100.寝坊の代償
そんな下らない時間を過ごしていたら、どうやら国王が会場に到着したようだ。
大歓声で迎えられている。
これで武闘大会準々決勝が始められるな。
アリサとリティア君は実況放送の為に控室を出る。
その際私を会場の庇の上に連れて行ってくれた。
控室は地下にあるので光合成が出来ないのだ。
会場は大会再開の期待感にざわめき立っていた。
私は思念通話を発動し、会場周辺に展開し、実況中継の準備をする。
『やッハロー!アリサだよー!待ったー?』
アリサの実況が始まると、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
今日の会場の外は鮨詰め状態だ。
前日の実況中継が大好評で、噂を聞いた市民が実況の思念通話を聞きたくて、会場の周囲に押し寄せたのだ。
本当に様々な人種で溢れている。
多様性豊かなことだ。
私は会場の大きな庇の上から、アリサとリティア君の活躍を眺める。
『ほら、リティアも挨拶して!』
『リティアです。』
『またそれだけか!もう少し可愛く!』
『リ、リティアで~す・・』
『うーん、弱い。語尾にニャン付けて!』
『リティアですニャン』
『・・バカっぽい。』
『あなたが言えって言ったんでしょ!』
ドッと笑いが起きた。
今日もキレキレに冴えてるな、アリティア漫才。
『でー、今日は国王様が遅刻したから、スケジュール押してんのよね。皆待ちくたびれてるだろうから、巻きでちゃっちゃと始めちゃいましょう。』
ちょっ、アリサ、不敬!不敬!
ドヨッと空気が凍り付いた。
流石にマズいので、ここは国王に思念通話繋げてフォローして貰おう。
『エレンゼクト国王、シャチョーだ。申し訳ないのだが、アリサの不敬をフォローして貰えないだろうか?』
『おおシャチョー殿、勿論良いぞ。思念通話を繋げてくれるか?』
ホットラインで国王に直談判。
やはり持つべきものは権力者とのコネ!
『うむ、聞こえるか?余は国王エレンゼクトである。』
オオオオ!と突然国王の声が直接脳に届いた事に会場が震えた。
そうか、一般市民は姿すら見れない雲の上の人だもんな。
功績を立てたり、貴族として謁見でもしない限り声は聞けない。
これはかなりレアな体験なのか。
いや、あの人チョイチョイ市内に潜り込んでるんだけどね。
『皆の者、妖精のアリサとリティア殿はランクシャー領の賓客であり、我が国の国民ではない。そして余の友人でもある。従って、彼女達の物言いは全て不問と心得よ。』
手短にアリサのフォローを入れてくれた。大変有難い。
『賓客であるに関わらず、我が国の催しをこうして盛り上げてくれているのだ。感謝の拍手を!』
大きな喝采が上がった。
良かった良かった・・。
◆
そして引き続き漫才実況が始まり、早速第一試合が始まった。
ゼムノア君の出番は次の試合なので、それまでは屋根の上でゆっくり光合成させて貰おう。
いやー今日は平和で良い天気だ。
明日は準決勝と三位決定戦。
明後日の決勝戦は、王女誘拐事件が起こる予定なので、朝から忙しくなる。
ここでのんびりさせて貰おう。
そうだ、後でリティア君の涙を薄めた魔力回復ポーション作りでもやってみようかな。
それにしても気持ちが良い。
太陽に感謝だ。
あー、このままゆったりと過ごしたいものだなぁ。
◆
ハッ!?
あまりにも光合成が気持ち良かった為、眠ってしまったようだ。
本来目や脳がない植物に睡眠は必要ないが、私には何故か意識があるので、疑似的な脳が存在するのだろう。
その為たまに意識が途切れ、睡眠に似た活動休止をする事がある。
あまりに光合成が気持ち良かったので、油断して昼寝してしまった。
今何時だ?
ん?
何故か発動していたスキルが全て切れているな。
思念通話や魔力感知等のパッシブスキルは、発動してしまえば魔力切れや任意に使用停止しなければ切れない筈なのだが・・
あ、体力切れか?
