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SKY  作者: RUI


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27/44

Sky27-正式命令-



 その朝、 北方第七基地の窓の外は、 見慣れたままだった。


 低い雲。 白く曇った空。 滑走路をかすめるように流れる冷たい風。

 整備棟からはエンジンテストの音が聞こえてきて、 遠くの射撃場からは、 乾いた銃声がぽつぽつと響いてくる。


 ⸺北方の、 何も変わらないように見える朝。



「……本部からの “通達”が来ました」


 キヌア・フェルド中尉が、 いつもより少しだけ分厚い封筒を片手に、 司令室へ入ってくる。


 机の向こうで、 ハイルトン・グレイ大佐は、 椅子にもたれたまま片目だけ開けた。


「“通達”ってのは大体ろくでもないな」


「今回は、 いつもより少しだけ、 ろくでもないです」


 キヌアは淡々と答え、 封を切る。

 紙の擦れる音が、 司令室の静けさを一度きっぱり切った。


 リーサ軍曹は通信コンソールの前に座り、 静かにこちらに視線だけ向ける。

 指先は既に、 必要な宛先に回線をつなげる準備をしていた。


「……読み上げます」


 キヌアの声が、 少しだけ公的な響きに変わる。


「『連合軍北方第七基地司令官 ハイルトン・グレイ大佐 殿。

 貴基地所属 SKYパイロット二名を、 連合軍西方統合本部付属 SKY運用評価部隊

  西方中央統合基地・第0試験飛行隊 へ一時転属とする』」


「来たか」


 ハイルトンは、 小さくあくびともため息ともつかない息を吐いた。


「対象は……」


 キヌアが視線を滑らせる。


「『Sランクオルタイト保持者を優先とし、 北方第七基地の判断により選出』。

 実質、 アルファ2と3⸺古賀あすみ二等兵と、 セリ・アンダーソン二等兵ですね」


「他に誰がいると思う?」


 リーサが、 ほんの少しだけ眉を上げる。


「一時転属の理由は⸺」


 キヌアが読み上げを続けた。


「『Sランクオルタイト保持者の安全管理および適性評価のため。

 北方における実戦経験を踏まえた戦略的運用可能性の検証』」


「綺麗な字面だな」


 ハイルトンは書類を受け取って、 ぱらぱらとめくる。


「“安全管理”ねぇ。 “検証”ねぇ」


 書類の端を指で軽く弾きながら、 ぼそりと訳を添える。


「要するに⸺“使い方を本部の都合で決めたい”ってことだ」


「……大佐」


 キヌアが小さく咎めるように言う。


「事実ですけど、 本人たちの前では、 もう少しオブラートを」


「分かってるさ」


 ハイルトンは片手をひらひらと振った。


「リーサ。 ブリーフィングの招集を。

 全体に通す前に、 ここで一発、 息を合わせておく」


「了解」


 リーサの指が静かに踊り、 基地中に通達が流れていく。


 北方第七基地の、 いつもの朝。

 その段取りの中に、 ひとつだけ「出ていく準備」が混じり始めていた。



 ブリーフィングルームは、 今日は少しだけ手狭に感じた。


 地上防衛隊のマルコ、 整備班のラルフとジン、 通信・管制サイドの面々。


 後ろの方には、 ナイルとハルも、 場違いそうに椅子の端にちょこんと座っている。


 あすみとセリは、 最前列の中央。

 スクリーンの下に並んで立ち、 前を見据えていた。


「では、 始めます」


 キヌアが前に進み、 ハイルトンの隣に立つ。

 スクリーンには、 先ほどの文書の一部が映し出された。


「本日付けで、 連合軍西方統合本部より正式命令が下りました。

 北方第七基地所属 SKYパイロット二名を、 西方中央統合基地・第0試験飛行隊へ一時転属とする、 というものです」


 ざわ、 と小さく空気が動く。


「対象は⸺」


 一拍置いて、 キヌアがはっきりと言った。


「古賀あすみ二等兵、 セリ・アンダーソン二等兵」


 スクリーンに、 二人の顔写真と名前が浮かぶ。


「……行っちまうのか」


 マルコが、 ぽつりと呟いた。

 冗談めかした調子にしようとして、 少し失敗している。


「聞いてねえぞ……俺らの赤い薔薇をよそに貸し出すとか、 契約違反だろ」


 ラルフが頭を抱えると、 隣のジンがすかさず突っ込む。


「誰がいつ “所有権あります”って判子押したんだよ。

 お前のじゃねえし」


「整備班の心の中の所有権だよ!」


 わっと笑いが起きる。

 でも笑い声のあと、 誰かが息を吸い直す音がした。薄い不安がちゃんと残っている。


「……え」


 ハルが、 小さく漏らす。

 ナイルは隣で唇を噛みしめて、 何も言わなかった。


 全員の視線がこちらに向かうのを感じながら、 あすみは胸の奥を静かに整える。


 来た


 いつか、 こういう日が来るのは分かっていた。

 でも、 「いつか」が「今日」になる瞬間は、 やっぱり現実味が一拍遅れる。


「古賀二等兵」


「はい」


「アンダーソン二等兵」


「はい」


 二人は一歩前に出る。


「命令内容は以上です。 詳細な日程・準備については後ほど⸺」


「……その前に、 もうひとつ」


 ハイルトンが、 隣から言葉を挟んだ。


「さっきの書類、 最後の方は読んでなかったな?」


 キヌアが一瞬だけ目を細める。


「……そうですね。 では、 追加で」


 端末をスライドさせ、 別の文面を映し出す。


