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SKY  作者: RUI


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59/70

Sky59-基準の先の死-

 


 翌日も任務は通常通りに進む。連日の出撃にあすみ達パイロットにも疲労が溜まっていた。


 ブリーフィングルームの床は硬く、椅子の脚が触れるたび、短い擦過音が鳴った。

 音が鳴るのは最初だけで、全員が座り直すと、空調の風と端末のタップ音しか残らない。


 正面の壁一面に、戦域図が投影されている。線と帯と点。地名は出ない。人の形も出ない。

 赤い点だけが、帯の外から内へ滑り込んでくる。


 ヘイル大尉は前に立ったまま、端末を親指で送った。声は一定で抑揚がなく、視線は画面から外れない。


「迎撃。帝国軍SKY編隊、侵入。規模は中。侵入線はここ」


 赤い線が強調され、点の群れがその方向へ寄る。


「高度帯は三。上は味方が通る。下は味方の射線が通る。ここから動くな。落ちるな」


 誰かが息を呑む音が、喉の奥で鳴った。すぐに飲み込まれ、消える。


「線の内側で塞ぐ。追撃は不要。逸脱は報告対象」


 ヘイル大尉は言い切ると、指先で次のページへ送った。そこには、同じ帯と、同じ線が並んでいるだけだ。


 あすみは膝の上の端末に手を置いたまま、息を一つ入れた。

 胸の内側が早くなる。早くなるだけで、顔は変えない。


「確認、よろしいですか」


 ヘイル大尉の目だけが、あすみに向く。


「言え」


 あすみは言葉を選ぶ。短く切りすぎない。けれど余計に引き延ばさない。


「昨日のは、私だから通っただけです。あれを基準にしたら、誰かが堕ちます。」


 室内の空気が、少しだけ固くなる。


 トムが眼鏡の位置を直した。笑いはない。視線が柔らかいのに、逃げない。

 セリは腕を組んだまま、画面を見ている。あすみを見ない。けれど、耳は受け取っている。


 ヘイル大尉は端末を一度だけスクロールした。


「偶然でも、結果が出れば運用だ。逸脱は記録に残す。記録は数字になる」


 数字、という言葉が冷たい。

 あすみは続けない。ここで続ければ議論になり、議論になれば出撃が遅れる。


 リオが机に手を置いたまま、口を開く、静かだが声は低い。

「RedRoseと同じことを、俺らにやれって言うんですか」


 ヘイルは目だけをリオに向ける。

「そうだ。そのためのRedRoseのデータで、そのための、お前たち第0試験飛行隊だ」


 一拍。


 リオの喉が動く。


「……俺ら、使い捨てかよ」


 室内の誰も笑わない。ブリーフィングルームに沈黙が落ちる。


 ヘイルは否定しない。リオから目を逸らさず、ゆっくりと口を開いた。


「違う。検証だ」


 ヘイル大尉が端末を閉じる。


「出撃準備。解散」


 椅子が引かれる音が、ばらばらに鳴った。誰も言葉を交わさないまま、廊下へ流れていく。


 ⸻


 廊下は明るく、足音が戻ってくる。西方本部の床は、歩く音を隠してくれない。


 セリが隣に並んだ。肩が近いのに、寄りかからない距離だ。視線は前のまま、声だけが横へ落ちる。


「あすみ。今のは、言ってよかった」


 褒める声じゃない。受領の声だ。


「止まらないと思った」


「止まらない」


 セリは即答して、息を継ぐ。


「だから言う意味がある。言葉にしないと、残らない」


 少し遅れて、トムが追いつく。歩き方が軽い。軽いのに、乱れない。


「リオも言ってくれた」

「慣れると、出来た気になるんだ。でも、僕達は…」


 トムはそう言って、眼鏡越しにあすみを見た。


「使われっぱなしは嫌だよね」


 あすみは頷く。


「うん」


