5.社長、出航の時間です!
土魔法によって石の河原を一気に跳び越え、川岸に辿り着いた種社長。
この後、お引越し最大の難関に挑戦します。
知恵と限られたスキルを駆使して、社長は安住の地を目指す。
岩石の河原を跳び越えると言う大冒険を果たし、私は何とか生き残った。
河原の川砂の中でビバーク。
数日間過ごし、魔力を全回復する事が出来た。
魔力が回復すると、擦り傷や、小さな裂傷なども一緒に回復してくれる事が判っている。
新陳代謝が植物にもあるのか判らないが、魔力は生命力にも影響があるのだなと、私は実体験で理解していた。
さて、何故私が小川の水際などを、第一チェックポイントに据えたのか?
それは私の最終目的地が、この小川の対岸側にあるからだ。
私はこの不自由な身体で、川を渡らなければならなかった。
植物の種が川を渡る。
なんとも馬鹿げたシュールな光景だが、壮大な大冒険だ。
魔力感知Lv4は、半径50mほどの範囲が見渡せ、認識できる。
私は以前から知っていた。
この川原の少し下流の対岸には、大木が倒れた跡があり、そこだけ開けた日当たりが良い空間になっている事を。
私はその陽の光に満ちた土地を「倒木日向」と名付けていた。
私は「倒木日向」に根を下ろそうと思っている。
だが、そこに行くには小川を渡らなければならなかった。
そこで私は、川の流れが緩やかになっている場所を探り、まずはそこへ向かった。
小川の流れは、この川原から穏やかになっている。
そして、現在地の目の前は淀みとなっており、波の無い静かな湖面のようになっていた。
周囲の森から飛んできた、大きな枯れ葉が何枚か浮かんでいた。
「あれを船にして、川を渡る!」
そう計画したのだ。
問題はどうやって、あの浮かぶ枯葉に乗り込むか?
それもスキルが解決してくれるのであった。
「風魔法Lv2・・発動!」
私は風魔法スキルを取得し、まずはLv1を試してみた。
だが、そよ風が拭くだけのショッパイ効果しか発揮しない。
ま、Lv1の魔法はどれも大抵ショッパイので、期待なんてしていない。
そしてすぐにLv2に増強。
すると任意の方向から、しっかりした風を吹かせる事に成功した。
よし、これで行ける!
■
私は周囲を警戒しつつ、水際まで地中を掘り進んで移動した。
水際の川砂は、水際に近付く程、水を含んで重くなり、そして泥状になって進み難くなっていた。
到着した私は地表に出て、魔力感知を発動。
動物の気配なし、枯葉は相変わらず浮いている。
天候も晴れで、風も、小川の流れも穏やか。
よし、絶好の川下り日和だ。
私は早速、風魔法を発動し、私を新天地へと運んでくれる船・・大きな枯葉を風の力で引き寄せた。
水際まで来て砂浜に乗り上げた船に、私は根を絡ませて、ゆっくりと乗り込んで行く。
見た目は恐らく、動きが緩慢過ぎるタニシの様だろう。
落ちない位置まで着実に進み、私は一息ついた。(息はしていないのだが気分的に)
魔力感知は既に時間切れで効果を失っている。
真っ暗闇の中、私は記憶と計算を頼りに風魔法Lv2を発動。
枯葉帆船の操舵は、風魔法の向きと強弱にかかっている。
さぁ、出航だ。
■
さて、この無謀と思える出航だが、実はちゃんと実験と計算に裏打ちされている。
ここ1ヶ月以上、私は淀みに浮かぶ枯葉を、風魔法で操作し続けていた。
どの程度の強さで押せば、どの流れに乗って、どこに辿り着くのか。
何度も実験を繰り返したのだ。
浮かぶ枯葉が無くなったら、そこらに積もっている枯葉を風魔法で吹き飛ばし、淀みに着水させれば何枚かは船のように浮かんでくれる。
私の身体が小さいから、クヌギの葉程度の大きさがあれば、船として利用可能なのだ。
しかし、この自然素材で無料の船にも問題もあった。