「『連合軍北方第七基地における実戦経験およびSKY運用成績を勘案し、古賀あすみ二等兵、 セリ・アンダーソン二等兵の両名を、戦時昇進により一等兵とする』」


「……え」


 さっきと同じ声が、 また出てしまった。

 セリも横で「マジか」と小さく呟く。


「簡単に言うとだな」


 ハイルトンが、 頬をぽりぽりと掻きながら言う。


「二等兵のまま “西方統合本部直轄”に送るのは、 外聞が悪いってことだ」


「司令」


 即座にキヌアのツッコミが飛ぶ。


「そこだけ切り出さないでください。 “実戦経験と功績を評価し⸺”」


「はいはい。 “責務に見合う階級を与える”な。 書類にはそう書いてある」


 ハイルトンは肩をすくめた。


「ともかく、 お前らがここで飛んできた分は、 ちゃんと数字にもなってる。

 その証拠だと思っとけ。 一等兵、 おめでとうさん」


 ぱちぱち、 とマルコがわざとらしく大きな拍手を始める。

 ラルフとジンが乗っかり、 やがて部屋のあちこちから、 少し照れたような、 けれど本気の拍手が広がった。


「……ありがとうございます」


 あすみは、 一呼吸おいてから頭を下げる。


 二等兵から、 一等兵


 階級章が一本増えるだけ。

 それで何が変わるわけでもない。


 だけど⸺


 北方で飛んだ時間が、 「なかったこと」にはならない。

 ちゃんとここに残る。


 それだけで、 胸の奥が少しだけあたたかくなる。


「文句あるなら、 二等兵のまま送り出してもいいが?」


 ニヤッと笑うハイルトンに、


「いえ、 このままで大丈夫です」


 あすみとセリは、 反射的にハモってしまった。


 ブリーフィングルームに笑い声がこぼれる。

 笑いがほどけたあと、 椅子が一つきしみ、 誰かが咳払いをした。

 ここから先の話が、急に手触りを持った。



 解散がかかり、 みんなが思い思いの方向へ散っていく。


 ナイルとハルのところには、 マルコが向かっていく。

「ちゃんと説明してやるからな」と、 遠くで声がした。


 あすみは、 一度格納庫の方へ足を向けてから、 途中で立ち止まった。

 背中越しに、 誰かが同じように振り返る気配がする。


「……行くか」


 セリだった。


「司令室?」


「うん」


 言葉はそれだけで、 二人は並んで歩き出す。


 コンコン、 とノック。

「開いてるぞ」という、 いつもの気の抜けた声。


 ドアを開けると、 ハイルトンは窓の外をぼんやり眺めていた。

 振り返った目だけが、 さっきより少しだけ冴えている。


「古賀一等兵、 アンダーソン一等兵、 入ります」


「……言い慣れてねえな、 その “一等兵”」


 ぽつりとこぼされた一言が、 妙にくすぐったい。


「正式命令、 了解しました」


 あすみが言うと、 ハイルトンは机の上の書類を指先でトントンと揃えた。


「そうか」


 それきりしばらく、 何も言わない。

 風が窓枠を小さく鳴らす。


 やがて、 彼は口を開く。


「これはな」


 いつもの間延びした声色のまま、 しかし言葉だけははっきりしていた。


「左遷じゃない。

 世界のほうが、 本気になっただけだ」


 あすみは、 一瞬だけ喉が詰まる感覚を覚えた。


「……はい。 分かってます」


 本当は、 全部を分かってなんかいない。


 西側大陸の地図も、 西方統合本部の建物も、 第0試験飛行隊の名前も、 まだ頭の中の輪郭はぼやけたままだ。


 それでも⸺


「行かされる」って顔は、 したくない。

行くって、 自分で言えるようになりたい。


 そのくらいは、 分かっている。


 セリがちらりと様子を伺う気配を横で感じながら、 ハイルトンは二人を順番に見た。


「西方統合本部はな。

 人間じゃなくて、 “戦力”を数える場所だ」


 淡々とした言い方だった。


「オルタイトの数値、 出した戦果、 壊した敵の数。

 そういう物差しで、 お前らを並べる連中もいる」


「……」


 胸の奥で、 訓練のログ表示がちらりとよぎる。

 警告が赤く振れたときの数字。

 それを「使い方を決める」ために見つめる目のことを、 まだうまく想像できない。


「だけど、 全部が全部そうじゃない」


 ハイルトンは、 窓の外へ目を戻す。


「何を守ってきたか。

 何を守ろうとして飛んでるか。

 そういうのを見てくる変わり者も、 まだ多少は残ってると信じたい」


 それが誰のことなのか、 あすみには分からなかった。

 ただ、 どこか遠い空と、 まだ会ったことのない誰かの影が、 ぼんやり重なる。


「お前らがこれから飛ぶ空が、 どこでもいい」


 ハイルトンの声が、 少しだけ低くなる。


「ただ⸺」


 机の端を指で軽く叩いて、 目だけこちらへ戻す。


「帰ってこい。

 “戻れる程度”に、ちゃんと生きて帰れ」


 言い方は乱暴なのに、 変に優しかった。


「……はい」


 あすみが答えると、 セリも同じように短く言った。


「了解しました」


「よし。じゃあ行け。準備しろ」

 ハイルトンはもう片目を閉じ、 いつもの投げやりそうな姿勢に戻る。

 でもその手だけが、書類をきちんと揃え直していた。


 ドアを閉める直前、 背中にもう一言が飛んできた。


「西方で“いい顔”しなくていい。

 言うときは、ちゃんと言え。……以上」


 外に出た廊下は、 思ったより冷たかった。

 あすみは息をひとつ吸って、 口の中で小さく繰り返す。


 帰ってこい。


 言葉の重さだけが、 足元に残ったまま。


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