 それ以上、続けない。続ける必要がない、という顔をトムもする。


 ⸻


 格納庫に入ると、匂いが変わる。油と金属と、冷却材の甘い匂い。工具が何かに触れる乾いた音。遠くで台車のゴムが鳴る。


 整備灯の下に、SKYが立っている。人の形に近い輪郭。腕、脚、背の推進ユニット。表面装甲に擦り傷が残り、つやのない灰色が灯に照らされる。


 REDROSEの機体の腰回りに、整備士が潜り込んでいた。端末を覗き込み、配線を指で撫でる。指の動きが早い。


「反応、上限」


 整備士は顔を上げずに言う。


「上げるなら一気に。戻りで無理するな」


 あすみは頷いた。


「了解しました」


 ヘルメットを被る。内側の布が額に触れる。喉が乾く。

 グローブの中で、指先が冷える。冷えるだけで、震えない。


 隣の区画でセリが機体に上がる。足場の金属が鳴る。

 顎紐の金具が噛み合う音が一度鳴って、止まる。


 セリが無線のテストをしてから、あすみに声を向けた。低い声。切らない。


「あすみ。危ないと感じたら言え。俺が間に入る」


 止めない。奪わない。

 ただ、線を割らせない言い方だ。


「うん」


 少し離れたところで、トムがグローブの指を一本ずつ押し込む。指先が一瞬もたつく。すぐに戻る。

 その“すぐ”が、トムの癖だ。


「同じで行く?」


 あすみは、短く頷く。


「同じ。線の内側」


「了解」


 搭乗ハッチが閉まり、外の音が薄くなる。代わりに、内部の機械音が増える。冷却の風。姿勢制御の低い唸り。計器の小さな電子音。


『スクランブル。迎撃。第0小隊、発進許可』


 カタパルトの衝撃が背中から来た。

 重みが胸を押し、息が一瞬潰れる。あすみは口から細く吐いて、視界の端の滲みを追い出す。


 空が開く。

 雲の下は暗い。暗い中で、HUDだけが明るい。


『高度帯三維持。上は味方、下は射線。繰り返す、高度帯三維持』


 管制の声は平坦で、言葉が短い。短いまま、空を区切る。


 HUDの赤い点が増える。点は群れになって動く。

 あすみは帯の中に姿勢を押し込む。脚の噴射を少し噴かし、腰を起こす。推進の振動が背中へ伝わる。


「下、三」


 トムの声。


「了解」


 あすみは腕を前へ出し、照準を点に合わせる。

 ロック音。

 引き金。

 赤い点が消える。


 消え方が速い。

 背中が一瞬、跳ねる。跳ねたあとに、次の点が来る。


『デルタ、ブロック二交戦中。上に抜けるな!』


 別の編隊の声が割り込む。


『落ちるな! 下は射線だ!』


 叫びが混ざる。叫びは説明じゃない。位置を守るための声だ。


 あすみは帯の中で身体を回す。腰を捻り、脚の噴射で角度を作る。

 重みが肩と首に乗り、歯を噛む。吐いて、視界を保つ。


「下、三」


 トムの声がもう一度入る。


 言葉は同じ。

 けれど、最初の音が遅い。息が混じっている。押し出している声だ。


 あすみの背中が冷えた。


「トム、高さは崩さないで。上げるのは抜ける瞬間だけ」


 返事が来ない。


 無線に硬い音が混じった。短い衝撃。続けて擦れる音。

 音の種類だけで分かる。外側で金属が鳴っている。


『BLUE2、速度低下。降下率、増。高度帯三、維持しろ』


 管制は原因を言わない。数字だけを読む。


『BLUE2、被弾! 背中側、火花!』


 別の機の声が割り込む。言葉が荒い。息が切れている。


『落ちるな! 下の射線に入るぞ!』


 また叫びが入る。


 HUDの端で、トムの機体の表示が帯の下端へ寄る。

 数字が削れていく。高度。速度。降下率だけが増える。


「……当たった」


 トムの声が入る。短い。


「操縦は」


 一拍。


「……重い」


『トム、高度帯二に入るな。そこは味方の射線だ。戻せ、戻せ』


