堅物騎士は、お嬢様と共にミモザの森へ向かう
リュシアンにもカードを見せた。すると、眉尻を下げ、悲しそうな表情でコンスタンタンを見つめる。
「やはり、会ってはもらえないようだ」
予想はしていたものの、実際に拒絶されると辛いものがある。思わず深いため息をついてしまった。
「アン」
「はい?」
「疲れているか?」
「いいえ、まったく」
五時間の移動を経て、まったく疲れていないと言い切るリュシアンを、コンスタンタンは愛おしく思う。同時に、一瞬でも悲しませてはいけないと思った。
「ならば、ミモザの森に出かけようか」
「ミモザの森、ですか?」
「ああ。森一面に、ミモザが繁殖しているらしい。今の時季は、開花したミモザがこれでもかと堪能できるようだ」
「まあ!」
リュシアンの表情が明るくなったので、コンスタンタンは内心安堵する。
カルパンティエ子爵にははっきり会えないと言われてしまった。ならば、この件は一旦頭の隅に追いやって、観光を楽しむしかない。
「アン、行こう」
「はい」
コンスタンタンが腕を差し出すと、リュシアンはそっと寄り添う。ロザリーを連れ、郊外にあるミモザの森を目指す。
空は澄んだ青が広がっていた。王都周辺はどんより曇っていることが多いので、新鮮な眺めである。肌寒さはいっさいなく、薄い外套でも問題ない。初夏を迎える前の春を思わせる気候であった。
コンスタンタンは考える。母はこのような穏やかな気候で育ったので、王都の冬はさぞかし辛かっただろうなと。
頭を振って、考えを打ち消す。今は、母について考えているときではない。リュシアンとの時間を、楽しまなければ。
メイン通りを避けるルートを選んだが、それでも人通りは多い。しっかりリュシアンを守らなければと考える。
「アン。ミモザの森に行く前に、何か、甘い物でも買っていくか?」
「森で、お花見をするのですね?」
「ああ」
街中ではミモザを意匠とした商品がたくさん並んでいた。商人が呼び止め、商品の紹介をしてくれる。
ミモザの苗木も、人気を博しているようだった。
「うちの庭にも、ミモザを植えようか」
そんなことを呟くと、リュシアンは嬉しそうにしていた。彼女と共に、成長を見守ることになるだろう。それは、とてつもなくすばらしいもののように思えてならない。
「ミモザのハンカチ、ミモザのタオル、ミモザの石鹸にミモザの香水! ああ、どれも、欲しくなってしまいます」
「見事な品揃えだな」
ミモザの菓子も、種類が豊富だった。ミモザの砂糖漬けを使ったクッキーにマフィン、それから、ミモザ色の飴にケーキなど。
悩んだ結果、ミモザのクッキーとミモザ茶を購入した。
ミモザ茶はポットごと手渡される。キルト生地の布に包まれており、十分以内に飲んだらアツアツを楽しめるという。カップも人数分、貸してくれるようだ。
ミモザの森まで、徒歩五分。いい感じの場所も選ばないといけない。
「アン、急ごう」
「はい!」
ロザリーにも目配せし、速歩で街を抜ける。そして、ミモザが咲き誇る森の中へと足を踏み入れた。
「なんて綺麗なのでしょう。夢のようです」
ミモザの森は木々のすべてがミモザという、童話の世界のような場所だった。
「そういえば、森に湖があるといっていたな」
「森を入ってすぐにあると、おっしゃっていましたね」
ロザリーが、水の音が聞こえると言う。
「あちらでしょうか?」
指差した瞬間、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。コンスタンタンは一瞬リュシアンに目配せし、声が聞こえた方向に向かって走る。
声からして、年若い娘ではなかった。グレゴワールより、かなり年上の女性だろう。
湖が見えてくる。森の中の静かな湖には、大きな波紋が起きていた。
「お坊ちゃま! どうか、浅いほうへ移動を!」
杖を突いた老婆が叫ぶ。ドレスにエプロンを纏う姿からして、恐らく乳母だろう。
そして、湖には四歳くらいの少年が溺れていた。コンスタンタンはすぐさま上着を脱ぎ、湖へ飛び込んだ。
湖は意外と深い。そして、水は冷たかった。子どもへ近づき、手を差し伸べる。すると、コンスタンタンの腕にしがみついた。しっかり腰を抱え、胸に抱き込む。もがき疲れたのか、ぐったりしていた。
「もう、大丈夫だ」
優しく声をかけ、陸のほうへと泳いでいく。リュシアンとロザリーも追いつき、心配そうな視線を向けていた。
地上へ上がった子どもは、ガタガタ震えていた。唇も紫色である。
「濡れた服を、脱がせたほうがいい」
「は、はい」
すぐさま、ロザリーが持ってきていた敷物を地面に広げてくれる。少年を敷物に乗せ、乳母らしき老婆が服を脱がせる。濡れた頭を、リュシアンがハンカチで優しく拭う。ロザリーはミモザ茶をカップに注ぎ、少年に飲ませていた。
乳母が持っていた布で水分を拭い、コンスタンタンの外套で体を包む。そうこうしているうちに、紫色だった唇に赤みが差した。
「このまま、街へ連れて行こう。異常がないか、医者に診せたほうがいい」
「は、はい」
コンスタンタンは少年を抱き上げ、そのまま街に戻る。病院へ駆け込み、診察を受けさせた。
異常なしと聞き、コンスタンタンはホッと胸をなで下ろす。
少年の着ていた服は上等で、乳母も付いていた。きっと、貴族の子どもなのだろう。偶然通りかかって、本当によかった。足が悪い乳母では、少年を助けられなかっただろう。
遅れて、乳母とリュシアン、ロザリーがやってくる。
少年に異常はなかったと伝えると、ホッとした表情を見せていた。
「旦那様、なんとお礼を言ったらいいのか」
「気にするな。偶然、立ち寄っただけだ」
乳母は礼をしたいので、名前を聞かせてくれと乞う。コンスタンタンは首を振り、「名乗るほどの者ではない」と言っておく。
「あれくらいの年頃の少年は、やんちゃだ。数名で、面倒をみるといい」
「は、はい。次からは、そうします」
その言葉を最後に、老婆と別れる。コンスタンタンは全身びしょ濡れなので、一度宿に戻ることにした。
着替えたら、またミモザの森へ行こう。そうリュシアンへ提案したが、首を横に振って断られてしまう。
「疲れたか?」
「いいえ。その、コンスタンタン様、顔が、真っ赤です」
「真っ赤?」
「はい。具合が、悪いのでは?」
言われてみたら、頭がくらくらして、寒気がする。ゲホゲホと、咳も出ていた。
「いや、ありえない。風邪なんて、引いたことが――」
「いいえ、風邪ですわ」
リュシアンはきっぱり言い切った。
熱い風呂に入り、数時間眠ったら治るだろう。そう思っていたが、簡単に完治するものではなかった。時間が経つごとに、体が辛くなる。
リュシアンはすぐさま、医者を宿に呼んでくれた。苦い薬を飲まされ、眠るように言われる。
せっかくの旅行なのに風邪を引くなんて情けない。しかも、リュシアンが看病してくれる。従僕のひとりでも連れていたら、世話をかけさせなかったのに。
「アン……すまない」
「お気になさらず」
そう言って、冷たい布を額に置いてくれた。
リュシアンはコンスタンタンの手を優しく握ってくれる。空いている手で、小さな子どもを寝かせるように腹部をポンポンと叩いてくれた。
そうこうしているうちに、コンスタンタンは深い眠りの中に落ちていく。




