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SKY  作者: RUI
REDROSE

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23/120

Sky-23-汚れた戦場-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 

 数日経っても、ホルスターの重さは軽くならなかった。


 北方第七基地の朝は、いつも通り冷たい。

 滑走路の上を吹き抜ける風は、雪になるかならないかの境目みたいな湿り気を含んでいる。格納庫の扉は半分だけ開いていて、中ではラルフたちがSKYの腹に潜り込んでいた。


「燃料ライン、再チェック終了ー! 今日も俺の子は完璧だ!」

「お前の子じゃなくて軍の機体だって、いつも言ってるだろ」

 ジンがツッコむ声が、薄く笑いを混ぜて空気に浮いた。


 そんな声を背中で聞きながら、アスミは自分の腰のホルスターに視線を落とす。

 留め具を外し、少しだけ銃を引き出す。金属の冷たさが、指先から腕へと伝わる。銃口を確認して、また静かに戻した。数日前までは、「一応持ってる」だけの重さだった。いつの間にか、それは違う意味を持ち始めていた。


(撃つためだけじゃない)

 路地の匂いが一瞬、鼻の奥をかすめる。切れたボタン。震える足。塞がれた声。

(“最低限の線を守るため”の道具)

 それを知ってしまった手は、前より少しだけ慎重だった。


「レイナー二等兵、装備チェック終わったか?」

 背後から、マルコ伍長の声が飛んでくる。今日の任務は、避難列の護衛。北の境界線近くまで車列を送っていき、戻ってくるだけの、はずだ。


「終わりました」

 アスミはホルスターの留め具を止め、敬礼代わりに顎を引いた。

 マルコは防寒ジャケットの襟を立てながら、整列しているトラックの列を振り返る。

「こっちは地上で囲む。お前らは上から“威圧”頼むぞ。最近、“撃てないの分かってるだろ”みたいな連中が増えてきてる」


「……分かってます」

 “中立圏だから”“避難民だから”を盾にした、ギリギリの嫌な動き。前線ほど派手じゃないけれど、汚れだけが濃く積もっていく場所。


「赤い薔薇が空に咲いてりゃ、それだけで多少は抑止力になる」

 マルコが、冗談みたいに言う。


 アスミは、曖昧に笑って誤魔化した。薔薇なんて名前を自分に当てはめるのは、まだどうしても居心地が悪い。

 けれど、誰かにとってそれが「大丈夫の印」になるなら、否定することもできなかった。


「アスミ」

 別の声が、背後から届く。振り向くと、セリがヘルメットを片手に立っていた。いつも通りの穏やかな顔だけど、目だけは任務モードの色になっている。

「リーサ軍曹から通達。今日は“接触あり得る”前提で行けってさ」

「……接触」

「『小競り合いレベル。撃つ前に睨み返せればベスト』だと」

 セリは、リーサの口調を真似して肩をすくめる。

「まあ、いつも通りってことだ」


「いつも通り、ね」

 いつも通り、空で撃つ。いつも通り、地上には“撃たないはずの線”がある。

 そのどちらも、もう完全に信じ切ることはできない。それでも、飛ぶ。


 *


 避難列は、雪原をゆっくり進んでいた。

 キャビンに子どもの顔を押し付けたトラック。荷台に家財道具を積み上げたトラック。屋根の上に布団を括りつけたものまである。白い地面に、タイヤの跡が長く伸びていく。


 その上空を、二機のヴィーラが等間隔で旋回していた。


 《こちらアルファ1、上空異常なし》

 セリの声が、ヘルメット越しに聞こえる。


 《アルファ2、了解。視界良好》

 アスミも短く返す。

 コクピットの中は、いつもより静かだった。計器の光と、エンジンの振動。

(ここから降りて、地上で撃つこともあるんだ)

 昨日までは想像しなかった線が、頭の中に一本増えている。

 “撃つため”じゃなく、“最低限の線を守るため”。

 それでも銃口の向こうにいるのが、人であることは変わらない。


(怖いよ、普通に)

