堅物騎士は、お嬢様を街に連れて行く
リュシアンはぬいぐるみを気に入ったようで、膝の上にちょこんと座らせていた。
「本当に、愛らしいぬいぐるみですわ」
ここまで喜んでもらえるとは、コンスタンタンは想像もしていなかった。
ついついリュシアンを見つめる顔が、緩んでしまう。
「コンスタンタン様にそっくりなぬいぐるみは、ありませんでしたの?」
「どうだろうか? 時間がなく、ショーウィンドウに飾ってある品しか見ていない」
店内には百体以上はいるように思える、ぬいぐるみが揃えられていた。その中に、コンスタンタンに似たぬいぐるみもあったのかもしれない。
「百体以上もぬいぐるみがあるお店、ですか」
「圧がすごかったな」
「まあ! なんだか気になりますわ」
「時間があったら、もう一度あの街に寄ってみよう」
「はい!」
石畳の街道にさしかかる。馬の蹄鉄が、パカパカと音を鳴らしていた。
リュシアンは窓を覗き込み、コンスタンタンを振り返って報告してくれる。
「コンスタンタン様、街が見えてきました」
ゆるやかな稜線を描く山に沿うように、赤い屋根の家が段々と並んでいた。
そして、反対側の窓には、雄大な海が臨んでいる。
見上げれば山、見下ろせば海――カルパンティエ子爵領は、そんな自然豊かな土地である。
リュシアンが見て欲しいと声をかけるので、身を寄せて小さな窓を覗き込む。
「わたくし、海を初めて見ましたわ!! なんて、美しいのでしょう」
太陽の光を受けた海面は、キラキラと輝いている。
「空よりも深い青を、初めて見ました」
「そうか」
リュシアンは何かを見つけたようで、大きな青い瞳を瞬かせつつ目を見張る。
「コンスタンタン様、今、お魚が跳ねましたわ!」
馬車の窓から海まで、かなりの距離がある。ここからだと、大きな鯨が跳ねない限り気付かないだろう。
「あ、また!」
「アンは、目がいいな」
「ここからでも、見えますから。あの辺ですわ」
「いや、見えない」
「コンスタンタン様――あっ!」
リュシアンのハッとした声で、コンスタンタンも気付いた。かなり密着している状態だということに。すぐに離れ、席に腰を下ろした。
「申し訳ありません、コンスタンタン様。海を見るのに夢中になってしまって」
「いや、私のほうこそ、気付かずに、すまない」
婚約者同士とはいえ、密着しすぎるのはよくない。だが、ロザリーは監視をせずに、明後日の方向を見ていた。相変わらず、こういうときに仕事をしない侍女である。
馬車は海岸沿いを走っていたが、景色が変わっていく。道沿いにミモザの樹が植えられていたのだ。
「なんて、きれいなのでしょう……!」
リュシアンは恋する乙女のように頬を赤く染め、房状の花を咲かせたミモザを見入っていた。
ここは『ミモザ街道』と呼ばれる道だ。八つの村を横断する、長い長いミモザが植えられた道のりなのだ。
リュシアンは振り返って言った。
「コンスタンタン様、すばらしい場所に連れてきてくださって、ありがとうございました」
「喜んでくれて、私も嬉しい」
ミモザの花を堪能しながら、馬車は進む。たどり着いたのは、小高い丘に建てられた立派なカルパンティエ子爵邸が聳える街である。
貴族の馬車が多く停まっているのには、理由があった。
「ミモザ祭りが開催されている。それゆえの、この人混みだろう」
「そうなのですね」
メイン会場となっている大通りには、人がぎゅうぎゅうになるほど集まっているらしい。
各地から集まった商人が出店したり、名産品である真珠製品の安売りがあったり、ワインの解禁なども行われていたりと、充実した内容のようだ。
「とりあえず、ホテルに荷物を置いて、それからどうするか考えよう」
「はい」
荷物は御者に頼み、ひとまず予約しているホテルを目指す。
ねことくまのぬいぐるみは、ロザリーがしっかり胸に抱いていた。
「あ、アンお嬢様! 迷子になったら大変なので、アランブール卿の腕を借りるのはいかがでしょう?」
「え!?」
リュシアンは突然の提案に、飛び上がりそうになるほど驚いていた。小さな声で「でも、悪いですわ」と言っていたのを耳にしたので、コンスタンタンはリュシアンへ手を差し伸べる。
「人が多いから、はぐれないようにしておこう」
リュシアンは頬を赤く染めながら、コンスタンタンの手にそっと指先を重ねた。
ミモザ祭りは大変な賑わいを見せている。道行く人々は、ミモザの花を模した花冠を被っていた。リュシアンが被ったら、大変愛らしいだろう。
街の中心街にある、ホテルへとたどり着いた。到着してすぐに、コンスタンタンはホテルにカルパンティエ子爵邸へ先触れを届けるように頼む。
突然訪問したら驚くだろう。街に到着したという旨と、一度挨拶をしたいと認めた手紙を送った。
一時間半後――ホテルの喫茶店で茶を飲んでいたら、カルパンティエ子爵より返信が届く。ずいぶんと早かった。
コンスタンタンは手紙を開封する。中に入っていたカードには、簡潔な一言が書かれていた。
忙しいので、会えない、と。




