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SKY  作者: RUI
REDROSE

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28/120

Sky28-出発準備-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 出発まで、あと数日。

 格納庫の片隅に、アスミとセリの私物を詰め込んだコンテナが置かれていた。蓋は半分だけ開いたまま、冷えた金属の縁が白く光っている。周囲には整備灯の低い唸りと、遠くで工具が触れ合う乾いた音が続いていた。


「……こんなに荷物あったっけ」

 アスミは、半分ほど埋まったコンテナの中を見下ろして首をかしげた。


「あるんだよ。お前がこっち来てから買った防寒具だけで、たぶん一山ある」

 セリが、畳みかけ途中のジャケットを投げ込む。布がコンテナの底に当たって、ふわりと広がった。


「それは必要経費」

「必要経費なら経理に申請しろよ、一等兵」

「……じゃあ、“精神衛生維持費”で」

「通るかそんな項目」

 二人でくだらないやりとりをしていると、格納庫の天井スピーカーが唐突に電子音を鳴らした。空気が一段だけ張る。


 《全ヴィーラパイロットへ通達。出撃準備。繰り返す⸺》

 聞き慣れた声。けれど今日は、いつもより少しだけ急いでいる。

 アスミとセリは顔を見合わせ、反射的にコンテナの蓋を閉めた。金具が噛み合う音が短く鳴る。


 *


 《避難集落#3付近、境界線側に小規模武装グループを確認。地上防衛隊が対応中だが、上からの牽制を要請している》


 ブリーフィングルームの簡易モニターに、現場の地形が簡略表示される。見慣れた北方の地図。その一角で赤いマーカーが点滅していた。


「アルファ2、アルファ3。上空制圧と牽制を担当してもらう。地上のマルコ班と連携だ」

 リーサの声はいつも通り淡々としている。だが言葉の端に、わずかな緊張が混じった。


「了解。アルファ2、出る」

「アルファ3、同じく」

 短く返事をして、二人は自分たちのヴィーラへ向かう。格納庫の床を蹴る音が、いつもより少しだけ速かった。


 *


 北方の空は、相変わらず低い。雲は重く、灰色が白い地面の上に垂れている。けれど、雲の切れ間から覗く地上は前より少しだけ見通せた。


 《アルファ2より管制。現地上空に到達。ターゲット座標、再送願います》

 《こちら地上部隊マルコ。座標送る。集落手前の岩場だ。こっちから丸見えだが、向こうからも丸見えだ。正直ウザい》

 雑な言い回しに、アスミは思わず口元を緩めた。


 《“ウザい”は戦術用語じゃありませんよ、伍長》

 リーサのツッコミが即座に重なり、無線の空気が少しだけ軽くなる。


 《すみませんね軍曹さんよ。⸺とにかく、こっちの子どもらには弾、絶対飛ばさせたくねえ。上から“最低限の線”押さえてくれ》


 《了解》

 HUD上の地形データに、地上部隊と敵の位置が重ねられていく。岩場。木立。避難集落へ続く細い道。その手前に、ばら撒かれたような熱源反応。


 アスミは、心の中で境目を一本引いた。

 集落と敵の間。

 子どものいる場所と、銃を持った大人たちの間。


 《アルファ3、右側の丘の上、二つ潰せる?》

 《余裕。そっちは?》

 《左の岩陰、動きが多い。威嚇混じりでいく》

 セリとの会話は、もう呼吸みたいに続く。


 アスミはスロットルを滑らかに開き、機体をわずかにロールさせた。照準枠が目標を静かになぞる。人影に置かない。地面と車両だけを拾う。

 引き金を引いた。

 地上すれすれをかすめるように警告弾が走る。土煙が上がり、飛び散る破片に敵が身を引くのが見えた。前へ進む足が止まる。


 《アルファ2より地上。牽制射撃完了。前進止まった》

 《助かる。こっちも一つ潰した。……おいお前ら、聞こえてるか!》

 無線の向こうでマルコの声が一段上がる。

 《こっちの赤い薔薇が抜ける前に、きっちり片付けようぜ! “北方はスカスカでした”とか本部に言われたくねえからな!》


 《誰が薔薇ですか。棘ありますよ》

 思わず返すと、無線の向こうで笑いが漏れた。

 《はいはい、棘付きで頼むわ》

 《了解。刺さらない程度に》

 地上部隊が前進する。上から見ると、小さな衝突だ。銃声も煙も、いくつかの線と点にしか見えない。

 けれど、その点の向こうには、固くドアを閉めて震えている小屋がある。そこに隠れている誰かの呼吸がある。

 アスミは照準カーソルを、銃座を構えているトラックの前輪に合わせた。


 《アルファ2、射角良好。いつでもいける》

「アルファ2、了解。牽制射撃、行きます」

 トリガーを引く。ゔぃーらの腹部砲から、短く区切った弾幕が走った。地面がえぐれ、土煙が跳ねる。前輪が弾け飛び、トラックが情けない音を立てて傾いた。


 運転席から武装兵が飛び出し、慌てて散開する。

 《やべ、あの赤いのだ!》

 《撤退だ撤退!》

 狼狽えた身振りが、望遠にしなくても分かった。

