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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は、勇気を振り絞る

 今日も、一日が終わる。

 王妃を寝所まで見送り、扉がパタンと閉じた瞬間にリュシアンの仕事は終わるのだ。

 あとは、夜勤の侍女に引き継ぎ、ロザリーと共に帰宅する。

 アランブール邸に帰る時間には、屋敷の灯りはほとんど消されている。

 リュシアンはロザリーとも分かれ、アランブール家の使用人が用意してくれた風呂に浸かった。


 温かい風呂の中にいると、ついつい物思いに耽ってしまう。

 なんだか、一日の間にいろんなことがあったように思える。


 もっとも心の中で存在感を示すのは、エリクだ。

 彼について、思いを馳せる。


 リュシアンとニ歳違いの弟、エリクは誰からも愛される子だった。

 フォートリエ家待望の男子ということもあり、その上人見知りしない素直な性格だったので、家族だけでなく、多くの人達から可愛がられていたのだ。

 だが、跡取りとなる以上、甘やかすわけにはいかない。そう考えていたであろう両親より、エリクは厳しく躾けられた。

 そんな弟を尻目に、リュシアンはクリスティーヌの目をかいくぐり、領地で遊び回った。

 農園で仲良くなったロザリーと共に畑の畦道を走り回ったり、農作業を手伝ったり。

 ロザリーの兄の遊びにもついていき、木登りをして遊んだ記憶もある。

 振り返ってみれば、ありえない日々だった。

 両親の注目が常にエリクにある状態を羨ましく思わなかったのは、友達がいたからだろう。


 けれど今、リュシアンは人生で初めて、エリクを羨ましく思ってしまった。

 彼はたった数時間でコンスタンタンと仲良くなり、遠目で見たところずいぶんと打ち解けているように見える。


 リュシアンがコンスタンタンの傍に接近できるようになるまで、どれだけの日数をかけたのか。

 コンスタンタンとリュシアンが心を通わせたことは奇跡だと思っていたが、誰からも愛されるエリクにとっては難しいものではないのだろう。


 リュシアンはこれまで、自らを要領が悪いと思った記憶はなかった。けれど、人と接する行為において、酷く不器用なのではと自覚してしまう。


 人生を振り返ってみれば、ロザリーや王妃となったソレーユは、リュシアンと仲良くなるために言葉を惜しまなかった。

 彼女らに、リュシアンは何か返せていただろうか。

 考えたが、何一つ浮かばない。


 コンスタンタンだってそうだ。

 言葉数は少ない彼だが、リュシアンに好意を伝え、結婚の意思を示してくれた。


 リュシアンは、コンスタンタンに何か伝えたのか。

 こちらも、考えたところで何も浮かばなかった。


 これまでの人生の中で、出会う人々は皆、親切にしてくれた。

 ただ、リュシアンだから親切にしているわけではない。

 フォートリエ家の娘だから、好意を示してくれるのだ。

 ただのリュシアンがそこにいても、誰も見向きもしない。


 それに気づいた瞬間、リュシアンは大きな衝撃を受ける。

 足下にあった床が、パラパラと崩れ、そのまま落下するような恐怖に襲われた。


 だが、落ち込んでばかりではいられない。

 リュシアンは立ち上がる。


 しっかり、自分だけが立てる足場を作る必要があるのだろう。

 実家の名前に、甘えてばかりではいけないのだ。


 何をするにも、行動だけでは相手に伝わらない。きちんと、言葉で示す必要があるのだ。


 ◇◇◇


 風呂から上がったあと、リュシアンはコンスタンタンに会いに行く。

 今日はいつもより、緊張していた。

 どきん、どきんと胸が高鳴る。


 通常であればロザリーを伴うが、今日はもう休んでいいと命じておいた。


 コンスタンタンの私室の扉を叩き、「リュシアンです」と声をかける。

 すぐに扉が開かれ、コンスタンタンは中へと招き入れてくれた。


 コンスタンタンはロザリーの不在に気づいたが、リュシアンは二人で話したいからと、隠さずに伝えた。

 コンスタンタンは「そうか」と言い、いつもと同じように長椅子を勧めてくれる。

 もちろん、位置はコンスタンタンの向かいであった。


 結婚していない男女が、密着してはいけない。コンスタンタンは紳士で、一度も破ったことはない。しかし今夜は、近くで話をしたい気分だったのだ。


「あの、コンスタンタン様、お隣に、座ってもよろしいでしょうか?」


 思いがけない言葉だったのだろう。コンスタンタンは目を見開き、リュシアンを見つめる。が、それも数秒のことで、「アンがいいのであれば」と許してくれた。


 リュシアンはゆっくりと接近し、コンスタンタンの隣に腰掛ける。

 が、緊張のあまり、肩がつきそうなくらい大接近した状態で座ってしまった。

 想定外だったのだろう。コンスタンタンはビクリと肩を震わせていた。


「あの、ごめんなさい」

「いや、いい。気にするな」


 胸が早鐘を打っている。

 今までにないくらい、リュシアンは平静さを失っているように思えた。


 しんと、静まりかえる。

 沈黙を破ったのは、コンスタンタンであった。


「アン、今宵は、どうしたというのだ?」


 勇気を振り絞って、リュシアンは心の中で何度も練習していた言葉を伝える。


「コンスタンタン様に、甘えたいなと思いまして」

「あ、甘える?」

「はい。三分だけでいいので、わたくしのことだけを、考えていただけますか?」  

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