堅物騎士は、突然の出会いに瞠目する!?
コンスタンタンの悩みを聞いて車内の雰囲気が暗くなるのではと思っていたが、リュシアンとロザリーは再び嬉しそうに車窓を眺めていた。
二人の明るさに、コンスタンタンは救われたような気持ちになる。
途中にある街で、休憩を取ることにした。リュシアンとロザリーは、身支度を調えるために貴族女性に貸し出している喫茶店の化粧室へ向かっていった。
待ち合わせは一時間後。その間、コンスタンタンは街をぶらつく。
街は着飾った貴族の男女が行き交っている。近くに別荘街があり、街の財政は潤っているように見えた。
石畳は美しく整備されていて、欠けや陥没などは見受けられない。しばらく進むと、『パッサージュ』と呼ばれている、ガラス屋根で覆われたアーケード街にたどり着く。商店が並び、ガラス張りのショーケースにはドレスや宝飾品が展示されていた。
片田舎の街であるものの、洗練された空気が流れている。賑わうわけだと、コンスタンタンは納得した。
コンスタンタンはある店の前で、対となったぬいぐるみと目が合ってしまう。
それは、ローズレッドのドレスをまとったねこのぬいぐるみと、紺色のエプロンドレスをまとった黒い毛並みのくまのぬいぐるみだった。商品名には『お嬢様と侍女』と書かれている。
あまりにもリュシアンとロザリーにそっくりだったので、コンスタンタンは見入ってしまった。瞳の色まで一緒で、見れば見るほどそっくりなのだ。
二人に買ってあげたら、喜ぶだろうか? そんな考えが脳裏に過る。しかし、ぬいぐるみは子どものおもちゃである。幼稚であると、笑われるかもしれない。それに、買うのも恥ずかしい。
そんなことを考えていたら、店の扉がキイと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ」
白髪頭に口ひげを生やした老人が、ひょっこり顔を覗かせる。驚いて、コンスタンタンの背筋はピンと伸びてしまった。
「そちらのぬいぐるみ、可愛いでしょう? 職人が丁寧に作っていましてね。店頭に飾る度に、売れてしまうのです」
「そうなんだな」
小さな子どもが、お嬢様と侍女ごっこをして遊んでいるらしい。店主らしき老人の話を聞きながら、やはりリュシアンやロザリーには渡せないなと思ってしまう。
「もしや、恋人か、お世話になったお方への贈り物ですかな?」
コンスタンタンはハッと目を見張る。なぜ、わかったのか。尋ねると、にっこり微笑みながら答えた。
「ぬいぐるみを見つめる眼差しが、とても優しそうだったからです。きっと、大切な人に贈ることを考えていらっしゃったのかなと。職人が持ち主が幸せになるよう願いを込めて作ったぬいぐるみです。きっと、お喜びになるでしょう」
「職人の願いはすばらしいものだが、このぬいぐるみは、その、対象年齢は子どもではないのか?」
「いいえ、とんでもない! お子様から、年若い女性、お年を召した女性まで、幅広く喜んでいただいております。女性はいくつになっても、愛らしいぬいぐるみが大好きなのですよ」
「そうか。わかった。だったら、このくまとねこのぬいぐるみをいただこう」
「ありがとうございます!」
コンスタンタンは店内へ誘われる。中にある棚には、百体以上のぬいぐるみが展示されていた。皆、一様にコンスタンタンに視線を向けているような気になる。買ってくれと、強く訴えているようにも見えた。早く抜け出さないと、他のぬいぐるみも買ってしまいそうだ。そんな思いに駆られる、不思議な陳列方法だった。
「包装はいかがなさいますか?」
「時間はどれだけかかる?」
「ふたつで、二十分くらいでしょうか?」
コンスタンタンは懐中時計を取り出し、蓋を開いた。すると、集合時間まで残り十分もない。ここから走らないと、間に合わないだろう。
「お時間がないようでしたら、リボンだけでも付けられますが?」
「時間がないから、そのままでいい」
「かしこまりました」
コンスタンタンは支払いを終え、財布を懐へとしまいこむ。
笑顔でぬいぐるみを差し出された瞬間、コンスタンタンは膝から頽れそうになった。
今から、ぬいぐるみを両脇に抱えて集合場所まで走らないといけない。
非常に恥ずかしいが、躊躇っている時間はなかった。コンスタンタンはぬいぐるみを受け取り、店を出る。
そして、愛らしいぬいぐるみを抱えた状態で、貴族が多く行き来する街を駆け抜けたのだった。
リュシアンとロザリーは、すでに落ち合う場所で待っていた。
「待たせてしまって、すまない」
「いいえ、わたくし達、今来たところですわ」
「そ、そうか。それならば、よかった」
汗が、頬を伝って落ちていく。
リュシアンはハンカチを差し出したが、コンスタンタンの両腕が塞がっているのに気付いて首筋から額を拭ってくれた。全力で走ったので、ずいぶんと汗をかいていたようだ。
「アン、ありがとう」
「いいえ、それよりも、その、そちらのぬいぐるみは?」
「ああ、これは――」
言葉が見つからず、そのままリュシアンにねこのぬいぐるみを差し出した。
続けて、ロザリーにも差し出す。
リュシアンは笑顔でぬいぐるみを抱きしめ、ロザリーはリュシアンの顔を窺いつつ受け取った。
「まあ、愛らしい」
「本当に、可愛いです」
コンスタンタンは肩で息をしながら、ぬいぐるみについて説明する。
「そのぬいぐるみは、二人に、よく似ていて」
「本当ですわ。くまのぬいぐるみは、ロザリーにそっくり!」
「ねこも、アンお嬢様によく似ていますね」
「コンスタンタン様、ありがとうございます。とても、気に入りました」
「私まで、ありがとうございます。宝物にします」
リュシアンとロザリーは喜んでくれたようだ。コンスタンタンはホッと胸をなで下ろす。




