お嬢様は、珍しく思い悩む
婚礼衣装の最終確認をしていたリュシアンであったが、気が気ではなかった。
突然やってきた弟エリクが、コンスタンタンに多大なる迷惑をかけたわけである。
「ここのレース部分は、もう一枚重ねてもよいのでは? 思い切って、二枚にします?」
「ええ……」
「それとも、三枚がいいですか?」
「はい」
「五十枚でも?」
「よいかと」
「リュシアン!!」
耳元でクリスティーヌが叫ぶ。瞬時に、リュシアンの意識はこの場に戻った。
クリスティーヌにジロリと睨まれ、スッと背筋を伸ばす。そして、素直に上の空だったことを告げた。
「まったく、大事な婚礼衣装についての打ち合わせなのに、何を考えていたというのですか!」
「いえ、エリクが、コンスタンタン様に迷惑をかけてしまったなと……」
「アランブール卿は身内となる御方です。迷惑でもなんでも、かけたらいいのですよ」
「ええ」
しかし、親しい仲であっても、礼を失するようなことがあってはいけない。リュシアンはそう考えている。
「リュシアン、逆に、気を使いすぎると、かえって失礼にもなるのですよ」
「わかってはいるのですが、なかなか加減が難しいです」
「あなたは真面目すぎるので、もう少し、アランブール卿に甘えてもいいのでは?」
「あ、甘える!?」
具体的に、甘えるとはどういう行為を示すのか。
リュシアンが思いつく限りでは、コンスタンタンの肩に身を預けることくらいしか思いつかない。
「そういう、物理的なものではなく、精神的に甘える、という意味ですよ」
「精神的に甘える……?」
余計にわからなくなってしまった。
◇◇◇
コンスタンタンはそれから三時間後に戻ってきた。
なんと、エリクの学校の教師が、コンスタンタンの士官学校時代の恩師だったのだ。
「いい機会だからと、明日、うちで勉強会を開くことになった」
「まあ、そうだったのですね」
生徒は大勢押しかけるわけではない。エリクをはじめとする、五名の成績上位者だという。
「午前中は勉強を教えて、午後からは剣技を伝授する予定だ。アンは、王の菜園での仕事だったな?」
「はい」
「だったら、エリクも安心だな」
話を聞いていると、エリクとコンスタンタンはずいぶんと打ち解けているようだった。
「エリクは、あれから失礼な発言や行動など、しなかったでしょうか?」
「心配いらない。明るく、素直な子だ」
「だったら、よかったですわ」
なんとなく、リュシアンの中にモヤモヤとした気持ちが生まれる。
この感情の正体はなんなのか。考えるが、わからなかった。
◇◇◇
翌日は、朝から王の菜園に立つ。率先して畑へと入っていくのは王妃ソレーユであった。
「リュシアンさん、ここらに生えている雑草を、引き抜けばいいのね?」
「はい」
リュシアンは他の侍女にも、作業に取りかかるように命じた。
ここは新たに作った、王妃の畑である。育った野菜は競売にかけられ、得た金は恵まれない子ども達に寄付される。
王妃は国民人気が高く、直々に育てた野菜を食べたいと望む者が多いのだ。
毎回好評で、ありがたいことに高値がつく。
途中、コンスタンタンがエリクをはじめとする男子生徒を連れて王の菜園を歩く。
王妃の畑の前で止まり、何やら説明しているようだった。
王妃は気づき、立ち上がって男子生徒に手を振る。すると、大騒ぎしたのちに、胸に手を当てて会釈していた。
その後、一行は別の場所へと移動する。
コンスタンタンと生徒達は、ずいぶん打ち解けているように見えた。
リュシアンはその様子を、複雑な気持ちで見つめていた。
一時間半ほど作業をしたあと、ロザリーが菓子と茶を持ってきた。
他の侍女はどこかへと消えていく。ロザリーも、いなくなった。気がつけば、王妃と二人きりになってしまう。
「あら、皆様は?」
「人払いしたわ。リュシアンさんと二人きりで話をしたくて」
「あら、そう、でしたのね」
リュシアンは背筋を伸ばし、話を聞く姿勢を取った。
「かしこまらなくて結構よ。今は、ただのソレーユとして、話をさせていただくわ」
「はい」
王妃としての表情から、ソレーユへと戻った。
「話というのは、リュシアンさん、あなた、アランブール卿と喧嘩でもしたの?」
「え!? な、なぜ、そのように思われたのですか?」
「なんか、顔を合わせたとき、ぎくしゃくしていたように見えたから」
「そ、それは……」
なぜだろうか。その理由は、リュシアンにもわからない。
「コンスタンタン様とは、特に、何もなかったのですが」
「では何か、きっかけがあったのでは?」
「きっかけ……」
記憶を遡ってみる。それは、エリクの登場だったように思えた。
「弟が、やってきたのですが、コンスタンタン様に迷惑をかけた挙げ句、懐いてしまって……」
エリクはやってくるなり、笑顔でコンスタンタンに駆け寄ったのだ。あれほど仲良くなっているとは、思いもしなかったのだ。
それに、生徒達に囲まれたコンスタンタンを目の当たりにしたら、なんとなく言葉にできないモヤモヤとした気持ちが生まれた。
「自分でも、どうしてモヤモヤとした思いを抱くのか、よくわからないのですが」
「リュシアンさん、それって、嫉妬よ」
「嫉妬?」
「ええ。弟や生徒に、アランブール卿を取られると思って、面白くなく思ってしまったのよ」
「嫉妬……」
なんて浅ましく、恥ずかしい感情なのか。リュシアンは落ち込んでしまう。
「いいえ、違うわね」
「違う?」
「ええ。嫉妬じゃなくて、リュシアンさんは、弟や生徒みたいに、アランブール卿に甘えたいと思ったのよ」
その言葉は、リュシアンの心にストンと収まった。
「ああ、そう、かもしれません。わたくしは、甘え方がわからないのです」
「そんなの、簡単よ。一日、いつでもいいから、五分だけ、私のことを考えてと言うの。そうすれば、思いっきり甘やかしてくれるわ」
「ご、五分も!?」
「ええ」
ソレーユに言われる。今日、試してみなさい、と。