 アスミは息を一つ、深く入れる。銃口の先は、武器と車両だけ。人影のぎりぎり手前で弾をばらまき、逃げ道を残す。


 地上でマルコが叫ぶ。

 《よし、今だ! 前へ!》

 地上部隊が一気に詰める。敵の動きが散り、後ろへ引き始めた。

 《こちら地上小隊。敵武装グループ、撤退確認。追撃は行わず、警戒線維持に移行する》


 《アルファ2、了解。空域、異常なし》

 《アルファ3、同じく》

 セリの声も落ち着いている。最初にここへ来たときより、ずっと。


 *


 戦闘が収まったあと、ヴィーラは集落の少し外れに降りた。

 白く凍った地面に着陸脚がぎゅっと沈む。コクピットを開けると、冷たい空気がどっと流れ込んできた。頬が痛い。

「……ふぅ」

 ヘルメットを脱ぎながら、アスミは遠くの小屋を見やった。ドアが開き、人が何人か外へ出てくる。傷の確認、被害の確認。忙しく動き始めていた。


「アスミ」

 セリが手を振る。

「避難集落の代表に説明行くってさ。お前も来いって」

「うん」

 二人で歩き出したその先に、見覚えのある後ろ姿があった。


 やせた肩。少し大きめのコート。隣には、その裾をぎゅっと掴んだ小さな女の子。

「……ナイル?」

 声をかけると、彼はびくっと肩を揺らして振り向いた。

「あ」

 目が合う。ハルがぱっと顔を輝かせた。

「アスミおねえちゃん!」

 勢いよく駆け寄ってきて、アスミの腰にしがみつく。小さな腕が冷たい服の上から回ってきて、あすみの身体が少し揺れた。


「どうしたの。怪我とか、してない?」

「うん! ナイルがね、ちゃんと隠れろって言ったから!」


「……そう」

 ナイルは相変わらず少し警戒したような目をしていた。けれど、その色は前より柔らかい。

「家に置いてきた荷物を取りに行った帰りだったんだ。また、助けに来たの」

 少し間を置いて、彼はそう言った。


「助けにというか……。」

 アスミは一度だけ空を見上げ、ナイルに視線を戻した。

「今日は、ここで変な奴らが好き勝手しないように、止めに来ただけ。仕事だから」

「仕事」

 ナイルが小さく繰り返す。

「……でも、もうすぐ、ここからいなくなるんですよね」

 図星を刺されて、アスミは一瞬言葉に詰まった。


「聞いた。基地の人が、別のところに行くって」

「ああ……うん」

 逃げ場はないな、と思いながら苦笑いを浮かべる。

「ちょっとね。」

「どこにいくの?」

 ハルが目を丸くして見上げてくる。

「西の方。もっとごちゃごちゃしてて、うるさそうなところ」

「ここより寒い?」

「んー、どうだろ。寒さの種類が違うかも」

 ハルが真剣に考え込むみたいな顔をして、アスミは少しだけ笑う。

「でも⸺」

 アスミは二人の顔を順番に見た。

「ちゃんと戻ってくるつもりだから。もしかしたらナイル達が、施設から、ここに戻ってくるのと同じくらいかもしれないね」

 約束、という言葉は使わなかった。戦場でそれは簡単に嘘になることを、アスミはもう知っている。それでも、言っておきたかった。

 ナイルは、しばらくじっとあすみを見ていた。何かを測って、比べて、迷って最後に、ほんの少しだけ肩の力を抜く。

「戻ってくるんですよね」

「…うん」

 短く答えると、ナイルはため息の代わりみたいに小さく息を吐いた。

「……じゃあ」

 彼は足元を一度見てから、顔を上げる。

「……行ってらっしゃい」

 前みたいな突き放す声じゃなかった。

 アスミの中で、ナイルは「守らなきゃいけない子ども」だった。その声が、ほんの少しだけ「送り出す側」の響きに変わっていた。

「……うん。行ってきます」

 胸の奥がきゅっとなって、少しだけあたたかくなる。

「いってらっしゃい!」

 ハルがそれを真似して元気いっぱいに叫ぶ。


 そのやりとりが、どうしようもなく愛しかった。


 *


 帰投ルートの途中、ヴィーラは雲の切れ間を縫うように飛んでいた。

 下には白い大地。遠くには見慣れた北方第七基地の輪郭。HUDの隅に、出発スケジュールの簡単なメモが表示されている。機体の最終チェック。個人装備の確認。書類。ブリーフィング。

 そして、「西方中央統合基地」という聞き慣れない名前。


 《アルファ3よりアルファ2》

 セリからの無線が入る。

 《本日のラスト北方任務、どうでした。一等兵》

 《……そういう言い方、じわじわくるからやめて》

 《慣れろ。一等兵だろ》

 ちょっとだけむっとして、でも悪くない。

 《……ちゃんとナイルたちの“行ってらっしゃい”ももらったし。あとは、準備かな》

 《そうだな》

 短い笑いが混じる。


 《帰ったら、荷造りしないとな》

 《あー……面倒くさい》

 《だろうな。お前、普段から荷物広げっぱなしだし》

 《してません》

 くだらないやりとりに、アスミは思わず口元を緩めた。

 コクピットの外では、北方の空がいつも通り低く曇っていた。

 ヘルメットの内側に、さっきの「行ってらっしゃい」が、まだ小さく残っている。


 アスミはそれを一度だけ噛みしめて、スロットルの感触を確かめた。

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