広範囲の思念通話は体力を消耗するからな。
小さくなって体力が落ちている事を失念していた。
いくら光合成しながらでも、油断すると切れてしまうのか。
これでは突然放送が聞こえなくなったのではないか?
後で謝っておかねば。
さて、取り急ぎは視界を確保しようか。
魔力感知と視覚情報補正を起動して・・。
んん?何処だここは?
見慣れない部屋にいるようだが。
あの時私は、武闘大会の会場の屋根に居た筈だが?
眠っている間に体力切れを起こしてしまったから、部屋に運んでくれたのか?
おそらくはリティア君だろうから、まずは彼女を呼ぼう。
思念通話起動。
『リティア君、済まない意識が飛んでいた。ゼムノア君の試合はどうなってる?』
『あ、シャチョー様、お目覚めですね。』
思念通話を発動させ、リティア君に声をかけるとすぐに返事が来た。
近くにはいるようだが、姿は見えない。
『済まない、気持ち良くなって眠ってしまったようだ。』
『はい、よく眠られていたようなのでそのままにしていました。』
私を気遣って起こさずにいてくれたようだ。
『私を部屋に運んでくれたのはリティア君かね?』
『はい、あの場所は危険でしたので、安全な場所に移動させました。』
そうか、ありがたい事だ。
『シャチョー様・・その、秘書スキルを起動して頂けますか?』
『ん?あ、ああ、そうか切れていたのか。』
そうだった。全てのスキルがOFFになったいた。
すると思念通話でリティア君と会話したつもりだったが、実際は神託通話だったのか。
簡単に神様と交信できるとは、どんな境遇なのか私は・・。
秘書スキル起動。
するとリティア君が光を伴って中空に顕現。
女神の姿だったが、すぐに見慣れた妖精の姿となった。
「シャチョー様、ありがとうございます。」
んー?何故かえらくニコニコしているな。
可愛らしいのだが、そんなに満面の笑みを浮かべてどうしたのか。
何か良いことでもあったのだろうか?
『ところでゼムノア君の試合は?』
私の寝落ちが原因で思念通話が切れてしまっては、実況放送も出来なかったのではないか?
悪いことをした。
「はい、ゼムノアの優勝で終わりました。」
『いや、優勝はするだろうと思ってたが、まだ早いだろう。次の試合は準々決勝だっただろう?』
私が眠ったのは、ゼムノア君の準々決勝の試合前だった。
決勝戦は明後日の予定だ。
「いえ、優勝しましたが?」
『ん?』
何だか話が噛み合わない。
リティア君の受け答えは普通だ。
ボケている訳ではない?
んー、彼女の場合はそこら辺が曖昧なんだよな。
天然が激しいからね・・。
これは一つ一つ紐解いていくしかないか。
『何故過去形なのかね?』
「はい、前回の大会は終わりましたので。」
は?前回?
『リティア君、真面目に受け答えているかね?』
「はい、わたしはいつだって真面目です。」
この娘の場合は真面目にボケてる可能性が否定できない天然素材だからなぁ。
話が噛み合わないのは日常茶飯事。
常識が通用しないことしばしば。
だが、本当の事を言っている可能性も否定は出来ないので確認しよう。
『では私は何時間寝てたのか判るかね?正確に答えるように。』
「はい、正確には1年0ヶ月2日2時間13分寝ておりました。」
・・・・あー?
『は?』
「え?」
・・・え?1年?
