潰すことに決めました
(スノア王女殿下のデレのせいで、危うく、選択を誤るところだったわ……)
鉄格子と手枷、それと鎖が頭に浮かんだよ。同時に、閉じ込められてる自分の姿もね。そのせいで、呼吸が速くなる。鼓動も速くなって、少し胸が痛む。
そんな私の姿を見て、スノア王女殿下が勘違いした。
「……ユリシア、こんなに苦しんで」
(そっちの苦労じゃないから)
訂正出来ないのが辛い。まぁでも、生徒会の件が悩みの種なのは間違いない。
スノア王女殿下の手前、気にしなくていいとは言ったけど、この状態が続くのは駄目だよね。だからといって、私から折れるのは筋違いだし、絶対折れたくない。早く諦めてくれることを願っていたけど、無理そう……これって、膠着状態よね。この状態が長く続くのはよくない。長引く程、私たちが不利になる。
(あっちが、更に一歩踏み込んでくれれば打開できそうなんだけど……)
正直、期待は出来ない。なら、踏み込むよう仕向ければいいだけ。かなり強引だけど、手がないわけじゃない。あっでも、それをやれば、カイナル様に怒られるわね。でも、しょうがない。カイナル様のお弁当、ちゃんと味わいたいし。理由を話せば許してくれるかな。
「スノア王女殿下、明日はアジル殿下も誘って、食堂でご飯を食べませんか?」
「えっ!? そんなことをしたら……」
困惑してるね、スノア王女殿下。さっきまで受け身一択だったから、その反応は当然。
「あの自己中男に出て来てもらいましょう。嵌めるような形になりますが、構いませんよね。きっちり、潰しましょう」
当事者が謝ったなら話は違っていた。生徒会長が代わりに謝りに出て来なかったら、ここまでややこしい事にはならなかった。そもそも、謝る意志があったのかも不明だよね。
そんな自己中男が、意外にも平民の間で人気があるのが腹立たしいの。
「いきなりの方向転換したのは、何故?」
(そりゃあ、疑問を抱くよね)
「自分の仕出かした後始末を他人にまかせるような人が、人気があるのが納得出来ないので。それに、いい加減、私も限界がきていて……自己中男のせいで、カイナル様のお弁当、ゆっくりと味わえないんです」
納得は出来ないけど、理解は出来る。人族の中で、最高位の公爵家の令息が、下手な正義と理想論を説けば、平民にとっては甘い蜜になるんなんだよ。
私が腹を立てるのは、そこ。自分の発言に責任を持てない奴に、理想や夢を語ってほしくない。その面の皮を引き剥がして、本当の顔を公衆の面々の前で曝け出してやりたいの。
「あれ、カイナル様の手作りなの?」
(気になるのは、そこなの)
「そうなんです。これも、番の世話をしたがるのは、亜人族の習性なんですよね」
(ちゃんと理解はしてます)
満面な笑みを浮かべながら言った。何故か、スノア王女殿下から視線を避けられたのだけど、気になる。
「……そういう方もいらっしゃるわね、竜人族とか。でも、いいの?」
(はぐらかされた? でも、私の心配をしてくれるのは嬉しい)
「元々私には敵が多いので、別に多少増えても構いません。それに、スノア王女殿下とアジル殿下も傍にいてくれるので、寂しくありませんし、平気です」
にっこりと微笑むと、スノア王女殿下も頷き微笑み返してくれた。
「私もその案に乗りますわ。私もいい加減腹が立っていたのよ。生徒会長の影に隠れて吠えている輩にね」
王族に輩呼ばわりされる時点で、王城で働くのは難しいわね。あのプライドの高さじゃ、下位文官にはなりたくないだろうし、実力があったとしても、騎士にも、王宮魔術師にもなれないわね。自己中を改め、プライドを捨てることが出来れば、どうにかなるかもしれないけど。
「それで、疑問に思っていたのですが、生徒会長は平民ですか? それとも、下位貴族ですか?」
「男爵家の三男って聞きました」
(あ〜やっぱり、そうだと思った)
「……平民の間にも、貧富の差からの差別はありますけど、貴族社会ほど陰湿で赤裸々ではないですね」
思わず口から出てしまった。私が嘆いたところで何一つ変わらないし、変える力はない。隣にいるスノア王女殿下にはあるけど。
「残念ながら、ユリシアの言う通りね。だけど四年後、貴女もその貴族の一員になるのよ。それも、王族の次に高いゴルディー公爵家のね」
その台詞は、やけに私に重く伸し掛かってきた。
四年後、私は十六歳になる。
貴族社会で十六歳は節目の年。王宮でデビュタントが開催され、番である私は、カイナル様と踊る。そうなれば、私は実質的にゴルディー公爵家の一員だと、貴族たちに広く認知される事となる。
「そうですね。でも……私は、貴族社会に染まり切るつもりはありません、根は平民ですからね。こんな貴族が一人くらいいてもいいですよね」
「まぁ、風通しくらいにはなるわね」
口調はぶっきらぼうだけど、嬉しい事を言ってくれる。初日の件がなかったら、ここまで親密になれたか分からない。絡んで来てくれて感謝。
「ありがとうございます、スノア王女殿下。ところで気付いてます? もう、午後の授業始まってますよ」
さっき、鐘の音がしたから。
「えっ!? 急いで戻るわよ!! ユリシア、何ゆっくりしてるの!!」
「さぼって、一緒にお昼寝しませんか?」
冗談交じりに、駄目もとで誘ってみる。
「はぁ!? 色んな意味で駄目に決まってるでしょ!!」
真っ赤な顔をしながら全力で拒否られた。あまりにも必死だから、ちょっと落ち込んだよ。
「ちょっとくらいいいのに」
少し、拗ねて見せた。すると、スノア王女殿下の顔色が見る見れ間に青くなって震え出した。
(えっ!? どうしたの?)
「いい、そんな物騒な事を言わないで!! 私はまだ死にたくないの!! そんな馬鹿な考えは捨てて走るわよ、ユリシア!!」
そう一気に告げると、呆気に取られている私を置いて、スノア王女殿下は走り出した。私も黙って後ろを付いて行く。
結局、走っても間に合わなかった私たちは、悪目立ちしながら席に着いた。アジル殿下が苦笑しながら、何も言わずに席を取ってくれてたの。ほんと、両殿下とも優しいね。