 あすみは自分の機体を帯の中へ押し戻した。脚の噴射を噴かし、腰を起こす。戻れる。戻した。

 自分の数字は帯の内側に留まる。


 トムの数字は戻らない。

 帯の境目で揺れて、揺れたまま沈む。


「トム、上げて」


 返事がない。


 無線が一瞬、薄くなる。

 そして、かすれた声が入る。


「……いける」


 言葉の端が欠けている。


 そこへセリの声が入った。低い声。切らない声。


「あすみ、落ちたら下の射線に入る。お前は高さを守れ、俺はトムを見る」


 セリの声が切れたあと、無線の隙間に別の音が入り込んだ。管制の更新、別編隊の叫び、警告音。重なって、どれも最後まで聞こえない。


 あすみは息を短く吐いた。歯を噛み、視界の明るさを保つ。

 HUDの帯の中に自分の表示を押し込む。脚の噴射を小さく噴かし、腰を起こす。機体が少しだけ上を向き、帯の中央に戻る。


 その動きは手順だ。昨日もやった。今日もできる。


 リオが息を吸う。

「トム、昨日のREDROSEの角度だろ、それ!」


 ユイの声が被る。

「出力足りない、同じ値でやらないで」


 セリが一段低く言う。


「戻せ、トム。お前はあすみじゃない!」


 一拍。


 トムの声。


「ログ通りだ。……行ける。」

「僕は…僕は使い捨てじゃない!」


 機体が、さらに踏み込む。昨日と同じ角度。昨日と同じ降下率。


 だが、出力の数値だけが届かない。トムの表示は戻らない。


 帯の下端で揺れたまま、数字が削れていく。高度が落ちる。速度が落ちる。降下率だけが増える。

 落ち方が一定じゃない。沈んで、止まって、また沈む。何かが引っかかっているみたいに、乱れる。


『BLUE2、応答。高度帯二に入るな。戻せ』


 管制の声が繰り返される。繰り返されるだけで、何も変わらない。


『トム。背中側、火花! 推進、片側抜けてる!』


 マックスの機の声が割り込む。息が荒い。叫びに近い。


 推進が片側抜ける。

 その言葉だけで、あすみの喉が固くなる。


 トムの声が入った。


「……重い」


 短い。短いのに、次が来ない。

 あすみは指先を握り直した。グローブの中で、冷えた指がきしむ。


「トム、腕は動く」


 一拍。


 返事が薄い。


「……動く」


 言葉の端が欠ける。音量が下がったわけじゃない。息が足りていない。


『落ちるな! 下は射線だ!』


 マックスの叫びがまた入る。

 叫びは、空の区画の話しかしていない。人の話をする余地がない。


 あすみは帯の中で照準を取り直した。

 赤い点がまだ残っている。点が残っている限り、帯を守るだけでは終われない。


 セリが別回線で、管制へ短く言った。


『ALPHA2、BLUE2に寄ります。高度帯三、維持したまま側面へ』


 管制が即座に返す。


『許可。高度帯三維持。射線注意』


 許可という言葉が出ても、空の中では状況が変わらない。

 変わるのは動く順番だけだ。


 あすみは帯の内側で機体をひねり、赤い点へ向けた。腕を伸ばして照準を合わせる。

 引き金。点が消える。


 消えた瞬間、背中が一度だけ跳ねた。

 跳ねたあとに、トムの表示がさらに沈む。


『BLUE2、降下率増。高度帯二に入るな。繰り返す、入るな』


 管制の声が少し早くなる。早くなるのは声じゃなく、更新の間隔だ。数字が詰まっていく。


 セリの声が入る。低い。近い。あすみの耳の奥に残る。


「あすみ、高さは守れ。ここで落ちたら、下の射線に入る」


 さっきの一文の続きみたいに、現実だけが足される。


「トム、聞こえるなら、いまの状態を言え」


 セリの問いに、トムはすぐ返さない。

 返さない代わりに、無線に擦れる音が入る。金属が引きずられるような、短い音。


「……脚が」


 そこまで言って、途切れた。


