
『何だこの木、攻撃してくるじゃないか!』
『だから言っただろ馬鹿が。怯むな!数で押し込めば奴は対処できない!』
私は2発目の土柱で、見事2体目の鹿を仕留める。
しかし、健闘虚しく、その後ろから迫る鹿に飛び掛かれてしまった。
『イタダキまーーす!』
万事休す?
いや、私の勝ちだ。
ガン!
『ギャン!何だこれ!?』
ガガン、ガン!
『ウガッ!進めない!』
『見えない壁があるよ!』
そう、奴等は私を目前にして、何かの壁に激突した。
鹿の侵攻が止まる!
スキル:魔法障壁Lv4
我が身を守る魔力の壁を生み出す不思議な能力だ。
Lv1では、身体の表面に薄い膜を張る程度で、ゴム手袋を着けたような感じ。
Lv2になれば、身体の周囲10cm程に薄い膜の壁を展開出来る程度。
Lv3なら、身体の周囲30cmに、薄板の様な壁を展開できる。
正直、心許ない。
私は土魔法で強度を検証しながら、そう評価を下した。
その為、一気にLv4にした。
Lv4になれば、まな板程度の厚みと強度がある壁を周囲に展開できた。
これなら鹿の突進にも耐えられるハズだ。
『何だと?おのれ、小癪な!』
鹿のキャプテンが前に出る。悔しげな表情で私を睨みつけた。
「どうした?もう終わりか?先程の威勢はどうしたのかね?」
ここで良い気分になり、調子に乗って挑発を入れたのが、失敗だった。
『舐めるなぁ!』
キャプテンが怒りに任せて突進してきた。
その立派な角を前に突き出し、私の魔法障壁に体当たりした。
ガァン!
『ムグゥ!堅い。』
「うわわわ。スゴイ衝撃だ。」
まずい。まだ大丈夫だが、こんな突進を何度も喰らったら、いずれ崩壊してしまう!
これまでの奴等は、食欲が過ぎて、口から障壁に激突していたので衝撃が弱かった。
しかしキャプテンは障壁の破壊を最優先にして、角で突進したのだ。
その威力や、ヤツの大きな体格もあり、他の鹿の衝撃と比べ物にならなかった。
『もう一度!』
ガァン!
まずい、亀裂が!
ここでこの障壁を破られる訳にはいかない。
初戦で破られれば、次からも奴等は、「 障壁 = 破壊できる 」と学習する事だろう。
そうなれば、何度も何度も奴等は侵攻してくる。
それは絶対に防がねばならない!
「 障壁 = 破壊不能 」と学習させる必要があるのだ。
この春から私が安寧に暮らす為には、ここで圧倒的な差を見せ付け、奴等の心を折る必要がある。
絶対に破られる訳にはいかない!
『トドメだぁ!』
「魔法障壁Lv5!」
更に投資!
魔法障壁Lv5
Lv5になれば、一気にその強度は、木材から金属の領域に入ってくる事だろう。
厚みがあるアルミ金属板の壁を周囲に展開しているようなもので、生身の動物が破れる強度ではなくなった。
『ンギャ!くそっ、硬い。』
全力で魔法障壁に突進し続けたキャプテンは、既にフラフラだった。
脳震盪を起こしているのだろう。
「無駄だ。もう貴様等の攻撃は怖くないぞ!」
私は勝利を確信した。
「そして油断したな?」
私は彼の無防備な腹に狙いを定めた。
土魔法Lv2、発動。
『しまった!』
「 グ ラ ン ド ア ッ パ ー ! 」
キャプテンの腹に、土柱がめり込んだ。
この土柱の魔法。
何度も何度も使ってきたので、愛着が湧き、調子に乗って名前を付けてしまったのだが、興奮してその技名を叫んでいた。
これではマンガの主人公のようではないか・・お恥ずかしい。
『ぐふっ・・魔法の同時展開だと・・バカな。』
え?同時展開って出来ないものなのか?
ま、いいや、敵の大将を討ち取った。勝鬨だ!
鹿キャプテンが大地に沈んだのを見て、周囲の鹿達に動揺が走る。
私はそれを見逃さなかった。
「いいか!お前達のリーダーでさえ私の魔法の前には無力だ!これに懲りたら、二度と私の葉を食べに来るな!わかったな!」
『ひぃぃ!何なんだこの木、化物だ!』
『くそぉ、覚えてろ!』
鹿達は撤退して行った。
3体ほど行動不能で置き去りにされているが、暫くして回復したら、尻尾を巻いて去って行った。
こうして私は、植物の天敵、鹿に完全勝利を収めたのである。
ちなみに、この森に棲む鹿は食料である植物が豊富なのでデカいです。
見た目はカモシカっぽいですが、ちゃんと角が大きい鹿です。(カモシカは種族的には鹿じゃなく牛)
奈良公園とかで見る通常の鹿の1.5倍程の体格。
鹿番長の大きさは、2倍程と番長らしくてデカいです。
それとまた評価ポイント頂きましたん。うれしか~。
社長も転生した甲斐がありましたね。