表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKY  作者: RUI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/68

Sky49-並行する線-

 



 ブリッジヘッド攻撃から三日後。第1作戦室に、また全員が集まった。


 スクリーンには、また地図。

 今度は、小国群の境界線付近。いくつもの国境線が、複雑に入り組んでいる。

 投影光が室内の壁を薄青く染め、地形の凹凸が壁面に影を作っていた。

 影が動くたびに、室内の温度まで変わる気がする。


 カイトは自分の席に座り、隣にサジが腰を下ろした。

 椅子が軋む音が響く。

 金属の冷たさが背中に伝わってくる。フライトスーツ越しでも感じる、基地特有のひんやりとした空気。

 換気ダクトから流れる風が首筋をかすめていく。乾いた風だ。喉が渇く。


「また地図か」


「また地図だな」


 軽口を交わすが、その奥に緊張が走っている。

 前回の任務——ブリッジヘッドの炎が、まだ目の裏に焼き付いている。火薬の匂いまで思い出す。


「おはよう、ボリー。よく寝れた?」


 リアがいつものパーカー姿で椅子に座っている。

 今日はヘッドセットを首にかけず、端末を膝に乗せて何かを読んでいた。

 画面の光が顔を青白く照らしている。目の下に薄い影がある。リアも寝ていない。


「まあまあ」


「嘘。顔に書いてあるわよ」


「書いてない」


「書いてある」


 リアの目だけは笑っていない。

 この人は、いつもそうだ。軽口の奥で、ちゃんと人を見ている。


「着席を」


 ミナの声に、室内の空気が引き締まる。

 換気の低い音だけがかすかに響いている。誰かがコンソールを操作する小さなクリック音。椅子が床に擦れる音。それだけで、何人いるかが分かる。


 前方のスクリーンには、いつもより多くの色が並んでいた。

 赤。青。緑。黄色。

 全部、違う陣営。

 全部、この地図の上で交わろうとしている。


 カイトは息を吸った。

 空気が乾いている。肺の奥まで冷たい。


 ⸻


「じゃ、始めよう」


 ニコの声が、スピーカーから響く。いつもより低い声だ。


「今日のメニュー。小国防衛戦、前哨戦」


 地図の上に、新しい矢印が追加される。

 帝国の矢印。連合の矢印。そして——小国群の矢印。

 全部、一点に向かっている。まるで獲物を狙う矢じりのように。


「ここです」


 ミナが、レーザーポインタで地図を指す。

 赤い光が地図の上を滑る。壁に映った影が揺れる。


 小国群の境界線。グラディウス共和国の国境付近。


「ここで、帝国軍と連合軍の主力が、正面衝突する可能性があります」


 ミナの声が低くなった。


 画面が切り替わる。

 衛星写真。平原に広がる都市。その周辺に、軍事施設の影。建物の輪郭がぼやけている。解像度が低い写真だ。情報が古い。


「グラディウス共和国。人口約200万。現在、難民流入により人口は300万を超えています」


 数字が画面に表示される。白い文字。冷たい数字。


 グラディウス共和国。

 その中に、どれだけの街があって、どれだけの人が住んでいて。


 ——どれだけの人が、逃げようとしているのか。


「連合は?」


 ウィリスが短く訊く。

 腕を組んだまま、スクリーンを見上げている。椅子に深く腰掛けたまま動かない。


「連合からの非公式情報では、次の小国防衛戦に主力部隊投入予定です」


 スクリーンに青い印が追加される。

 連合主力部隊。


 第3艦隊。

 第7艦隊。

 西方防衛軍。


 そして——


 カイトの視線が一つの文字で止まった。


 西方中央統合基地・第0試験飛行隊・SKY編成部隊。


 心臓が一度だけ大きく跳ねた。


 西方。


 喉の奥が乾く。唾を飲み込む。


 赤い薔薇は、西方に移った。


 食堂のモニターで見た映像。

 赤い残光。あの色。


 でも、今は西方にいる。


 そして、まだ飛んでいる。


 カイトは無意識に手の平を握りしめた。

 爪が掌に食い込む。痛い。でも、握る手が緩まない。


「連合主力の構成は?」


 サジが椅子を前に傾ける。金属がきしむ音がした。


「第3艦隊が中核。空母2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦20隻以上」


 ミナがデータを表示する。


