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SKY  作者: rui0308
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Skyーシュミレーションの空ー

 宇宙に浮かぶコロニーと、そこで育った少年少女たちの話です。

 特別な鉱石と、その力に縛られた血統。

 戦場に出るしかなかった子どもたちが、

 それでも自分の意志で「どの空に立つか」を選び直していく物語として書きました。


 少しだけ痛い場面もありますが、

 最後まで軸にあるのは「希望」です。

 どこか一行でも、あなたの心に残るものがあれば嬉しいです。


第1話「ふつうの進路相談」


放課後のチャイムが鳴り終わっても、教室のざわめきはなかなか収まらなかった。


「技能測定の結果、配ったプリントを見ておくように」


担任が最後にそう告げたばかりだ。机の上には折りたたまれた白い紙が一枚ずつ。

そこには、軍のパイロット養成科や技術科にも直結する「適性ランク」が記されている——はずだった。


あすみは自分のプリントを、まだ開いていない。


(……見たくないな)


軍は好きじゃない。

それでも、このコロニーで生きていれば、軍のことを考えないわけにはいかない。

空に浮かぶこの「学園コロニー」でさえ、連合軍の管轄下にあるのだから。


「——あすみ〜❤️ 一緒に帰ろ?」


元気な声と共に机に身を乗り出してきたのは、アン・ヘンドリックだった。

栗色の髪のボブスタイルがよく似合う、美人で明るい親友。


「あっ、ごめん。今日はカイトと約束しちゃってて」


あすみがそう言うと、アンはわざとらしく肩を落とす。


「え〜! 残念。じゃあ、明日は一緒に帰ろうね❤️」


「うん、明日は一緒に帰ろう」


いつものやりとり。


教室の後ろから、男子たちの声が聞こえてきた。


「お前、技能試験なんだった?」


カイトの声だ。


「……Aだけど」


面倒くさそうに答えるのは、セリ・アンダーソン。

落ち着いた目をした、長身の少年。


「くっそ、同じかよ!」


「……どういう意味だよ」


「お前らどうせパイロット養成科行くんだろ! 俺なんか技能判定Cだから内勤職しか選べないんだぞ!!」


大げさに嘆いているのはジョン・ラブラトリー。

いつも場をかき回して笑わせてくれる、クラスのムードメーカーだ。


「げ……うるさいのもついて来た……」


アンが小声でつぶやき、あすみの横でため息をついた。


(パイロット養成科、か……)


窓の外には宇宙空間が広がっている。

青い惑星——地球は、今日はコロニーの影に隠れて見えない。


空を飛ぶことに、憧れがないわけじゃない。

このコロニーで育った子どもなら、誰でも一度は、「SKY」に乗る自分を想像したことがある。


けれど、あすみは——。


「——あすみ! お待たせ、帰ろうぜ」


扉のところで手を振る声に、我に返る。

黒髪を短く切った少年——カイト・ボリーが、いつものように少し無表情で、でも少しだけ口元を緩めて立っていた。


「うん。じゃあ、みんな、また明日ね」


あすみが立ち上がると、アンがひらひらと手を振る。


「またね〜!」


三人の男子は、少し遅れて教室を出ていく。


「……あいつらずーっと仲良いよなー。俺も彼女欲しいなー、いいなー」


ジョンが伸びをしながら言うと、セリが呆れたように肩をすくめた。


「お前は、彼女の前に軍高に受かるように勉強しろよ」


「なんでまた受けなきゃいけないんだよ、特待生だったのによ。なぁ? アン」


「……さあね。先輩に聞いてよ」


さっきまでの甘い声とは打って変わって、アンは急に冷たいトーンになる。


「……相変わらずの態度豹変だなお前は」


「アン、戻るのか?」


セリが、少しだけ真面目な声で尋ねる。


「……私のこと、気軽に名前で呼ばないで」


その一言に、セリは一瞬言葉を失う。

ジョンが慌てて空気を変えようとした。


「おー、あすみ取られてご機嫌ななめかよ」


——そんな教室の空気を背中に感じながら、あすみはカイトと並んで廊下を歩き始めた。



廊下の窓から見えるのは、整然と並ぶ居住区と、遠くに見えるSKY用の訓練場。

白い機体が何機も並んでいて、夕方のライトに照らされている。


「……お前、技能試験のプリント、もう見た?」


カイトがぽつりと聞いた。


「……まだ」


「見とけよ。進路、決めないと」


「カイトは、パイロット養成科なんでしょ?」


「うん、俺はパイロット養成科にした!」


カイトは少しだけ胸を張る。


「……うん、知ってるよ」


「この宇宙ソラ、飛べるの、すげぇワクワクするだろ? SKYの実機訓練とかさ」


「それも知ってるよ。夢だったもんね」


彼の横顔を見る。

窓に映るカイトの瞳は、宇宙の黒を映してきらめいていた。


(……この横顔、好きだな)


その言葉を、声に出したことは一度もない。

言葉にした瞬間、何かが壊れてしまいそうで。


「……でも、ちゃんと帰ってくるから」


「……?」


「ここに、ちゃんと帰ってくるからな」


何気ないように言うその一言が、胸の奥深くに落ちていく。


「……うん。待ってるよ」


自分の声が、思ったよりもずっと小さく震えていることに、あすみは気づかないふりをした。



その夜、あすみは伯母の部屋で、進路の話をすることになった。


「まだ考えていいのよ?」


小さな居室。

壁にかかっているのは地球の古い写真——伯母のお気に入りらしい。


伯母は、湯気のたつカップをテーブルに置きながら、柔らかく言った。


「私、軍高にはいかない」


あすみは、プリントを一度も開かないまま、そう言った。


「……いいのね? それで」


伯母の目が、真剣になる。

あすみは、少しだけ視線を落としてから続けた。


「……軍は……好きじゃないの」


シンプルな言葉。

でも、その裏にはたくさんの感情が詰まっている。


両親は軍の研究者だった。

そして、もういない。


(軍に関わらなければ、あの人たち、今もどこかで笑っていたのかな)


そんな「もしも」を考えてしまう自分が、嫌だった。


「そう……」


伯母は小さく息を吐いた。


「大人は、みんな軍高に行かせたがってるけどね」


「……知ってる」


あすみは苦笑する。


「でも、私は普通科でいい。普通に勉強して、普通にどこかで働いて——」


カイトや、みんなと同じ空を見て生きていければ、それでいい。


「——普通、ね」


伯母はカップをひと口飲んでから、頷いた。


「……いいわ。それがあすみの選んだ道なら。」


伯母の横で、壁の時計の針だけが、静かに時を刻んでいた。


(……進路、決めた。

 軍なんかに、行かない)


あすみはそう心に決めて、その夜は眠りについた。


——翌日、この世界が壊れることも知らないまま。


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