第四章 歌姫の棺(5)
津野佑香は再び紗綾から眼を逸らし、その瞼を閉じた。眉間に寄った皺は苦悶しているようにも見える。
「でもそれだけでは不十分。昭代さんはバイトで大量の花をもらって帰っていた。それをいつもあの水色のバケツに入れていたんでしょう? バケツに花が刺さっているのに、花瓶が一つもないのはおかしい。それに気づかれても、犯人が花瓶を使ったことがわかってしまう。だからあなたはバケツに差してあった花を全て現場にばら撒いたんじゃないですか?」
紗綾はそこまで言うと、すっくと立ち上がって津野佑香を見下ろした。津野佑香は紗綾の動きに気付いたか、眼を開いて、紗綾を見上げると、すぐに目を逸らした。
「最後に一つ、あなたが昭代さんの胸元に、青い薔薇を置いたのだけ、納得のいく理由がつきませんけど。それはやっぱり動機ですか? 高井さんを三条さんに奪われ、果たせぬ恋の『不可能』の意味での……」
「いえ、それは……」
津野佑香は立ち上がると土を払って紗綾の前に歩み寄った。
「たしかに、あの薔薇は果たせぬ恋の『不可能』です……。あの子への最期の贈り物なんです。高井に奪われた、あの子へのせめてもの償い。あの私の詞も、あの子への贈り物。だから、私はあの子をここに連れて来たんです。でも、それが動機じゃないんです。それだけは、言わせてください。あれは、贈り物なんです……あれは……」
「それじゃあ動機は……?」
「誰にも渡したくなかったんです。誰かの手に渡る前に、誰かの手で穢される前に……。でもそれも叶わなかった。あの子は荒んでました。私は知っていたんです。みんなの前で、彼女は気丈にふるまってましたけど……。あの男のせいでと思うと、私、許せなくて。誰の手にも渡したくなかったのに……。だから、私だけが知ってるここに来て、あの子と二人で居られればって……。でも、そんなの身勝手だってわかっていた。わかっていたけど……」
彼女の頬に、西日に照らされて光るものが流れていった。
「でも、この子の最期は私が貰えたから。だから、もう満足ですから……」
風がそっと頬を撫ぜて、吹き抜けていく。白い花がひとり、ふたり、木漏れ日の中に揺れている。
初夏の、ある午後のおはなし。




