7.光合成は蜜の味
種から発芽したが、森の中は年中薄暗く、植物の生育には適さない。
そこで日当たりの良い場所を求めて移動を開始した社長。
安住の地「倒木日向」には、植物の種の身で、小川を渡る必要があった。
大冒険を経て、無事「倒木日向」に辿り着いた社長は・・
■■ 第二章 幼木期 ■■
あれから私は「倒木日向」に予定通り根を下ろした。
そして、新芽を広げ、全身で日光を受け、光合成を開始。
そして、すくすくと成長し、現在、私は全高5mの広葉樹の幼木となっていた。
「あ~~~~~」
私は堪らず心の中で声を上げる。
「 光 合 成 ! 気 持 ち い い ~ !」
今日も今日とて光合成。
植物になって実感した事。
光 合 成 は 気 持 ち 良 い !
これは病みつきになる。
言うなれば、常に腹ペコ状態で、極上の料理を味わっているかのような。
言うなれば、冷え切った身体で、温泉に浸かった瞬間の極楽気分が続くような。
言うなれば、神の手をもつマッサージ師に、疲れ切った身体を常に揉み解して貰っているような。
それらが同時に続いているような。
そんな快楽と快感と幸福感に、日中の間、ずっと浸っていられるのだ。
もう堪らない。
日中はたっぷりと、その快感に酔いしれ、夜間はぐっすりと眠り、夢を見て楽しむ。
木になって良かった!
植物最高!
私は幸せ絶頂だった。
■
そんな日々なので、時間はあっという間に過ぎた。
気が付けば、この場所に辿り着いて5年と半年。
私のステータスは、こんな事になっていた。
レベル15
種族:花咲く広葉樹 →
耐力:80
魔力:45
体力:15
腕力:3
脚力:5
知力:100
精力:1
財力:0
スキルポイント16
獲得スキル:機能閲覧、魔力感知Lv4、水魔法Lv3、土魔法Lv2、風魔法Lv2、吸収Lv3
光魔法Lv2、威嚇、魔法障壁Lv5、毒耐性、風耐性
光合成が気持ち良過ぎて、自堕落に過ごす日々。
自己研鑽や強化等は、ほぼほぼ何もしていなかった。
根を張ってしまったので、移動する事もしなくなり、脚力にポイントを振る事も無く、パラメータに関しては放置状態。
変化があった事と言えば、種族を「新芽」から「広葉樹」へ、「広葉樹」から「花咲く広葉樹」にクラスチェンジした事。
やっぱり木と言えば、桜をイメージしてしまうのは、前世の記憶のせいなのかもしれない。
花が咲く木は魅力的だった。
その際、僅かながらパラメータに増加が見られた。
体力、腕力、脚力が、それぞれ+1だけ追加されたのだ。
種族によって、パラメータ補正が入るのかもしれない。
次に「精力」にパラメータが増えた。
幼木とはいえ、子孫を残す準備が整い始めているのかもしれない。
現在精力:1となっているが、いくつになれば良いのだろうか?
前世では、恋人も居なくて、結婚も出来ず、子供を作ることが出来なかった。
そんな金銭的な余裕も、時間的余裕も、外見偏差値的な余裕も、私は持ち合わせていなかったからだ。
だが、過労死するようなバカな私に、家族が居ないのは不幸中の幸いであった。
私が居なくなった事で、環境の変化に戸惑い、苦しむ者や悲しむ者が居なくて済む。
でも、時間的余裕が出来た今生には、子孫は残したいものである。
幸いにして木なら、人間のように外見で判断される事も無いだろう。
ステータスに「財力」という、私から最も縁遠いパラメータがあるのが気になるが、木なら財力も不必要なのではないか?
未だに、解らない事が多いが、ゆっくり時間をかけて解明して行けば良いだろう。
焦る必要は全くないのだ。
また、「耐力」「魔力」「体力」は、広葉樹となった時点で、レベルアップによって少しずつ増えるようになった。
ちゃんとした木になった事で、強くなったのだろう。
その3項目は、実際の姿と比例増加するのかもしれない。
とにかく、私は順調に生育し、見た目はちゃんと木になった。
幹は直径4cm程になり、ちょっとした強風じゃ倒れたりしない。
だが、まだまだ幼木だ。油断大敵である。
そう言えば、根を下ろして1年程経った時、困った事になったな。
他にもトラブルはあった。
その結果が、光魔法Lv2、威嚇、魔法障壁Lv5、毒耐性、風耐性
これらのスキルを獲得する事になった原因である。
■
あれは「倒木日向」に根を下ろした、1年後の春の事だ。
背丈は2m程に伸び、広く枝葉を広げ、効率的に太陽光を受ける事が出来るようになっていた。
幹も直径1cm程に太くなり、簡単には折れたり、裂けたりはしなくなったので、安心していたのだ。
本当に新芽で、細い時は怖かった。心細かった。
ちなみに、新芽の時は参った。
新芽とは、人間でいうところの、薄い皮膚しかない超敏感な肌が、外気に露出している状態なのだ。
その為、風が吹いただけでゾクゾクしていた。
雨粒が当たると、身体の芯がビクンビクンした。
痛覚や触覚がないので、何とも言えない妙な感覚を受けるのだが、それは植物になった者しか分からないだろう。
そんな敏感肌の時期を乗り越えて、樹皮が出来て、やっと落ち着いて光合成していた矢先だ。
光合成の気持ち良さのお蔭で、すっかり骨抜きになっていた私は、完全に油断していた。
「ん?・・んん?・・何だか身体がムズムズするな?」
私は久し振りに魔力感知を展開する。
「うわっ!気持ち悪い!」
最悪である。
私の身体に、沢山の虫がモゾモゾとまとわり付いていた。
これは何だ?