 あすみは帯の中で機体を回した。視界の端に、トムの機体が一瞬だけ見えた。

 人の形が、まっすぐ立てていない。片脚が遅れてついてくる。背中の推進が片側だけ不規則に噴いている。

 噴いた瞬間に姿勢がねじれ、噴かない瞬間に沈む。


『BLUE2、姿勢乱れ。高度帯二、侵入まで——距離——』


 更新が途中で切れる。別の声が被さる。


『射線、射線! 高度帯二に落ちたら撃たれる!』


 その言い方が、怒鳴り声に近い。


 あすみは喉の奥で息を飲んだ。飲んだだけで、声は出さない。

 声を出した瞬間、帯の中の照準が揺れる。


 赤い点がまだ二つ残っている。

 残っているから、手を止められない。


 引き金。ひとつ消える。


 次の点へ移る。

 移った瞬間、トムの表示が帯の境目を割った。


『BLUE2、高度帯二、侵入』


 管制が言う。

 原因じゃない。結果だ。


 次の瞬間、無線が騒がしくなる。


『下にいる機、射線クリアしろ! 落ちてきてる!』

『BLUE2、上げろ! 上げろ!』

『回避! 回避!』


 声が多すぎて、どれも最後まで聞こえない。


 あすみの視界の端で、トムの機体が一度だけ大きく傾いた。

 片側の推進が噴き、姿勢を戻す前に噴き切る。戻らないまま、さらに沈む。


 セリが叫ばない声で、はっきり言った。


「トム、噴射を切れ。姿勢を戻してから、短く噴け」


 指示は具体だ。切らない。短くもしない。

 でも返事がない。


 返事の代わりに、無線に短い衝撃音が入った。

 硬い音。次に、ガラスが砕けるみたいな音。


 あすみの身体が一瞬震えた。

 震えたのは怖さからじゃない。音が近いからだ。


『BLUE2、応答途絶』


 管制の声が入る。平坦だ。

 平坦なまま言う言葉が、冷たく刺さる。


 あすみは帯の内側で息を吐いた。吐いたのに、胸が軽くならない。

 赤い点がまだ一つ残っている。残っている。残っている。


 セリが短く言う。


「あすみ、最後を落とせ。線を守る」


 あすみは頷く代わりに、照準を合わせた。

 引き金。点が消える。


 点が消えた瞬間、耳の奥が鳴った。

 鳴ったあとに、静かになる。静かになるのは無線じゃない。あすみの頭の中だ。


『侵入阻止。高度帯三、維持。帰投指示』


 管制が言う。

 指示は続く。続いてしまう。


 あすみは帯の中で姿勢を戻した。戻せる。戻した。

 戻したまま、HUDの端を見続ける。


 BLUE2の表示がない。

 呼称だけが残って、位置が更新されない。


 マックスとリサが無線越しにトムの名前を叫んだ。

 『トム!返事しろ!』

 『トム!』


 その瞬間、セリの声が入る。低い。あすみの耳の奥に残る。


「あすみ。いまは戻る。……戻ってから探す」


 “探す”という言葉が、あすみの喉の奥に引っかかった。

 返事は出ない。出さない。出せない。


 ⸻


 格納庫に戻ると、音が戻ってきた。台車のゴムの鳴り。工具の金属音。整備灯の唸り。

 帰ってきたのに、戻った気がしない。


 搭乗ハッチが開く。外気が入る。油と金属の匂いが濃い。

 あすみは足場に片足を出し、もう片足を出す。脚が床に触れる。触れたのに、膝が緩まない。


 整備士が下から見上げる。


「……生きてるな」


 その言葉が、軽い冗談にならない。


「はい」


 あすみの声は普通に出た。普通に出てしまうのが、気持ち悪い。


 少し離れた場所で、セリの機体が降りてくる。セリがハッチを開け、降りる。

 顔色は変わらない。変わらないまま、目だけが格納庫の奥を見ている。


 そこには空いた区画がある。

 さっきまで一機ぶん、埋まっていた場所。


 ヘイル大尉の声が、格納庫の入口から入ってきた。歩きながら端末を見ている。


「損耗、一」


 数字にする声。