「西方防衛軍からは、精鋭パイロット部隊が参加予定です」


 画面に機体のシルエットが並ぶ。

 その中に——


 赤く光る機体。


 スクリーンには名前が出ていない。

 でも、あの赤い光だけで、誰もが分かる。


「……つまり?」


 サジが椅子を傾ける。


「つまり、“赤い薔薇”も来るかもしれないってこと」


 ニコの声があっさり言った。


 室内が一瞬だけ静かになる。換気ダクトの音だけが響く。


 赤い薔薇。

 誰も動かない。誰も息をしていない。


 カイトはスクリーンの中の西方中央統合基地の文字を見た。


 もしかして。


 胸が詰まる。


 でも、その先を考える前に——


 ドアが開く音。


 自動ドアの圧縮空気が抜ける音がシュッと響く。


 全員が振り向く。


 室内に入ってきたのは、ケイだった。


 煙草を咥えている。

 煙がわずかに揺れる。室内の照明に照らされて、白い筋を描く。

 スクリーンの前に立ち、地図を見る。

 ブーツの音が床を叩く。カツン、カツンと。


 そして——


 ケイの視線がカイトを捉えた。


 わずかな沈黙。


 西方中央統合基地の文字がスクリーンに映っている。

 ケイは知っている。


 カイトはケイの目を見返した。


 問いは口にしない。

 答えも言葉にならない。


 ただ、視線だけが交差する。


 ケイの目がわずかに細まる。


 ——分かってる。


 カイトは無言で頷く。


 会っても、何も言わない。

 自分の線を守る。


 ケイの目がさらに細まる。

 それは承認でも警告でもなく。


 ——お前を信じる、という色だった。


 ケイは視線を外し、地図に向き直った。

 煙草の先が小さく揺れる。灰が一粒、床に落ちた。


「……俺たちの役割は?」


 ウィリスが腕を組んだまま訊く。


「連合主力の”影”。正面戦はやらない。帝国の側面と後方を叩く」


 ケイが地図に新しい矢印を追加する。


 ARCLINE。


 二本の線が地図の上で走っている。


「同じ空に出るが、接触はしない。向こうも、こっちの存在には気づかないはずだ」


 ケイの声はいつもより低い。


 カイトは地図の上の二本の矢印を見た。


 連合。

 ARCLINE。


 並行している。でも、交わらない。


 同じ空。


 胸が縮む。息が浅くなる。


 だけど、違う場所。


 赤い薔薇と、同じ空に出る。


 もしかしたら――


 いや。


 カイトはその思考を打ち切った。喉の奥で言葉を止める。


「作戦の詳細は?」


 リアが端末から目を上げて訊く。


「連合主力が正面から帝国を押す。その間に、俺たちは帝国の補給線を断つ」


 ケイが地図の上に別の矢印を追加する。


「輸送船。燃料デポ。弾薬庫。全部、潰す」


 赤い×マークが地図の上にいくつも追加される。まるで墓標のように。


「タイミングは?」


 ウィリスが訊く。


「連合主力が動き出してから、12時間後。敵が正面に集中している時を狙う」


 ミナがタイムラインを表示する。時間軸が横に伸びる。


「敵の注意が前に向いている間に、後ろから刺す」


 サジが小さく笑った。乾いた笑い。


「いつもの汚れ役だな」


「汚れ役でも、必要な役だ」


 ケイが短く返す。


「……はずだ、って」


 サジが小さく笑った。


「保証はない」


「ですよねー」


 軽口。でも、その奥に緊張がある。誰も笑っていない。


「質問は?」


 ケイの声に、誰も手を挙げなかった。

 室内が静かになる。換気ダクトの低い音だけが響く。


「じゃあ、準備しろ。出撃は明後日0400」


「了解」


 椅子が軋む。

 メンバーがそれぞれの持ち場へ散っていく。ブーツの音が廊下に響く。


 カイトは最後まで地図を見ていた。


 並行する二本の矢印。


 その間に、見えない線が引かれている。


 ⸻


 廊下を歩きながら、サジが隣に並んだ。


「なあ、ボリー」


「何」


「連合主力と同じ空、か」


 サジは天井を見上げながら言う。天井の配管が見える。


「どう思う?」


「……何が」


「会うかもな、って話」


 カイトは何も返さなかった。


 サジは肩を竦めた。


「まあ、お前の顔見りゃ分かるけどさ」


 そう言って、先に曲がり角を曲がっていった。


 カイトはその背中を見送ってから、自分の部屋へ向かった。


 廊下の灯りが床を照らしている。影が長く伸びる。


 ⸻


 夜。格納庫。


