堅物騎士は、とんでもない計画に巻き込まれる その二
呆気にとられそうになったが、すぐにハッと我に返る。
振り返ってリュシアンのほうを見ると、顔を真っ赤に染め、眦に涙を溜めていた。
コンスタンタンはリュシアンのもとへ駆け寄り、肩をぎゅっと抱きしめる。
「アン、すまなかった。私が、不甲斐ないばかりに」
「い、いいえ。コンスタンタン様は、何も、悪くありません」
怖かったのだろう。リュシアンはコンスタンタンにすがり、ぶるぶると震えている。
落ち着くように、背中を撫でてやることしかできない自分を、情けなく思う。
リュシアンの震えが治まったら、横抱きにして執務用の椅子に座らせた。ここはコンスタンタンが書類仕事をするだけの部屋なので、椅子が一つしかないのだ。
「あ、あの、わたくし、ここに座るわけには」
「いいから、座っておくんだ」
「はい」
コンスタンタンはリュシアンの前に片膝を突き、膝の上にあった彼女の手を包み込むように握った。
「アン、ありがとう。来てくれたのがアンでなく、フルニエ男爵家の侍女だったら、大変な事態になっていた」
「ええ。本当に、よかったです」
アンリエットと侍女が二人がかりでコンスタンタンが抱きついてきたと訴えた場合、それが嘘であると証明するのは難しかっただろう。やっていない行為に対しての、証拠はどこにもないから。
「それにしても、私が本当に女性を執務室へ招き入れたとは、思わなかったのか?」
「いいえ、そのようなことは、まったく」
「そうか」
彼女の信頼に対して、自分は何を返せるだろうか? コンスタンタンは考える。
それは同じ分だけ、誠実であるしかない。
「しかし、よく不審な行動に気付いたな」
「アンリエット様は、お茶会のときから、コンスタンタン様を気になさっていました」
「私を?」
「はい。今日はいないのかとか、巡回する騎士の中にいるのかとか」
聞かれた当初、どうしてそんなにコンスタンタンを気にするのか、リュシアンはピンときていなかったらしい。しかし、アンリエットと侍女の画策を耳にした瞬間、気付いたという。
「ソレーユさんの首席侍女の座を、狙っていたのだと思います」
「ああ、そういうことか」
ソレーユは王の菜園に離宮を造り、生活の拠点とする。その中で、王の菜園を管理・守護するアランブール伯爵家の婚約者の座を射止めた者が、首席侍女になるのだと結び付けたのだろう。
「なんて、愚かなことを……」
「本当に、驚きました」
互いに言葉をなくし、そっとため息をつく。
「これから、気を付けなければならないな。私だけでなく、父上も」
「そうですね」
声に覇気がない。先ほど、アンリエットの言い分に毅然と返した女性と同一人物とは思えなかった。
おそらく、今回の事態は自分のせいだと、責めているのだろう。
「アン、人の欲は、どこまでも深く、限りない。支配された者は、私達が到底理解できないような愚かな行動に出る。善の力で、防ごうと思っても、難しいことだ」
リュシアンの瞳が、どんどん潤んでいく。パチパチと瞬きをした瞬間、涙がポロリと零れる。
暗にリュシアンのせいではないと言ったつもりだったが、逆に泣かせてしまった。
コンスタンタンは立ち上がって手で拭おうとしたが、毎日剣を握る手はガサガサしている。リュシアンの柔らかく、薄い皮膚に包まれたまろやかな頬を傷つけてしまいそうだった。
ハンカチを取り出して、そっと拭ってやる。
「ごめんなさい……コンスタンタン様、ごめんなさい」
どうか、謝らないでほしい。それよりも、リュシアンの苦しみを、分かち合いたい。
コンスタンタンは抱きしめたリュシアンの耳元で、そっと呟いた。
◇◇◇
――女難に注意。コンスタンタンは父グレゴワールにも、伝えておく。
「いや、なんというか、恐ろしいな」
「どのような手を使っても、首席侍女の座を手に入れたかったのでしょう」
「私は、どうしようか……」
「常に、従僕を連れていればいいのでは? 私もなるべく、一人になるのは必要最低限にします」
「それがいい」
グレゴワールは「男の恋人でも雇おうか……」と呟いていた。女性に興味がないと思わせるのも、一つの手段だろう。
「しかし、私のような枯れた中年の元に、色仕掛けでどうにかしようと考える女性が現れるのだろうか?」
「社交界では、父上と同じくらいの男性でも、若い女性を愛人として引き連れていますよ」
「元気だな……。私は、妻との楽しかった思い出だけで、お腹がいっぱいだよ」
「それを聞いて安心しました」
とりあえず、注意はしておいた。だが、周到に練られた作戦に巻き込まれた場合、防ぎようがないだろう。そういうときはもう、厄災扱いにしていいのかもしれない。
「よし!!」
グレゴワールは突然、ポン! と手を叩く。
「父上、男の恋人を雇う以外で、いい着想が浮かんだのですか?」
「いや、男の恋人作戦は忘れてくれ」
「では、どうしたのですか?」
「コンスタンタン、リュシアンさんと、旅行に行ってきなさい。しばらくの間、王の菜園の隊長職は、私が務めておこうではないか!」
突然の提案に、コンスタンタンは目を丸くした。