 その言い方が、ここでは正式だ。


 あすみは立ったまま、ヘイル大尉へ向き直った。敬礼をする前に、喉が一度だけ動く。


「……トムは」


「回収班が出る。手続きは進める」


 ヘイル大尉は言葉を切らない。切らないのに、温度がない。


「戦果は維持。侵入阻止。高度帯逸脱なし。——REDROSE、出力適合は問題なし」


 問題なし。

 その言葉が、いちばん問題だった。


 あすみは敬礼をした。腕が上がる。指が揃う。

 揃うのが、気持ち悪い。


 ーーー


 廊下に出る。照明が白い。床が硬い。足音が返ってくる。

 返ってくる足音の列に、ぽっかり空きがある。


 廊下にいたパイロットが話している。声は大きくないのに、耳に届いてしまう。

「BLUE2が落ちた。あの攻め方、無謀だったんじゃないか」


 無謀。


 あすみは足を止めない。止めたら、そこに立ち尽くすことになる。

 セリが隣に並ぶ。視線は前のまま。声だけを落とす。


「……仕方がない時もある」


 そう言い切って、余計なことは言わない。

 でも、セリの手は爪の跡が残るくらい硬く握りしめられていた。


 あすみはその言葉に何も返せなかった。

 胸の奥で、同じ動きが何度も繰り返される。

 さっきの沈み方。さっきの音。さっきの表示の消え方。


(同じことをしても、生き残った人だけが“正しかった”ことになる。)

(……じゃあ、死んだ人は?)


 問いは言葉にならないまま、喉の奥に残る。


(トムが、無謀?)

(私だって、同じ事をした。ただ、生きて帰ってきただけだ)


(じゃあ、私は何を犠牲にして生き残った?)

(私は“正しかった”と言われる資格がある?)


 あすみは息を吐いた。吐いたのに、胸が軽くならない。

 廊下の白い照明が、さっきより眩しい。


 曲がり角の先に、シュタイナーが立っていた。

 派遣士官の制服のまま、端末を抱えている。表情は変わらない。変えない。

 視線は、あすみの顔ではなく、手の動きと歩幅を見ている。


 シュタイナーは一歩だけ寄り、声を落とした。柔らかい敬語。いつも通りの距離。声だけはいつもより真剣だった。


「……彼は無謀ではありません。出来る範囲で、やるべきことをしました。」

 シュタイナーはそれ以上言わなかった。


「……はい」

 あすみはシュタイナーを見れなかった。

 今、顔を見たら崩れてしまいそうな気がした。

 ただ、シュタイナーの肩越しに、真っ直ぐ伸びた廊下を見ていた。


 廊下の先にリサとマックスがいる。

 泣いているリサの肩にマックスが沈んだ表情で手を置いている。


 リサはあすみを見ると、あすみに向かって歩いてきた。


 リサの指があすみの袖を掴んだ

「…っ。あすみはトムの側で飛んでたよね?」


 あすみはリサの頬を伝う涙を見ながら、何も答えられなかった。


 リサの指先が白くなる。

「あすみは……あすみは生きてたのに……」


 マックスがリサの肩を両手に置いて止める

「リサ、リサやめろ。」


 掴んだ指は離れない


 あすみは、小さな声で呟いた。

「……ごめん」


 リサがマックスに肩を抱かれて、あすみから離れる


 あすみは、その場に立ちすくんだ

(生きて帰っていい理由を、私はまだ持っていない)


 息はちゃんとできている。なのに、どこも動かない。

 指が冷えて、少し震えているだけ。


(私はどうして、悲しくないんだろう……)


 廊下の端に、リオが立っている。壁にもたれて、何も言わない。

 ブリーフィング室の扉、その一点だけを見ている。

 拳が白くなるほど、握られていた。


 廊下には、空調の音が一定に鳴り続けていた。


次回更新は3/3 0時前後になります。

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