 カイトは一人でコクピットに座っていた。


 格納庫の照明が機体の装甲に反射している。金属の表面が鈍く光る。

 静かな夜。遠くで誰かの足音が聞こえる。コツ、コツと。

 工具の音が小さく響く。カン、カンと金属を叩く音。


 システムチェック。

 スクリーンに緑の文字が次々と並んでいく。


 《SKY起動確認》

 《武装チェック完了》

 《推進系正常》


 全部、正常。


 でも、胸がざわつく。落ち着かない。


 カイトはコクピットの中の計器を見た。

 いつもと同じ配置。

 いつもと同じ光。


 同じ空に出る。


 スロットルを握る。

 冷たい金属の感触が手のひらに残る。指先が冷たい。


 連合主力と。


 西方中央統合基地と。


 赤い薔薇と。


 教室の窓越しの宇宙。


「待ってるよ」と言った声。


 あの日から、どれくらい経ったんだろう。


 同じ空を、違う場所から見てる。


 それでいい。


 今は、それでいい。


 ——本当に、それでいいのか。


 問いは胸の奥で静かに響く。


 答えは出ない。


 カイトは目を閉じた。


 ブリッジヘッドの炎。

 沈んだ難民船。

 医務室の廊下で見た、あの少年の目の色。


 全部、自分が選んだ道の上にある。


 ここで飛ぶって、決めたんだ。


 目を開ける。


 コクピットの中のいつもの景色。

 HUDの光。計器の緑の文字。

 スロットルの感触。


 あすみは、連合の旗の下で。


 俺は、ARCLINEの影の中で。


 それでも——


 言葉が形にならない。喉の奥で詰まる。


 カイトは深く息を吸った。


 そしてシステムを停止する。

 計器の光が一つずつ消えていく。緑の文字が消える。暗闇が広がる。


 コクピットから降りた。


 梯子を降りる音が金属的に響く。

 ガシャン、ガシャン、と。


 格納庫の灯りが機体の側面に反射している。

 静かな夜。

 でも、静けさの奥に何かが迫ってくる。明後日が近づいてくる。


 明後日。

 同じ空に出る。


 その時、何が起こるのか。

 誰と出会うのか。


 まだ、誰も知らない。


 カイトは自室へ向かった。


 背中越しに機体の影が長く伸びていた。

 床に自分の影も伸びている。


 二つの影が重なっている。溶け合って、一つになっている。


 ⸻


 翌日。準備は淡々と進んだ。


 武装チェック。

 燃料補給。

 通信系統の最終確認。


 タミルが機体の下で何か怒鳴っている。声が格納庫に響く。

 整備班が慌ただしく動き回っている。工具を持って走る音。台車を引く音。


 カイトはその様子を離れた場所から見ていた。


 いつもの準備。


 でも、空気が違う。張り詰めている。


「ボリー」


 振り返ると、リアが立っていた。パーカーのフードを下ろしている。


「明日、気をつけてね」


「……うん」


「連合主力がいるってことは、帝国も本気で来るってことだから」


 リアはいつもの軽い口調ではなく、真剣な顔で言った。目が真っ直ぐこちらを見ている。


「分かってる」


「分かってないわよ。あなた、いつも考えすぎるもの」


 リアは小さく笑った。でも、笑顔が少し歪んでいる。


「考えなくていいことまで、全部考えて」


 カイトは何も返せなかった。


 リアはカイトの肩を軽く叩いた。


「でも、それがあなただから。無理に変えなくていい」


 そう言って、格納庫の奥へ歩いていった。フードを被り直しながら。


 カイトはその背中を見送った。


 ⸻


 その夜。


 カイトはベッドに横になったが、眠れなかった。


 天井を見上げる。

 白い天井には何もない。塗装の継ぎ目だけが見える。


 でも、頭の中には地図が浮かんでいる。


 並行する二本の矢印。


 連合。

 ARCLINE。


 同じ空に出るが、交わらない。


 そして——


 赤く光る機体。


 カイトは目を閉じた。


 心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクンと。


 ⸻


 0400。


 格納庫に全員が集まった。


 フライトスーツを着た姿。

 ヘルメットを手に持った姿。


 誰も軽口を言わない。

 誰も笑わない。


 空気が冷たい。換気ダクトが冷気を送り込んでいる。息が白くなりそうなほど冷たい。


 ケイが最後に格納庫に入ってきた。ブーツの音が響く。


