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SKY  作者: RUI


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Sky9-前線の朝と引かれた線-




 北方第七基地・食堂。


 朝のラッシュは、とにかく騒がしい。


トレイを持った兵士たちが列を作り、湯気の立つスープとパン、栄養価だけを優先したようなソーセージが容赦なく配られていく。


「今日も見事に茶色いな……」


トレイを受け取りながら、セリが小さくぼやいた。


「贅沢言わない。前線の缶詰よりマシだよ」


あすみは、隣の鍋からスープをなみなみとよそいながら笑う。


「お!Sランクさん、おはよう」


奥のテーブルから、整備服の袖をまくった青年が手を振った。


ラルフ・ハグナー一等兵。

その隣で、口の端にパンくずをつけたまま新聞端末を読んでいるのが、ジン・ハーヴィー伍長だ。


「……階級で呼べ、階級で。」


ラルフが声を落として、ジンに話しかける


「いやだって、俺たちのところに来るパイロット、だいたいB、まれにA。」


「適性値は関係ないんだろ」


ジンが端末から目を離さずに突っ込む。


「おはようございます、ラルフさん、ジン伍長」


あすみがトレイを持って近づくと、向かいの席をぱっと空けてくれた。


少し遅れて、セリも座る。


「今日も格納庫、忙しいんですか?」


「まあな。昨日の地上戦で、SKYの足回りが軋んでる。グレン中尉の機体なんて、もうちょっとで膝からいきそうだったぞ」


「だから俺が戻れって言ったのに、あの人聞かないからなぁ……」


セリが肩をすくめながら言う。


「パイロットってのはなぁ、機体を自分の足だと思ってるからな。限界ギリギリまで使うのが仕事だと思ってる」


「ジン伍長、そう言うと整備側の愚痴にしか聞こえません」


「事実だからな?」


ラルフが吹き出しそうになりながらスープを飲み込む。


少し離れたテーブルでは、機動歩兵部隊のマルコ伍長が声を張り上げていた。


「聞いたか? 昨日の避難集落の件。俺たちが到着する前に、SKYがシールド張ってなかったら、隊ごと持ってかれてたぞ」


「マルコ、声でかい」


「いいじゃねぇか、たまには褒めてやらねぇとよ。北方の連中、どうせ『雪かきばっかり』だって馬鹿にされてんだから」


「雪かきは大事な任務です」


真顔で返したのは、管制担当のリーサ軍曹だった。

 身長は小さいのに声だけは大きい。


「雪が詰まったらアンテナ死ぬんですよ? アンテナ死んだら、あなた達の居場所も分からなくなるんですよ?」


「はいはい、リーサの説教タイム入りましたー」


マルコたちの笑い声と、食器の触れ合う音と、スープの匂い。


(……なんか、“普通”だな)


あすみは、手元のパンをちぎりながら、ふとそんなことを思った。


帝国との境界線のすぐそば。

地図で見たら、“前線”の文字が一番近くに置かれる場所。


それでも、ここには普通に腹を減らす人たちがいて、文句を言いながら働いて、笑っている。


(守ってるの、こういう場所なんだな)


