堅物騎士は、後始末に追われる
王の菜園は、瞬く間に炎の中に呑まれた。
コンスタンタンは絶望の淵に立たされたが、ぼんやりしている暇はない。このままでは畑だけでなく、建物までも焼き尽くしてしまうだろう。
王太子の近衛部隊を中心に、消火活動が始まる。湖から水を運び、風で巻き上げられる炎にかけた。
しかし、火の手はなかなか収まらない。どうすればいいのか。そう思っていた最中に、援軍が現れる。ドニ率いる、ドラン商会の勇士だった。
消火活動から一時間後に、やっと消防団が現れた。炎の勢いは、だんだんと収まっていく。
鎮火したのは、明け方だった。
真っ黒になった畑を見て、コンスタンタンは信じられない気持ちになる。どうしてこうなってしまったのか。その問いかけに答えられるものはいないだろう。
部下から、軽傷者は何名かいるものの、大きな怪我をした者はいなかったと聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
ゆっくり休むように命じ、解散を言い渡した。
息つく間もなく、コンスタンタンは王太子の近衛部隊に報告に行った。
リュシアンが喫茶店を作るために整理していた建物を、対策本部にしているのだ。
そこには、王太子がいた。驚くべきことに、消火活動に参加していたようで、全身煤だらけだった。
コンスタンタンを見て、安堵の笑みを浮かべる。
「コンスタンタン、大変だったな」
「いえ、私はぜんぜん。それよりも、殿下のほうこそ……」
「私は大丈夫だ。アランブール伯爵邸が襲撃を受けたという話を聞いていたが?」
「なんとか、父もリュシアンも、無事で」
「そうか。それは何よりだ」
王太子は人払いをし、コンスタンタンと二人きりとなる。どうやら、今回の騒動の犯人を捕獲した件について、詳しく話してくれるようだ。
「下町の者達を煽動していた者は、王女と駆け落ちした騎士だったらしい」
「なっ……!?」
王太子と結婚する予定だったエステル王女は、国外逃亡を試みていた。
あと少しで外国行きの船に乗れる。そのタイミングで、捕獲したのだ。
「シルヴァンがね、執念で見つけてくれたようでね」
「ああ、彼が――」
王女の身代わりとしてやってきた少年シルヴァンは、「王女と同じ顔をしている自分が捜索に参加したら、見つけやすいだろう」、と言って国を飛び出していった。
宣言通り、エステル王女の発見に至ったらしい。
「エステル王女は捕まえたものの、騎士を取り逃がしてしまってね」
捜索を続けてたようだが、騎士は意外な場所で発見された。それは、王都の下町だった。
「騎士も、シルヴァンが捕まえたんだよ。大した少年だ」
「そう、だったのですね」
下町の者を唆し、国の情勢を悪くさせる。貴族と市民の間で内戦が始まれば、結婚どころではなくなるだろう。
「上手く市民を煽動し、王政崩壊まで導けたら、今度は隣国が攻め入る隙ができる」
「征服も視野に入れていたと」
「だろうね。それで手柄を立てて、エステル王女との結婚を認めてもらおうという算段だったらしい」
コンスタンタンは頭を抱え、深いため息をつく。
たった一人の男の野望のせいで、甚大な被害を出してしまった。
「騎士の男は、祖国からも切って捨てられたようだ。明日、処刑となるだろう」
事件は解決したが、根本的な問題は残っている。下町の者達と貴族の間にできた溝は、なかなか埋まらない。
「ここだけの話なのだが――国王陛下には、今回の騒動の責任を取って、退位をしてもらう予定だ」
枢密院を召集し、国王の退位について議題に出したところ、九割の賛成を得たという。
王太子は長い時間をかけ、少しずつ少しずつ、支持する者達を増やしていたようだ。
「そうでしたか。おめでとうございます。ようやく、ですね」
「ああ。ありがとう、コンスタンタン」
めでたい話はそれだけではないという。隣国の王女エステルとの婚姻話も解消されたと。
「即位する前に、結婚することになるだろう」
「あの――お相手は?」
「ソレーユしかいないだろう?」
通常、王族の結婚は同等の身分でないと許されない。以前までの婚約は同じ年頃の王族が他国にいなかったため、相応しい相手が見つかるまでの期間限定で、暫定的に結ばれていたのだ。
「しかし、彼女以上に、私の妻としてふさわしい女性はいない。何があっても、今度は守るつもりだ」
ソレーユは現在、社交界の女性を束ね、被害に遭った下町の者達の支援活動をしているという。
国民のために働く彼女を、悪く言う者はいないだろう。
「と、報告は以上だ。引き留めてすまなかった。早く、家族と婚約者に顔を見せてやってくれ」
「はっ」
コンスタンタンは一礼し、王太子の前から去る。
速歩で、自宅へと戻ろうとしたが――王の菜園にぽつんと立つ女性の姿を発見した。
リュシアンとロザリーだった。
「アン!」
リュシアンの名を叫ぶと、彼女は振り返る。
コンスタンタンの姿に気付くと、駆け寄ってきた。
「コンスタンタン様っ!」
そのまま、抱き合う形となる。
「アン、よかった、無事で」
「コンスタンタン様のほうこそ、ご無事で」
震えるリュシアンを、コンスタンタンはぎゅっと抱きしめる。
「怖かっただろう」
「――っ、はい」
「よく、耐えてくれた。アンは、私の誇りだ」
一度離れ、リュシアンの顔を覗き込む。
ポロポロと、真珠のような涙を流していた。
手を握り、再会できた喜びを分かち合う。
リュシアンはコンスタンタン同様、薄汚れた姿だった。消火活動に参加していたからだろう。
けれどそんなリュシアンの姿を、コンスタンタンは世界一美しいと思ってしまった。