ずんぐりした体型の虫で、1匹はドングリくらいの大きさがある。
前世の記憶に照らし合わせると、見た目はアブラムシのように見えるが、こんなに大きくは無かった。
そんな虫がいつの間にか私に寄生して、大群を成して私の身体を食べていたのだ。
植物というのは、鈍感過ぎていけない。
こんな危険な状態にあっても、全然気付けていなかったのだ。
困ったのが、私は植物である。
人間であれば、手でパパッと払い落とせば良いのだが、そんな俊敏な動きは、木である私には出来ない。
将来的に「腕力」が100にでもなれば、自由に枝葉を動かすことも出来るようになるのだろうか?
とにかく、私は奴等を払い落とす事が出来ないのだ。
そんな事を考えている間にも、虫達は私の葉を齧ったり、新芽を食べたりしていた。
何てことだ。
何も出来ずに、ただ食べられるのを待つしかないのか?
耐えるしかないのか?
この気持ち悪いのをずっと?
冗談じゃない!何の拷問だ!
考えろ。虫を身体から引き剥がすにはどうすれば良い?
とにかく色々とやってみる事にした。
私はまず、風魔法を放ってみた。
枝葉が揺れるだけで、全然落ちてくれない。
失敗だ。
次に水魔法で湿気を与えてみた。
多少嫌がったが、葉の裏側に隠れられて、引き剥がすには失敗だった。
まずい。打つ手が無くなってきた。
この場所に辿り着く為に、スキルポイントは使い果たし、現在は3しかない。
虫除けスキルなど、ピンポイントで便利なスキルは無かった。
このままでは、私は虫害で死んでしまうかもしれない。
たかが虫、だが植物にとっては、恐るべき敵なのだ。
私は魔力感知をサボっていた事を悔やんだ。
しかし、今はそんな後悔をしている暇があれば、対策を考えた方が建設的だ。
見た目はアブラムシ。
アブラムシ駆除には、水を勢いよくかけて洗い流すのが良いと聞いた事がある。
しかし、水魔法では近くに水場がなければ、大量に水を発生させる事は出来ない。
せいぜい先程のように、少量の雨を降らせる程度。
効果は無いに等しい。
他にはアブラムシの天敵、テントウムシをけしかける。
いや、テントウムシをどうやって呼び寄せるんだ?
現状詰んでいた。
だが諦めてはいけない。
そこで、私は我慢して、この虫を観察することにした。
魔力感知で奴等を観察する。
何日も耐えて、耐えて、耐えながら観察していたら、ある日、その特性に気が付いた。
「コイツ等、日陰にばかり居るな・・。」
そう。奴等が群がっている場所は、私の枝葉で影になっている場所だけだった。
陽が当たる場所には居ない。
私は試しに「腕力」を使って枝を動かし、奴等が集まっている日陰を無くしてみた。
「おお、逃げる逃げる。」
効果ありだ。
だが、別の日陰に入られて、そこで再び齧られる。
どうやらコイツ等は、直射日光に長時間曝されると、体内の水分が熱されて、死んでしまうようだ。
熱に弱い身体なのかもしれない。
そうか、ならばコレだ!
私はスキルツリーから、奴等の撃退に適するであろうスキルを取得した。
スキル「光魔法」
例によってLv1は貧弱なので、Lv2にする。
そして早速光魔法発動!
この魔法は、光を屈折させたり、収束したりと、光を操る事が出来るようだ。
私は日光を曲げて、収束させ、奴等が逃げ込んでいる日陰に照射してやった。
突然の光照射に、慌てふためくアブラムシ共。
光から逃れようと、元日陰から出てくるが、元日陰でない場所は日向である。
前門の光魔法、後門の日光の挟み撃ち。
奴等は堪らず私の身体から手足を離し、ボトボトと地面に落ちて難を逃れていた。
やった!これはイケるぞ!
翌日からも、魔力感知→光魔法のコンボで、アブラムシを撃退していった。
数日をかけて全てのアブラムシを駆逐する事が出来て、私は危機を回避する事に成功したのだった。
尚、この光攻撃はアブラムシだけではなく、小さな虫には結構効く事が判明。
蜘蛛が巣作りを始めたので追い払い、芋虫が登って来たので肌を焼いてやった。
アブラムシの一件以来、私は虫の襲来を警戒し、常に魔力感知を発動させておくようにしたのだった。
■
また、別の危機もやって来た。
植物の大敵、鹿である。
問題は次々やって来るよ。
次回はVS鹿。ライバル鹿番長登場!
2章は、しばらく2日に1回のアップペースを保ちます。