昨日の黒い跡が、胸の奥で小さく疼いた。



ブザーが鳴ったのは、朝食が終わる少し前だった。


《全SKYパイロットおよび機動歩兵部隊、至急ブリーフィングルームへ。繰り返す——》


低い警報音が、食堂の空気を一瞬で変える。


「……おいおい、食後すぐは勘弁してくれ」


マルコが立ち上がりながらぼやく。


「ほら、言ってるそばからこれですよ」


リーサがスープを一息で飲み干し、トレイを片付けながら走っていく。


「行くぞ」


セリが立ち上がる。あすみも頷いた。


ラルフとジンは、目だけで「気をつけろよ」と伝えてくる。



ブリーフィングルームのスクリーンには、衛星からの映像が映し出されていた。


白い地図の上に、赤いマーカーがじわじわと増えている。


「帝国側からの部隊接近を確認」


作戦担当将校が、指揮棒で座標を示す。


「規模は……今までの“嫌がらせ”より一段階上だな」


後ろの方で、誰かが小さく口笛を吹いた。


「機甲部隊を伴っている。こちら側に向けて布陣していることから、偵察というより“試し叩き”と判断する」


将校が言い終わる前に、背後の扉が開いた。


「続けて〜」


気のない声とともに入ってきたのは、ハイルトン・グレイ大佐だった。


第一ボタンの開いた軍服。無精髭。いつも通り。


だが、目だけはスクリーンの情報を舐めるように追っている。


「基地本体が標的か?」


「いえ、司令。進行方向と射程から見て、第一目標は補給拠点E-7、その背後にある避難集落#3と推測されます」


「……“前座”にしては、いやらしいところを突いてくるな」


ハイルトンは、顎に手を当てて少しだけ考え込む。


その沈黙は、いつものだらしなさとは違っていた。


「SKY部隊、三機。地上に機動歩兵一個中隊。砲撃支援は?」


「長距離砲一門、中距離二門、運用可能です。ただし弾数に制限が」


「弾は後で補充すりゃいい。人間は補充が利かない」


淡々と叩き切る。


「いいか」


ハイルトンは、顔を上げて部屋全体を見渡した。


「敵の狙いは、基地を削ってくることじゃない。“北は守りが薄い”っていう実績を作ることだ。ここを抜かれたら、地図の上の線が一気にズレる」


スクリーン上の線が、一つずれるだけで——その先にどれだけの町と人間がぶら下がっているか。 


「だからラインを決める。ここだ」


指揮棒が、簡易マップの上を滑り、座標をなぞる。


「E-5からG-6まで。そこを、絶対に抜かせるな」


その線の少し後ろに、小さく補給拠点と避難集落のマークが見える。


「SKYはそのラインの“壁”だ。地上部隊は、その壁の影に入って働け。砲撃支援は——」


「座標D-4からF-6の間、敵が踏み込んだら即射撃可能にします」


作戦担当将校がすぐに答える。


「よし。……今日のテーマは“撤退させる”だ。殲滅にこだわるな」


「それと、ここは中立国じゃない。“正面の戦場”だ。SKY出せるうちに、ちゃんと結果出しとけ」


ハイルトンは、ほんの少しだけ声を和らげて言った。


「ここを、“墓場”にするつもりはない。以上」


軽いようでいて、どこか刺さる締め方だった。


「SKY部隊、アルファ1〜3、十五分後発進準備。解散」



格納庫へ向かう通路を歩きながら、セリが小さく笑った。


「ね、言ったろ」


「何が?」


「あの人、やる時はやるって」


あすみは、さっきのハイルトンの横顔を思い出す。


だるそうな姿勢のまま、地図と部隊と“線”を一瞬で組み上げる目。


(……やる時は、やるんだな)


「お前も、やる時はやる顔してるけどな」


後ろからグレン中尉が追いついてきた。


「昨日の地上戦、悪くなかったぞ。初陣にしては上出来だ」


「ありがとうございます」


「ただ、今日の敵は昨日と違う。“守れた”経験に酔うなよ。守りきれない現場なんて、この先いくらでも出てくる」


言葉だけ聞けば厳しいが、声のトーンは静かだ。


「……はい」


「オルディアの兄妹、気になるか?」


唐突な問いに、あすみは一瞬だけ足を止めた。


「……正直、はい」


「だったら、今日もちゃんとラインを守れ。それで十分だ」


グレン中尉は、それ以上深く踏み込まなかった。


「行くぞ。空が荒れる」


格納庫の扉が開き、白銀のSKYたちが、静かに戦場を待っていた。



コクピットの中は、いつもの匂いがした。


金属とオイルと、微かに残る洗剤の匂い。


《アルファ2、心拍安定。スーツの締め付け問題なし》


「古賀、聞こえるか?」


《グレン中尉、聞こえてます》


《大丈夫か?》


《昨日よりは》


短い返事に、グレンが鼻を鳴らす気配がした。


《セリ、お前はどうだ》


《俺はいつでも完璧でーす》


《そうかそうか》


ハイルトンの声が、回線に割り込んできた。


《北方第七基地司令、ハイルトン・グレイだ。これより、基地防衛戦を開始する》


その声は、さっきのブリーフィングより少しだけ低かった。


《繰り返す。ラインはE-5からG-6。そこを抜かれたら、後ろにいる連中がまとめて死ぬ。だからと言って、お前らまで一緒に死ぬ必要はない》


モニターの端に、避難集落と補給拠点の小さなマークが点滅する。


《“届くところ”まででいい。“届くところ”は、絶対に手を離すな》


昨日の言葉が、少しだけ形を変えて戻ってくる。


《以上。アルファ1〜3、発進を許可する》


「——アルファ2、古賀あすみ。行きます」


スロットルを押し込む。


SKYは雪原を蹴り、低空飛行で戦場へ向かっていった。


(ここからが、本当に“こっち側”なんだろうな)


 


そんな予感だけが、胸の奥で静かに灯っていた。





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