 ふと、そんな言葉が浮かんで、少し苦笑する。空で撃つことにだって、本当は怖さはある。

 ただ、あまりにも距離が遠くて、恐怖の形が変わってしまっているだけだ。


 《前方、黒い影、確認》

 セリの声が急に硬くなった。

 正面の雪原に、小さな黒点がいくつか散っている。双眼モードに切り替えると、武装した男たちがトラックの進行方向を塞ぐように立っていた。

 整った軍服ではない。バラバラの装備。肩に掛けた銃。中には、民間人のコートの上からだけ武器を持っている者もいる。


 《リーサ軍曹、前方に武装グループ。車列進行方向を阻害》

 《こちら司令室。識別中》

 無機質な声が返ってくる。

 《中立側登録なし。自称“自警団”の可能性高い。接触許可。ただし、先制射撃は不可。まずは威嚇、牽制で制圧せよ》


「いつものやつか」

 セリが小さく息を吐いた。


 《アルファ1了解。アルファ2、先に上を抑えてくれ》

 《了解》

 アスミは操縦桿を少し押し込み、ヴィーラを前に出した。雪原の上に影が伸びる。

 男たちが、上を見上げる。一瞬だけ、動きが止まった。

「……でっけえ」

 誰かがそう口の形だけで言ったのが、カメラ越しでも分かる。

 右手が自然に、操縦桿の横にある武装スイッチへ伸びる。ミサイルではなく、機関砲。

 照準を、ずっと手前の雪原に合わせる。


 《アルファ2より、警告。ここは連合軍管理区域。避難列への妨害行為をやめてください》

 機械越しの声は、感情が薄くなる。腹の中に抱えているものは、誰にも見えない。


 男たちの中の一人が、こちらに向かって銃を突き上げた。引き金にはまだ指をかけていない。

「撃てないだろ」という顔だった。


 撃てない線を、舐める顔。


「……」

 アスミは、照準をほんの少しだけ前にずらした。引き金にかけた指が、躊躇なく動く。


 ヴィーラから、機関砲弾が数発、雪原へと吐き出された。

 白い地面が爆ぜ、男たちの数メートル手前に黒い傷が走る。雪と土が混じって、汚れた塊になって空に舞った。

 耳をつんざく音は、コクピットに届く頃にはもう少し柔らかくなっている。代わりに、男たちの肩がびくりと跳ねる様子が、はっきり見えた。

 さらに一歩、前へ。

 《これは牽制射撃です。次に避難列へ危害を加える動きをした場合、正当防衛として攻撃します》


 声だけは、静かに、淡々と。

 本当は、怖い。間違えたら、人が死ぬ。間違えなくても、人が死ぬかもしれない。

 でも、この線を引かなければ、あのトラックの中の子どもの誰かが、ナイルやハルみたいな子が、別の場所で静かに壊れていくかもしれない。


「……守るために撃つ」

 誰にも聞こえない声で呟く。

 男たちは、しばらくこちらと雪原の傷跡を見比べていた。やがて、銃を下ろし、道の端へと退いた。

 雪を踏む音が、機体のカメラ越しに見える。


 《地上部隊、前方脅威後退。車列前進開始》

 マルコの声が入る。

 《助かる、空の薔薇さんよ》


「薔薇じゃないです」

 反射的に返してから、アスミは小さく息を吐いた。緊張で固くなっていた肩の力が、少しだけ抜ける。


 《アスミ》

 セリの声が、隣の空から届いた。

 《大丈夫か》


 《うん。ちょっと手が汗でべとべとしてる》

 冗談交じりに返すと、セリは「そりゃそうだ」と短く笑った。


 《俺だって怖いぞ。“撃つな”って言われてるところで、“撃たなきゃ守れない線”が見えてる時が一番怖い》

 《……うん》


 避難列が再び動き出す。トラックの屋根から、小さな手がひらひらと振られた。

 誰に向かってか分からないその手を、アスミは胸の奥で勝手に「自分たちへのもの」と決めてしまう。


 《セリ》

 《ん》

 少し間を置いて、アスミは言った。

 《中学の時も監視されて、今もセリに監視されてる気分だよ》

 自分で言っておいて、少しだけ笑ってしまう。重い空気を少しだけ軽くするための、下手な冗談。

 《……監視じゃなくてバディだろ》

 間髪入れずに返ってくる。

 《……そうだね、あの頃もみんな、まともに監視役できてなかったしね》


 教室で。校庭で。カイトが馬鹿やって、アンが呆れて、ジョンが笑って、セリがため息をついていた頃。

 誰も、誰のこともちゃんと“監視”なんてできていなかった。


 《お前、言うようになったな》

 セリの声にだけ、ほんの少し感情が混じる。

 《成長してるから》

 アスミは、少しだけ得意げに返した。

(セリがいるから、大丈夫って思ってる自分がいる)

 それは、もう揺るがない事実になっていた。

 何かあっても、隣にいるバディがどうにかしてくれると、どこかで信じている甘い自分。

 でも同時に。


(“私がいるから大丈夫だ”って思っててほしい人も、きっといる)


「空に赤い薔薇が咲いてるから、大丈夫だ」と、どこかで勝手に安心してくれている誰かが、もしかしたらもういるのかもしれない。

 守られている自分と、守る自分。どちらかを捨てたら、多分どちらも壊れる。


(だったら、両方抱えて飛ぶしかない)


 汚れた戦場の真ん中で。雪と泥と、色んなものが混ざり合った空気の中で。


 ヴィーラの機体を少しだけバンクさせて、アスミは避難列の上をもう一度、ゆっくりと旋回した



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