堅物騎士は、お嬢様の弟を王都まで送る
クリスティーヌにこってり絞られたエリクは、しょんぼりした様子で戻ってきた。
そして、クリスティーヌにせっつかれながら、コンスタンタンに深く深く頭を下げた。
「アランブール卿、このたびは失礼な発言及び行動に出てしまい、本当に、申し訳ありませんでした。深く反省し、二度と、このようなことがないよう、気を付けます」
「いや、気にするな。いい、気分転換になった」
エリクは顔を上げ、パッと表情を明るくさせたが、クリスティーヌがゴホンゴホン! と圧のある咳払いをしたので、再び頭を下げる。
「その、反省しているようなので、もう、よいのではないでしょうか?」
コンスタンタンはエリクを許してやるよう、クリスティーヌにお伺いを立てる。
「しかたがないですね。もう二度と、このようなしようもないことをしないでくださいね!」
「はい」
クリスティーヌはエリクを怒りにきたのではなく、リュシアンに婚礼衣装の最終確認をさせるためにやってきたのだという。
「えっと、どうしましょう。エリク、帰りはどうするのですか?」
「王都から王の菜園を行き来している馬車で帰ろうかなと」
「まあ! あの馬車は、三時間に一回しかないのですよ」
「え、そうなの!?」
先ほど、馬車は王都に向かって出発したばかりである。エリクは門限に間に合わないと、表情を青くしていた。
門限は二時間後で、三時間後の馬車を待っていたら門限破りとなってしまう。
校内の評価にも響くと、エリクは頭を抱えていた。
「だったら、うちの馬車を出そう」
クリスティーヌはそこまでしなくてもいい。罰として、歩いて王都まで帰ればいいといったが、このままでは暗くなってしまうだろう。
狼は絶滅したと言われているが、絶対に出ないとは言いきれない。それに、夜間は不審者も歩き回っているだろう。
心配だからと重ねていったら、クリスティーヌは「愚息をお願いいたします」と頭を下げた。
すぐに、馬車を用意させた。幌がない、馬一頭で引く二人乗りの馬車である。小型の馬車なので、大きな馬車よりは速く王都に到着するだろう。
エリクと共に乗り込み、出発させた。
「アランブール卿、本当に、いろいろとごめんなさい」
「いいと言っている。敬語も使わなくていい」
「はい」
素直に返事をしたものの、かしこまった態度はなかなか元に戻らない。
クリスティーヌにしこたま怒られたのだろう。コンスタンタンは思わず、笑ってしまった。
「母上は、怖いか?」
「怖い、です」
「私も、フォートリエ子爵夫人に、何度も怒られた」
「え!? アランブール卿も?」
「ああ」
リュシアンを庇っては怒られ、クリスティーヌを丁重に扱えば「その必要はありません」とすげなく言われ、馬車から降りるさいに手を差し伸べたら「年寄りではないので!」と断られる。
「なんで、アランブール卿にそんなに厳しくできるんだよ」
「愛があるからこそだろう」
「母上の愛は、苛烈すぎる」
エリクは一年のほとんどを学校で過ごすので、余計に教育に力がこもってしまうのだろう。
「本当に、母上は思いもしない行動を取ることがあるんだ」
エリクの話すクリスティーヌのエピソードは、どれも愛があるからこそ。
さすがに、幼いエリクを突いた牧場のダチョウを追いかけ回して説教する話は、笑ってしまった。
エリクも、話しているうちに面白くなったのだろう。腹を抱えて笑いだす。
一通り、落ち着いたあとでエリクはポツリと言葉を漏らした。
「なんか、安心した」
「安心?」
「姉上と結婚する人が、優しくて、頭もよくて、強い人で」
「そうだろうか?」
「そうなんだよ。母上の暴走を笑って許せる人なんて、滅多にいないし」
「私は、母を亡くしている。だから、余計に説教を、ありがたいものとして受け取るのかもしれない」
「そう、だったんだ」
「フォートリエ子爵夫人は、温かいお方だ。大事にしようと思うし、エリク、君も、大事にしてほしい」
「うん、わかった」
続けて、エリクはリュシアンについての話もしてくれた。
リュシアンも、クリスティーヌに負けず劣らずの逸話を持っていた。
中でも、池に落ちた子どもを助けた話は、コンスタンタンも舌を巻く。
「溺れた人を助けるのは、非常に難しい。共に亡くなった例も多くある」
「大人は誰一人、いなかったんだ。姉上はドレスを着ていたのに、迷わず助けるために飛び込んで――」
たまに、誰もが想像しない思い切った行動を取るという。
コンスタンタンも、それには思い当たる節があった。
以前、屋敷に侵入者がやってきたさい、リュシアンは繋いだリネンを窓から降ろし、外へ脱出したのだ。当時のことは、考えただけでもヒヤヒヤしてしまう。
「アランブール卿、姉上をしっかり見張っていてほしい。いつ何時、危険な行動に出るかわからないから。ある意味、母上よりも危険なんだ」
「そうだな」
銃を構えるリュシアンに、わざと転んで監査官の前で一芝居を打つリュシアン、それから野生の兎を全力で追いかけるリュシアン。
どのリュシアンも、一歩間違ったら危険で、けれど勇敢だった。
どれも、コンスタンタンが愛すべきリュシアンなのである。
リュシアンが危険な行動にでないよう、しっかり傍にいなければならない。
コンスタンタンは、心に誓った。




