堅物騎士は、思いがけない邂逅を果たす
コンスタンタンは、夢を見ていた。
亡くなった母が、コンスタンタンの看病をしているのだ。寝台からほとんど起き上がれなかった生前では、ありえない状態である。
コンスタンタンが「病人なのに、病人の看病をするな」と言うと淡く微笑んだ。「大丈夫よ」と言って、コンスタンタンの頭を、慈しむようにそっと撫でる。なんだか、照れくさくなった。「自分はいいから、父の世話でもしているように」と促しても、「今日はあなたのほうが大事」と言うばかりである。
窓の外を指差し「湖に水鳥がいる」と言ったり、「天気が悪く、風が強い」とぼやいたり。今日はよくしゃべる。
生前の母は大人しく、口数も少なかった。グレゴワール曰く「昔はおしゃべりだったんだよ」と話していたが、本当だったようだ。
目と目が合うと、悲しそうに瞳を潤ませる。「母親らしいことは何もできなかった」と、切なげに呟いていた。
それなのに、コンスタンタンは立派に育った、嬉しいと、しきりに褒めちぎる。
自慢の息子だと言い、誇らしげだった。
逆に、コンスタンタンのほうこそ、母親孝行ができなかったとこぼす。
母は首を横に振り、「元気で育ったことが、何よりの母親孝行」だと言ってくれた。
父親を支え、婚約者を守り、王の菜園の騎士としてふさわしい振る舞いをするように。凛と、母はコンスタンタンに語りかける。
コンスタンタンはしっかりと、うなずいた。
パチパチと瞬くたびに母の姿は薄くなり、消えてなくなった。
◇◇◇
チュン、チュンと、鳥の鳴き声で目を覚ます。
頭痛や体の倦怠感は綺麗サッパリなくなっていた。
起き上がり、背伸びをする。同時に、扉が開かれた。リュシアンだった。
「コンスタンタン様、おはようございます」
「アン、おはよう」
リュシアンは腕をまくったドレスに、エプロンをかけていた。
「まさか、一晩中看病をしていたのか?」
「いいえ、夜は眠っていました。数時間に一度、様子を見にはきていましたが」
「そうだったのか。感謝する」
「いえ」
リュシアンは寝台の近くに置かれた椅子にこしかけ、コンスタンタンの額にそっと手を添える。
「熱は、下がったようですね」
「ああ、おかげさまで、体が軽い」
「よかったです」
寝込んだ直後は、汗をかき、うなされていたようだ。
「お薬を飲まれたあとは、落ち着いていらっしゃったようでした」
「そうか」
ふいに、夢を思い出す。コンスタンタンの母が出てきて、いろんな話をした。
「いかがなさいましたか?」
「いや、夢に、初めて母が出てきて……」
ここ数日、カルパンティエ子爵に手紙を送ったり、母親の故郷について調べたりしていたからだろう。
今まで頭の隅に置いていた母への想いが溢れ、夢にまで見てしまったのかもしれない。
「生前では信じられないくらい快活で、よく喋り、笑っていた。病床の母のイメージとはほど遠くて、驚いた」
「きっと、コンスタンタン様を心配して、元気な姿で夢に現れたのかもしれないですね」
「そう、かもしれないな」
ずいぶんと汗を掻いたので、風呂を用意してもらう。さっぱりした状態で部屋に戻ると、テーブルに朝食が載った盆が置かれていた。ふんわりと、焼きたてだと思われるパンやスープの匂いがする。
リュシアンが用意してくれたのか。そんなことを考えていると、扉が叩かれる。
「アンか?」
「はい」
茶器が載ったワゴンを押してやってきたようだ。部屋の中へと誘う。
「この食事は、アンが持ってきてくれたのか?」
「はい。宿屋の方にお願いして、用意していただきました。昨晩は、何も召し上がっていないようでしたが、食欲はありますでしょうか?」
「ああ。実を言えば、空腹だ」
「よかったです」
リュシアンは紅茶をカップに注ぎ、角砂糖を一つ落としてくれた。それだけではなく、パンをナイフで薄く切り、上にジャムを載せてコンスタンタンの口元へ差し出す。
思いがけない「あーん」に驚いたが、コンスタンタンはありがたくいただいた。
「コンスタンタン様、いかがですか?」
「おいしい」
スープも食べさせてくれようとしたが、それはやんわり遠慮する。病人ではないので、これ以上甘えるわけにはいかなかった。
正直に告げるとリュシアンは眉尻を下げ、唇を尖らせながら言った。
「甘えても、いいのですよ?」
「アンには、十分甘えている」
「わたくしはもっともっと、コンスタンタン様を甘やかしたいのです」
キラキラとした瞳に見つめられ、コンスタンタンは観念した。
結果、リュシアンの手ずからスープを食べさせてもらうこととなる。リュシアンが食べさせてくれるスープは、幸せの味がした。
食後の紅茶を共に楽しんでいたら、廊下から人が叫ぶような声が聞こえた。
「調べは付いているんだ! ここに、宿泊していると!」
「カルパンティエ子爵、その、他のお客様のご迷惑になりますので」
カルパンティエ子爵、と聞こえた。コンスタンタンは、思わずリュシアンと顔を合わせる。
「コンスタンタン様、廊下にいらっしゃるのはもしかして?」
「ああ。カルパンティエ子爵……祖父だ」
コンスタンタンは扉を開き、廊下で叫び散らしていた人物を覗き込む。
そこには、品よくなで上げた白髪にくるりと上を向いた白髭を持つ、フロックコート姿の老紳士の姿があった。
目が合うと、キッと表情が鋭くなる。
コンスタンタンは身構えたが、かけられた言葉は思いがけないものであった。
「茶色の髪に、深い緑の瞳の年若い青年――ああ、あんたか! 湖で溺れる孫を助けてくれたのは」