「行くぞ」


 短い言葉。


 全員が頷いた。


 カイトは機体に向かった。


 梯子を登る。一段ずつ。

 コクピットに座る。シートが身体を包む。

 システムを起動する。計器が次々に点灯する。


 《SKY起動確認》

 《武装チェック完了》

 《推進系正常》


「こちらコアシップ。全機、発進準備完了を確認」


 ニコの声がヘッドセットから流れてくる。


「Fox、準備完了」


「Shade、準備完了」


「Vector、準備完了」


 カイトの声が通信に乗る。


「了解。カタパルト起動。全機、発進」


 機体が前へ押し出される。

 加速。身体がシートに押し付けられる。

 加速の圧力が全身にかかってくる。呼吸が浅くなる。視界が狭まる。歯を食いしばる。


 そして——夜空へ。


 格納庫のゲートが開く。

 向こうに夜の空が広がっている。星が見える。


 暗闇の中を三機が並んで飛ぶ。

 月明かりが機体の装甲に反射している。銀色の光。

 眼下に大地の影が広がっている。町の灯りが点在している。


 スクリーンに目標地点までの距離が表示される。


 《残り1200km》


 カイトは前を見つめた。


「高度5000維持。地上部隊と合流する」


 ケイの声が通信に入る。


「了解」


 三機の声が重なる。


 スクリーンに新しい情報が追加される。


 《難民輸送隊・現在位置》

 《護衛ポイント・座標表示》


「空では連合と帝国が戦う。俺たちは地上で難民を守る」


 ケイの声が続く。


「空中戦には関わるな。任務は護衛だ」


 カイトは計器を確認する。

 高度計。速度計。燃料残量。


 全部、正常。


 でも、空の向こうで戦いが始まろうとしている。


 遠くの空に小さな光が見えた。

 戦闘機の排気光。

 連合軍の編隊だ。青い光がいくつも並んでいる。


 そして、もっと遠くに別の光。

 帝国軍の編隊。赤い光。


 二つの編隊が近づいていく。


「Vector、地上目標確認」


 ミナの声。


 スクリーンに地上の映像が映る。

 道路。その上を進むトラックの列。

 難民輸送隊。車のヘッドライトが長い列を作っている。


「降下を開始する」


 ケイの指示。


 カイトは機体を傾ける。

 高度が下がっていく。


 5000。

 3000。

 1000。


 地上が近づいてくる。

 道路の轍。木々の影。トラックの屋根。人の影も見える。


 空では光が交差し始めた。

 連合と帝国の戦闘が始まっている。閃光が夜空を裂く。爆発音が遠くから聞こえる。


 でも、カイトたちは地上に降りる。


 機体が地面に接地した。

 衝撃が膝を伝って上がってくる。全身が揺れる。


「着地完了。地上モードへ移行」


 サジの声。


 カイトも機体を地上モードに切り替える。

 推進器が姿勢制御に切り替わる。

 脚部の接地センサーが起動する。地面を踏む感覚が伝わってくる。


 コクピットから外を見る。


 トラックの列が見える。

 その窓から顔が見える。

 子供。老人。女性。


 逃げている人々。


「護衛陣形を取れ。Vectorは前方。Foxは中央。Shadeは後方」


 ケイの指示が飛ぶ。


「了解」


 カイトは機体を前進させる。

 地を踏みしめる感覚。一歩ずつ。

 空を飛ぶのとは違う重さ。地面が近い。


 空ではまだ戦闘が続いている。

 閃光が夜空を切り裂く。

 爆発音が遠くから聞こえてくる。ドン、ドンと。


 でも、カイトの目は地上に向いている。


 難民輸送隊。

 守るべき人々。


 空の戦いは、別の誰かの仕事だ。


 俺たちの仕事は、ここにある。


 カイトは前を見た。


 道は続いている。

 まだ長い道のりが残っている。トラックの列が地平線まで続いている。


 空では赤い光が一瞬輝いた。

 あの色。


 カイトの心臓が跳ねる。


 でも、カイトは振り向かない。


 前を見る。


 ただ、前を見る。


 地上の道を。守るべき人々を。


 空の光は、視界の端で揺れているだけだ。


 カイトは呼吸を整えた。


 並行する二本の線。


 交わらない。交わらなくていい。

 今は、それでいい。


 機体が一歩前に進む。


 護衛任務が始まった。





次回より新章【西方編】

更新は2/9 0時頃になります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