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堅物騎士は、とんでもない計画に巻き込まれる その一

 胸に飛び込んできた女性を、咄嗟に抱き止める。そんな場面を、リュシアンに見られてしまった。

 腕の中に抱いてはいないものの、リュシアンのほうから見たら、密着しているように見えるだろう。


 弾かれたように、コンスタンタンはアンリエットから離れる。

 シンと、その場が静まりかえった。暖炉に火は灯っているのに、冷たい北風がヒュウと通り過ぎているような気がした。


 コンスタンタン・ド・アランブール――二十年生きた中で、五本指に入るほどの危機を迎えていた。

 やましいことなどないので、堂々としていたらいい。分かってはいるものの、心臓は早鐘を打っていた。


 コンスタンタンがリュシアンに声をかけるより先に、アンリエットが口を開くほうが早かった。


「リュシアン様、違うんです! 私のほうから抱きついたのではなく、その……」


 何が「違う」のか。コンスタンタンは目眩を覚えた。明らかに、コンスタンタンの胸へ飛び込んできたのはアンリエットのほうだった。


 彼女の言い方では、まるでコンスタンタンのほうから抱きついてきたように聞こえる。

 リュシアンは眉をひそめ、首を傾げていた。


「アン、私は――」

「アランブール卿には、責任・・を、取っていただこうかなと」

「は?」


 いったい何を言い出すのか。信じがたい気持ちで、コンスタンタンはアンリエットのほうを見る。


「フルニエ、男爵令嬢、ですよね?」

「アランブール卿、私のことを、やはり、目を付けていたのね」

「……」


 呆れて、物も言えなくなる。よくも、これだけポンポンと言葉が出てくるものだと、逆に感心してしまった。


 フルニエ男爵家は五年前に爵位を得た新興貴族で、国内でも指折りの宝石商である。フルニエ男爵家が旧国王派であることは、先日調べが付いていた。そのため、家名を記憶していたのだ。アンリエット本人については、まったく知らなかった。


「私は、王の菜園を守護する、歴史あるアランブール家の方に挨拶しようと思っていただけなのに、まさか、ひと目見ただけで、この私を抱きしめるなんて……。もう、他の家には嫁げないわ!」


 演技がかった物言いで、アンリエットは言い切った。これが舞台の上ならば、迫真の演技に拍手していただろう。

 しかしここは、舞台の上ではない、現実世界だ。


「少し、落ち着いてほしい」

「落ち着いていられますか! 貞操の危機だったかもしれないのに!」


 いったいなぜ、このような行動と言動に出たのか。理解に苦しむ。

 まずは、誤解を解かなければならない。


「私は――」

「誤解ではないのですか?」


 リュシアンは眉尻を下げ、アンリエットに問いかける。


「ご、誤解って、どういうこと?」

「ですから、コンスタンタン様がアンリエット様を私情で抱きしめたというのは、勘違いではないかと、お聞きしたかったのです」

「か、勘違いではないわ。アランブール卿は、私を執務室に招き入れ、突然抱きしめてきたの」

「誤解でしょう」


 リュシアンはきっぱりと、言い切った。


「み、見ていないのに、なぜ、言い切るの?」

「コンスタンタン様は、見境なく誰かを抱擁するような御方ではございませんので」


 リュシアンは一歩、一歩とアンリエットに近づく。一方で、アンリエットはじりじりと後退していた。


「あ、あなた、婚約者の移り気を認めたくなくて、そのようなことを言っているのでは?」

「いいえ、ありえません。コンスタンタン様は、そのような裏切りの行為など、絶対に、なさいませんので」


 アンリエットは後退した挙げ句、壁にぶつかってしまう。


「うっ!」


 リュシアンの表情は見えないが、背中から怒りが滲み出ているように見えた。


「わたくし、見たのです」

「な、何を、見たのよ?」

「ここの建物に入る前に、あなたと侍女が何やら相談をしているところを」

「そ、それが、どうしたの?」

「そっと接近し、建物の陰に身を隠して、お話を窺いました。さすれば、あなた方は、コンスタンタン様を、誘惑する、失敗したら周囲の人達を騙してでも、アランブール伯爵家の妻の座に納まる、という旨のお話を、されていました」

「ぬ、盗み聞きをするなんて、礼儀違反よ!」

「他人を陥れようと画策するお話だとしても?」


 言い返す言葉が見つからなかったのか、アンリエットは悔しそうにしていた。


「先ほど、あなたの侍女に声をかけたら、逃げて行かれたようです」

「え、ちょっとヤダ!」


 扉の向こうに侍女はもういない。その事実に焦ったのか、アンリエットは走って逃げて行こうとする。が、リュシアンは逃がさなかった。


「ちょっと、何をするの!?」

「約束していただけます? もう、このような愚かな行為は働かないと」

「な、なんで私が悪いことをしたみたいに言うの!?」


 リュシアンは問いかけには答えず、ジッと強い眼差しをアンリエットに向けるばかりであった。

 アンリエットは顔色を青くし、唇を強く噛みしめる。


「放して!」


 リュシアンの手を振り払い、今度こそ執務室から駆けて行く。扉はバタンと大きな音を立てて、閉ざされた。

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