風を受ける枯葉帆船の形状が一定ではなく、風の当て方が悪いと、その場でクルクル回るだけで一向に進まない事があったのだ。
その為、転覆しない程度の風力で、船全体を均等に、ゆっくりと前へ押すように魔法の威力を調整。
練習を繰り返し、何とか確実に淀みの入江を出られるようになった。
そして、その先は川の流れに身を任せる。
ゴールは、少し下流にある、水面に伸びた苔むした木の枝だ。
そこに引っ掛かって止まれば成功である。
既に細長い草の葉や、小さな枝が引っ掛かって浮島のようになっているので、引っ掛かり易く、桟橋代わりに使えそうだ。
そして木の枝をよじ登り、枝沿いに進めば、比較的安全に対岸へと渡れると考えた。
しかし、自然は残酷だ。安全なんて無いのは分かっている。
枝を移動している間、私は無防備になる。
鳥などに見付かって食べられたら終了である。
その時は運を天に任せるしかないな。
覚悟を決めて行くしかなかった。
ちなみに、2m跳びの土魔法で渡れる場所もあるにはあるのだが、渡った先が岩石の崖なのだ。
あれを種の状態で、ロッククライミングするのは無謀だった。
私は風魔法と魔力感知を駆使して、トライ&エラーを繰り返し、遂に成功率80%超のルートを見い出した。
所詮風任せなので、100%ではないが、悪くない確率だ。
これ以上の精度向上は無理である。
それに賭けるしかなかった。
■
こうして出航した私だが、魔力感知の持続時間は切れて、視界は真っ暗闇。
風魔法も使ったので、魔力もすっからかん。
乗った枯葉の船に、根っこでしがみつき、水の流れに身を任せるしかないという境遇だった。
今の私に出来る事は、ただ正確なリズムで数を数える事。
1、2、3、4、5、6、7、8・・・
私は魔力感知とカウンティングで、送り出した船が、どのタイミングで、どこに着くかを把握していた。
数を数え、到着時刻になれば、手探りで枝を見付けてしがみつき、船から降りる。
視界が無く、貧弱な私にはそれしか出来ない。
無事に枝に引っ掛かってくれる事を祈り、カウンティングに専念した。
・・105、106、107、108、109・・よし、到着している筈だ。
私は根を伸ばし、手探りで掴まる物がないか、確認する。
「えいっ!えいっ!」
根を振り回して、当たる物が無いか確認する。
前・・・無い。
右・・・無い。
左・・・無い。
上・・・無い。
空を切り続ける私の根。
計算通りなら、私は今、下流の流れに伸びた枝に引っ掛かっている筈なのだ。
しかし、その枝に触れられない。
根を伸ばして、もう一度手探りを繰り返す。
目が無く、耳が無く、痛覚も、熱を感じる神経も無い今の私だが、根が触れた触感は感じ取れるのだ。
唯一自由に動かせる根だけが頼りなのだ。
根は水に敏感である。
水に濡れた枝に触る事が出来れば、即座に感知できる。
あとはしっかり巻き付いて、船を降りる。
枝をよじ登り、時間をかけて、落ちないようにゆっくりと対岸まで渡ろう。
日当たりが良く、光合成に適した新天地まであと少しなのだ。
私は根を伸ばして、もう一度手探りを繰り返す。
緩慢な動きの我が根がもどかしい。
枯葉の船は、水分を吸うと沈んでしまうのだ。
時間との戦いなのに、私はのろまだ。
焦りが出る。
そして、何度目かの手探りで、私は絶望を感じた。
どうやら私は計算通りの場所に流れ着かなかったようだ。
本文では表現されていませんが、社長の「種」の大きさは大豆くらいです。
小さいのです。
植物の天敵は鹿などの草食動物ですが、ネズミやリス等の小動物も種にとっては天敵ですね。
【御礼】
ぬおっ!4話にして評価頂いた方がいらっしゃいました!
前作では評価頂くまでに、かなりの時間がかかったのに。何と有難い事でしょう!
励みになります、頑張ります。有難うございました!