『すまない、冗談ではないのかな?』
「いいえ、わたしが冗談などでシャチョー様を煩わせた事があったでしょうか?ふふっ」
いや、「ふふっ」じゃない。
確かに冗談で煩わされた事はないが、君の場合は真面目な時に煩わされるから質が悪いのだが。
その自覚は・・・無いか。
うん、分ってた。
あのドヤ顔を見ていると、ツッコミたくて仕方ない。
だが、ぐっと我慢した。
リティア君は続けて答える。
「わたしがシャチョー様の活動休止状態に気付いてからですので、多少誤差はありますが正確な時刻です。」
・・マジなようだ。
『と言うことは、今はあれから丸一年が経ったと言うことかね?』
「はい、現在は武闘大会準々決勝の日から1年0ヶ月2日2時間14分が経過しております。」
・・・。
『・・・もしかしてリティア君、私に時間加速とかイタズラしてないよね?』
「そんな畏れ多いことは出来ません。秘書ですから!」
その秘書な事を根拠にされると、盛大に疑わしくなるのだが、確かにリティア君が積極的に私へ何か干渉するような事はやらないだろう。
と言うことは、だ・・。
『 ど ん だ け お 寝 坊 さ ん な の だ 私 は ! 』
ちょっと昼寝のつもりが、一年冬眠(?)してた!
おお、シャチョーよ。1年も昼寝してしまうとは情けない。
これは私の失態だ。樹木という種の時間感覚をナメていた。
そうだった、私は木なのだ。
亜人族や妖精など、人間に近い種族と一緒にいる時間が長くなりすっかり忘れていたが、彼等と私は種の構造が明らかに違う。
長い年月を生きる木にとって、時間は重要ではない。
人間が80年生きるとして、植物は長ければ2000年以上を生きる。
人間にとっての一日と、木にとっての一日は、単純計算で25倍も重要度が違うのだ。
そりゃ時間にルーズにもなる。
その事を今更ながら痛感した。
一年・・
一年か・・・
まあいいか。
どうせ私は流浪の民を主張してきた。
言うなればこの世界における「おまけ」のような存在だ。
オマケが一人いなくなろうが、世界は回る。
オマケはオマケらしく、自由気儘に生きるべきだ。
何より私がそう望んで木となったのだ。
歓迎すべき事ではないか。
とは言え、やはり途中で役割を投げ出したのは気掛かりだ。
どうなったのかだけ確認しておきたいな。
『分かった。リティア君は私が寝ている間もずっと見守ってくれたのか?』
「はい、不遜な輩が就寝中のシャチョー様を起こそう等と騒ぎましたら排除するようにお守りしておりました。」
おお!リティア君、素晴らしい!
それこそ秘書っぽいぞ!
いや、内容的には秘書ではなく警備員の仕事か。
どちらにせよ丸一年私を守ってくれたのだ。
感謝しないと。
「主にゼムノアが。」
エッヘン
『ん?』
「へ?」
おかしいな、先程まで感謝の念が溢れていたのに、一瞬で霧散したよ?
『今何て?』
「え?主にゼムノアがお守りしていましたよ?」
聞き間違いではなかった。
丸 投 げ 外 注 !
そしてさも当然の事として、何気にドヤ顔だ!
『君じゃなくて?』
「勿論わたしも見守っておりました。えっと、遠いところから。」
神界からか。
そうか、秘書スキルが切れてたから見守るしか出来なかったのか。
ゼムノア君はこの世界の住人化した邪神だから、秘書スキルが切れても神界に強制送還される事は無い。
だが、彼女のお陰で平穏に眠れたのは事実だ。
感謝の言葉は誠意を持って伝えないと。
『成る程、とにかくリティア君、ありがとう。君のお陰で良い休養が出来たよ。』
「そんな、シャチョー様・・御礼は婚約指輪で構いませんよ。」
返礼の要求が厚かましい!
『結婚は秘書スキルLv7にならないと出来ないから、その御礼は無理だね。』
「ではレベルを・・」
『いや無理。』
キッパリ断る。
断じて上げない。
あんな無駄しかないスキルのレベルなんて上げて堪るか!
『でも別の形で何か御礼はする。約束だ。』
「は、はい!」
リティア君は満面の笑顔で返事をした。
しばらく休んでいましたが、再開しました。
そしたら100話に到達しました。
木のようにのんびりと書いていますので、これからも宜しくお願いします。