リュシアンの休日
結婚前のエピソードです。
今日、リュシアンは休日である。
ロザリーは実家に帰っていて、リュシアンは久しぶりにただひとり。
趣味の畑の草刈りでもしよう、と思っていたのに、ソレーユに捕まってしまう。
「リュシアンさん、もしかして、これから畑仕事でもしようかしら~? とか、思っているんじゃないわよね?」
「お、思っていました!」
「休日に働くなんて、信じられないわ。たまには畑から離れて、息抜きすることも大事なのよ」
「し、しかし、畑というのは、趣味で育てているものでして」
「仕事と趣味を混同してはいけないわ! リュシアンさんが趣味の畑で、野菜の試作をしていることを、私が知らないとでも思っているのかしら?」
ソレーユにズバリと指摘され、リュシアンはぐうの音も出てこない。
「仕事が絡んでいる以上、体と心が癒やされることはないのよ」
「な、なるほど。そうだったのですね。それにしても、どうして気づいたのですか?」
「不思議だったのよ。王の菜園で初めて育てる野菜なのに、リュシアンさんは害虫や病気に詳しすぎることが」
ソレーユは一度、リュシアンを追跡し、何かしているのではないか、と探ったことがあったという。
こっそりリュシアンのあとを追い、動向を探っていたらしい。
「ぜんぜん気づきませんでした!」
「私、気配を消すのが得意だから」
ソレーユは幼少時から、多くの人達から注目を受ける立場にあった。
けれども、常に人々の耳目があれば、疲れてしまう。そこで身に着けた手段が、気配を消すことだったらしい。
「社交界で身に着けた技術が、探偵ごっこに使えるとは、夢にも思っていなかったわ」
「さ、さすが、ソレーユさんです!」
そんな話はさて置いて。ソレーユは本題へと移る。
「リュシアンさん、今日はお出かけにでも行ってきたらどう?」
「お出かけ、ですか?」
「ええ。きれいなドレスを着て、お買い物をするの」
「しかし――」
畑をこれ以上放置していてもいいのか。リュシアンは気がかりとなる。
「草むしりは私がしておくから、行ってきなさいな。アランブール卿も捕まえて、準備させているから」
「コンスタンタン様も!? 今日はお仕事だったのでは?」
「そうだけれど、誰にでもできる仕事をしていたから、その辺の暇そうにしていた騎士に仕事を振らせたわ」
皆、ソレーユに逆らえなかったらしく、コンスタンタンですら従ったという。
さすが、ソレーユ。未来の王妃である。
「そんなわけだから、リュシアンさん、急いで準備するわよ」
「は、はい!」
一度も袖を通していないドレスがある、と主張したソレーユは華やかな一着を選び、目にも止まらぬ速さで着せてくれた。
メイクも自然に見えるように仕上げ、髪は三つ編みのおさげにして、後頭部でまとめる。以前、コンスタンタンが送ってくれたベルベットのリボンで結んでくれた。
「これでよし!!」
「あ、ありがとうございます」
背中をどん! と押され、リュシアンは力いっぱい送り出された。
コンスタンタンは廊下で待っていた。
リュシアンと同じく、ソレーユに強引に連れ出されたからか、苦笑していた。
「アン嬢、息抜きとやらに行こうか」
「ええ、喜んで」
リュシアンは差し出された手に、そっと指先を添える。
馬車に乗りこんでから、こうして用事もないのに街に出かけるというのは久しぶりだ、と気づく。
ここのところバタバタしていて、休日返上で働いていたのだ。
「アン嬢、せっかくの休日なのに、付き合わせてすまなかった」
「いいえ、そんなことはありません! コンスタンタン様と一緒の時間を過ごせたらいいな、と思っていました」
「そうか、よかった」
コンスタンタンは懐から折りたたんだ紙を取り出し、リュシアンへと見せる。
それは野菜市、と書かかれたチラシだった。
「野菜市! こんな催しがあったのですね」
「ああ。街の商工会が開いたものらしい。そこまで大規模なものではないが、異国の野菜や種、苗なども販売されているようだ」
十日間ほど開催されており、今日が最終日だった。
「休みが合えば誘おうと思っていたのだが、なかなか互いに忙しく、今日まで叶わなかった」
「ソレーユさんのおかげで、行けるというわけですね」
「そうみたいだ」
「ソレーユさんには感謝しないといけません」
リュシアンはソレーユがいる方向へ、感謝の祈りを捧げる。コンスタンタンもそれに倣った。
野菜市は最終日とあって、賑わっていた。
リュシアンは初めて見る野菜に、瞳を輝かせる。
「コンスタンタン様、見てくださいませ! 初めて目にする野菜があります!」
出品されていた野菜の数々は、どれも稀少な物で、リュシアンの心を躍らせてしまう。
野菜や種、苗を購入し、途中で野菜のスープを食べた。
思う存分楽しんだあと、リュシアンはハッとなる。
「あ、あの、申し訳ありません! わたくしばかり楽しんでおりました!」
「いや、私も楽しんでいたが?」
「本当ですか?」
「ああ」
コンスタンタンはリュシアンに影響され、野菜作りに興味を抱き、農業の学術書なども目を通すようになっていたらしい。
「興味深い野菜ばかりだったし、楽しそうなアン嬢を見るのも趣味だから」
「そ、そうだったのですね」
コンスタンタンは笑みを浮かべつつ、楽しい一日だったと言う。
野菜一筋で生きてきたリュシアンだったが、たまには出かけることも大切なのだ、と考えを改めた。
「コンスタンタン様、またお出かけしましょうね」
「ああ、そうだな」
リュシアンに、コンスタンタンとお出かけるする、という新しい趣味ができた日の話であった。




