表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKY  作者: RUI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/44

Skyーシュミレーションの空ー

挿絵(By みてみん)


 


その頃の私には、コロニーが世界の全てだった。

外の戦争も、帝国も、連合も――ニュースの中の出来事だった。




放課後のチャイムが鳴り終わっても、教室のざわめきはなかなか収まらなかった。


 机の上の白い紙が、やけに重い。

 ただのプリントだ。そう思おうとしても、指先が拒む。


 ――これを開いた瞬間、進路じゃない。人生が決まる。


「技能測定の結果、配ったプリントを見ておくように」


 担任が最後にそう告げたばかりだ。机の上には折りたたまれた白い紙が一枚ずつ。そこには、軍のパイロット養成科や技術科にも直結する「適性ランク」が記されている――はずだった。


 あすみは自分のプリントを、まだ開いていない。


(……見たくないな)


 軍は好きじゃない。

 それでも、このコロニーで生きていれば、軍のことを考えないわけにはいかない。


 そしてもう一つ。ニュースや教材で当たり前みたいに出てくる単語――《オルタイト》。

 特別な鉱石。特別な力。特別な血。

 その“特別”が増えるほど、軍の影は濃くなる。あすみはそれを知っている。


 窓の外には宇宙空間が広がっている。青い惑星――地球は、今日はコロニーの影に隠れて見えない。


「——あすみ〜! 一緒に帰ろ?」


 元気な声と共に机に身を乗り出してきたのは、アン・ヘンドリックだった。栗色の髪のボブスタイルがよく似合う、美人で明るい親友。


「あっ、ごめん。今日はカイトと約束しちゃってて」


 あすみがそう言うと、アンはわざとらしく肩を落とす。


「え〜! 残念。じゃあ、明日は一緒に帰ろうね!」


「うん、明日は一緒に帰ろう」


 いつものやりとり。


 教室の後ろから、男子たちの声が聞こえてきた。


「お前、技能試験なんだった?」


 カイトの声だ。


「……Aだけど」


 面倒くさそうに答えるのは、セリ・アンダーソン。落ち着いた目をした、長身の少年。


「くっそ、同じかよ!」


「……どういう意味だよ」


「お前らどうせパイロット養成科行くんだろ! 俺なんか技能判定Cだから内勤職しか選べないんだぞ!!」


 大げさに嘆いているのはジョン・ラブラトリー。いつも場をかき回して笑わせてくれる、クラスのムードメーカーだ。


「げ……うるさいのもついて来た……」


 アンが小声でつぶやき、あすみの横でため息をついた。


(パイロット養成科、か……)


