堅物騎士は、お嬢様とデートする
久しぶりに、リュシアンと二人きりでゆっくり休日を過ごすこととなった。
街で買い物でもしようかと提案したが、リュシアンは首を横に振り、コンスタンタンと静かに過ごせる場所がいいと言う。
少し照れているリュシアンを前に、ぎゅっと抱きしめたくなった。
しかし、リュシアンの背後に彼女の母親が腕を組み、どっしり構えていたので我に返る。
まだ結婚前なので、触れ合うのは最低限にしなければ。コンスタンタンは自らに言い聞かせた。
侍女の選定を終えたリュシアンに、コンスタンタンは贈り物を用意した。
ドラン商会のドニに、アクセサリーを買いたいと申し出たら、翌日妻のゾエがいくつか持ってきてくれたのだ。
どれにするか悩んだが、目についたプリムローズの銀の首飾りに決めた。なんでも、春を告げる花らしい。今のシーズンにぴったりであった。
いつ渡そうか。コンスタンタンはソワソワしていた。
本日、リュシアンと向かう場所は、馬を三十分ほど走らせた先にある平原である。
何もない場所だが、今は若葉が茂る草原が美しいだろう。
玄関で待っていると、リュシアンがロザリーを引き連れてやってきた。
母親も一緒なのではと戦々恐々としていたが、姿はどこにもなかった。内心、ホッと安堵する。
「コンスタンタン様、お待たせいたしました!」
リュシアンは純白のワンピース姿だった。
まるで、コンスタンタンが贈り物として選んだ首飾りの、プリムローズのごとく清純で美しい。
「では、行きましょうか」
「ああ」
「アンお嬢様、こちらを」
「ロザリー、ありがとう」
ロザリーが差し出したのは、バスケットである。リュシアンの代わりに、コンスタンタンが受け取った。
「コンスタンタン様、ありがとうございます」
春野菜を使って、朝から弁当を作ったらしい。
「楽しみにしておこう」
「はい!」
馬の鞍にバスケットを積み、縄で固定させる。
まず先にコンスタンタンが馬に跨がり、地上にいるリュシアンに手を差し伸べた。
リュシアンはコンスタンタンの手を握り、鐙に足をかける。コンスタンタンが手を引くと、一気に上がった。横乗りに、鞍へと腰掛ける。
前に座るリュシアンが落ちないよう腰に手を回し、もう片方の手で手綱を握った。
「このまま走るが、大丈夫か?」
「はい。コンスタンタン様は、片手で大丈夫なのですか?」
「ああ、心配いらない。剣を持って馬に乗る訓練をしたことがあるからな」
「さすが、騎士様です」
馬の腹を足で叩き、合図する。ゆっくり、ゆっくりと進み始めた。
「コンスタンタン様、風が、とても心地よいですわね」
「そう……だな」
今の時季は、新緑が爽やかな風を運んでくれる。馬を走らせるのに、最高のシーズンだ。
しかしながら、リュシアンを乗せるとなると、まったく別物となる。
ふわり、ふわりと風が運んでくるのは、リュシアンの匂いであった。
鼻で呼吸をしている以上、どうしても吸い込んでしまう。
どうしてこんなに、リュシアンはいい匂いがするものか。
こうして匂いをかいでいると、自分がとんでもない変態に思えてくる。不可抗力であると訴えたい。
口で息をしたほうがいいのか。それとも、リュシアンに正直に匂いをかいでいると告げるべきか。
悶々と考えている間に、平原へとたどり着く。
まず、コンスタンタンが馬から下りて、そのあとリュシアンを抱き上げて下ろしてあげた。
「コ、コンスタンタン様、自分で、下りられます――」
そう言っている間に、リュシアンを地上へ下ろした。
「ありがとうございます」
馬は鞍を下ろして、しばし自由にさせておく。口笛を吹いたら、どこにいても戻ってくるからだ。
「今日は、風が強いな。アン、寒くないか?」
「いいえ、心地よいです」
強い風が、リュシアンの長い髪をたなびかせる。
そんな様子すら、美しいとコンスタンタンは見入ってしまった。
リュシアンと共に平原を歩く。すると、リュシアンは花を見つけたようで、しゃがみこんだ。
「コンスタンタン様、見てくださいまし。プリムローズが、咲いております」
奇しくも、リュシアンはプリムローズの花を発見した。
首飾りを渡すのは今しかないと、リュシアンが振り返った瞬間に差し出した。
「コンスタンタン様、こちらは?」
「アンに、贈り物だ」
「わたくしに? 誕生日でも、ありませんのに」
「最近、頑張っていただろう?」
「ご褒美、ですの?」
「まあ、そうだな」
「ありがとうございます」
リュシアンは頬を赤く染めながら、首飾りを受け取った。
「もしかして、プリムローズですの?」
「そうだ。ずっと、いつ渡そうか迷っていたのだが、ちょうど、プリムローズを見つけてくれたから、よかった」
「嬉しいです」
リュシアンは早速、首飾りを付ける。
胸元で揺れるプリムローズは、とても美しかった。
「気に入ったか?」
「はい!」
しばし散歩をしたあと、鞍を置いた場所に戻る。リュシアンが作った、春野菜の弁当を食べることにした。
色とりどりの料理が、詰められている。
春キャベツのひき肉コロッケに、肉巻きニンジン、ジャガイモのスパイス炒めに、春野菜のテリーヌ。
サンドイッチの具は、アスパラとベーコンをオリーブで作った特製マヨネーズで和えたものだった。
どれもおいしく、お腹はすぐに満たされた。
コンスタンタンとリュシアンの、のんびりと過ごす休日の話であった。
修正のお知らせ
王の菜園の騎士の書籍版に目を通していて気付いたのですが、これまでリュシアンの母をカトリーヌとしておりましたが、なんと、コンスタンタンの母の名がカトリーヌだったようです。
申し訳ありません、設定したものを、読み間違えていたようです。
そのため、リュシアンの母の名を『クリスティーヌ』にしたいと思います。
修正をする予定ですが、どこか発見したら、誤字脱字機能でご指摘いただけると嬉しいです。
今後、このようなことがないよう、気を付けます。
 