 空を飛ぶことに、憧れがないわけじゃない。

 このコロニーで育った子どもなら、誰でも一度は、「SKY」に乗る自分を想像したことがある。


 けれど、あすみは――。


「——あすみ! お待たせ、帰ろうぜ」


 扉のところで手を振る声に、我に返る。黒髪を短く切った少年――カイト・ボリーが、いつものように少し無表情で、でも少しだけ口元を緩めて立っていた。


「うん。じゃあ、みんな、また明日ね」


 あすみが立ち上がると、アンがひらひらと手を振る。


「またね〜!」


 三人の男子は、少し遅れて教室を出ていく。


「……あいつらずーっと仲良いよなー。俺も彼女欲しいなー、いいなー」


 ジョンが伸びをしながら言うと、セリが呆れたように肩をすくめた。


「お前は、彼女の前に軍高に受かるように勉強しろよ」


「なんでまた受けなきゃいけないんだよ、特待生だったのによ。なぁ? アン」


「……さあね。先輩に聞いてよ」


 さっきまでの甘い声とは打って変わって、アンは急に冷たいトーンになる。


「……相変わらずの態度豹変だなお前は」


「アン、戻るのか?」


 セリが、少しだけ真面目な声で尋ねる。


「……私のこと、気軽に名前で呼ばないで」


 その一言に、セリは一瞬言葉を失う。

 ジョンが慌てて空気を変えようとした。


「おー、あすみ取られてご機嫌ななめかよ」


 ――そんな教室の空気を背中に感じながら、あすみはカイトと並んで廊下を歩き始めた。



 廊下の窓から見えるのは、整然と並ぶ居住区と、遠くに見えるSKY用の訓練場。白い機体が何機も並んでいて、夕方のライトに照らされている。


 金属の光は綺麗なのに、あすみはそこに“安心”を結びつけられない。


「……お前、技能試験のプリント、もう見た?」


 カイトがぽつりと聞いた。


「……まだ」


「見とけよ。進路、決めないと」


「カイトは、パイロット養成科なんでしょ?」


「うん、俺はパイロット養成科にした!」


 カイトは少しだけ胸を張る。


「……うん、知ってるよ」


「この宇宙ソラ、飛べるの、すげぇワクワクするだろ? SKYの実機訓練とかさ」


「それも知ってるよ。夢だったもんね」


 彼の横顔を見る。窓に映るカイトの瞳は、宇宙の黒を映してきらめいていた。


(……この横顔、好きだな)


 その言葉を、声に出したことは一度もない。言葉にした瞬間、何かが壊れてしまいそうで。


「……でも、ちゃんと帰ってくるから」


「……?」


「ここに、ちゃんと帰ってくるからな」


 何気ないように言うその一言が、胸の奥深くに落ちていく。


 帰ってくる。

 当たり前みたいなその言葉が、この世界ではときどき当たり前じゃなくなる。


「……うん。待ってるよ」


 自分の声が、思ったよりもずっと小さく震えていることに、あすみは気づかないふりをした。



 その夜、あすみは伯母の部屋で、進路の話をすることになった。


 小さな居室。壁にかかっているのは地球の古い写真――伯母のお気に入りらしい。

 湯気のたつカップがテーブルに置かれる。甘い香りが一瞬だけ広がって、すぐに消えた。


「まだ考えていいのよ?」


 伯母は柔らかく言う。けれど、柔らかい言葉ほど、このコロニーでは硬い現実を隠している。


 あすみは、プリントを一度も開かないまま、そう言った。


「私、軍高にはいかない」


「……いいのね? それで」


 伯母の目が真剣になる。あすみは少しだけ視線を落としてから続けた。


「……軍は……好きじゃないの」


 シンプルな言葉。

 でも、その裏にはたくさんの感情が詰まっている。


 両親は軍の研究者だった。そして、もういない。


(軍に関わらなければ、あの人たち、今もどこかで笑っていたのかな)


 そんな「もしも」を考えてしまう自分が、嫌だった。


「そう……」


 伯母は小さく息を吐いた。


「大人は、みんな軍高に行かせたがってるけどね」


「……知ってる」


 あすみは苦笑する。


「でも、私は普通科でいい。普通に勉強して、普通にどこかで働いて――」


 カイトや、みんなと同じ空を見て生きていければ、それでいい。


「——普通、ね」


 伯母はカップをひと口飲んでから、頷いた。


「……いいわ。それがあすみの選んだ道なら。」


 伯母の横で、壁の時計の針だけが、静かに時を刻んでいた。


(……進路、決めた。

 軍なんかに、行かない)


 あすみはそう心に決めて、その夜は眠りについた。


 その夜更け、伯母の端末が枕元で一度だけ光った。

 警報ではない。ただの通知音が、静かな部屋に“嫌に大きく”鳴った。


 あすみは目を開けた。息が止まるほど短い沈黙のあと、伯母が隣室で立ち上がる気配がした。


 そして、壁の時計だけが、変わらない速度で進み続けていた。



挿し絵を追加しました。(※挿し絵はキャラクターのイメージ画像です)

伏線回収型のストーリーになりますので、迷子防止にブックマークして頂けると安心です。

(作者も小躍りします。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