第4話・バーダヴィルズの魔女
「昨夜も言ったと思うのだが」
「何でしょうか」
今日の報告内容をまとめてもらったものに目を通し、スカルビーにそれを手渡しながら、昨日に引き続き提案をしてみる。
「どうせ寝台も二台あるのだから、この部屋で寝泊まりすればいいのではないか?」
出航して二日目。
同国人との偶然の出会いを除けば特に問題はない。
逆に問題がなさ過ぎて、頭の痛くなってくる仕事が暇に飽かせてやって来そうなくらいだが、そちらから逃げる方法はなるべく居場所を先方に悟られないようにする、くらいのものか。
いやそれは本当にどうでもいい。
「小官の部屋も別途用意されておりますので問題はありませんが」
「しかし、個室とはいえ二等船室だろう?狭くていろいろと不便じゃないのか?」
「軍人が任務中に起居する場所の広い狭いを口にするものではない、と以前教えたはずですが」
「これが任務中とか隊の連中が聞いたら怒るぞ?帝国の最新型旅客船の一等船室で寝て起きて食事してるだけじゃないか。イルクリーグに到着するまで」
「小官が上司と同じ部屋で寝起きする理由にはなりません」
「それはそうだが……ああもうっ!」
つくづく思う。本当にスカルビーは融通が利かない。いや私だって同僚には堅物扱いされることもままあるけれど、ここまでじゃない。とにかく、だ。
「正直に言う。この部屋が広すぎて持て余している」
「なるほど。要するに、一人では寂しいからお姉ちゃんに一緒に寝て欲しい、と」
「……冗談を言っているんだよな?」
「さあ、どうでしょうか」
「………」
微塵も雰囲気を変えないで言うものだから、本気なのか冗談なのか判別がつかない。
スカルビーは融通は利かないが、冗談というものと無縁ということもない。というより、兵士は困窮してもそれを乗り越えるために諧謔とはそれなりに親密にしておかなければならない、ということを私に教えた本人が、冗談など一切口にしない、ということは無い。はずだ。多分。
「どちらにしても規定によりそれは無理かと。契約した等級より上の船室で寝起きすることは許されておりませんし」
「それを先に言えっ!」
思わず頭を抱えて円卓に突っ伏す。これでは二日に渡ってただ単におねだりしていただけになるじゃないか……余計な恥をかいた……。
「まあそれはともかく」
「ともかくるな。で、なんだ」
頭の上に何か生暖かい視線を感じ、顔を上げる。
夜ということで部屋全体は薄暗い。最低限の灯りは提供されているが、世の中には暗い方が雰囲気が出るとかなんとか、そういうくだらないことを信奉している輩がいるらしく、この客室を設計したのもそうした一派らしい。お陰で私を見下ろして面白いものを見られた、と緩い笑みを浮かべているスカルビーを見ずに済んだ。いやこれは被害妄想というものか。
「任務の話です」
「……それを先に言え」
今度は力無く応じる。一体こんな空の上でなんだ。一人で船を下りてイルクリーグに急行しろ、とかいう指令なら大歓迎だぞ。
「帝国の使節団からの招待がございました。名高いバーダヴィルズの魔女、ルゥ=ファルル・バレット三等正士を招いて食事を振る舞いたい、とのことで」
「笑えない冗談だな」
「残念ながら冗談ではありません」
「本っ当に残念だ!」
再び卓に突っ伏した。からかわれているのだと思いたいが、スカルビーは自分から冗談を言う手合いではない。相手の反応に応じて冗談を言うのだ。場合によってはただ単にからかっているだけともとれるから、タチの悪いこと夥しい。いや今はそんなことはどうでもいい。
「……いつだ」
のろのろと顔を上げてうんざりした表情を見せる。
出来れば三日後くらいにしてもらいたい、と付け加えると「こいつつまらねえな」とでも言わんばかりに鼻を鳴らされた。上司に向かって失礼な反応だ。ちなみにイルクリーグに到着するのは二日後だった。
「無論、今晩これからです。出来れば私服の三士とお目に掛かりたい、と仰っておりましたが、任務中ですので礼装にて伺います、と伝えておきました」
「今晩、か。分かった。任務とあればやむを得ない。どうせ百鬼夜行の類だろうが、隊の皆に土産話が出来る、とでも思って行ってくるさ」
「そういう思い切りのいいところは昔から変わりませんね」
「そうなりたくてなったわけじゃない。事態にせき立てられるのに慣れただけだ」
典礼の類も仕事のうちだ。公僕の哀しさ、給料を質にとられては逆らえるものも逆らえない。
さっさと荷物から礼服を取り出して準備を始めてくれるスカルビーを背に、私は顔面の筋肉の準備運動を始めた。どうせ愛想笑いでこれから酷使することになるだろうからな。
「おお、これは噂に違わずお美しい……バーダヴィルズの魔女、などという厳めしい二つ名に似合わぬ、可憐ながらも芯の強さを覚えるお姿だ」
「お褒めに預かり恐縮です、ウープ・フィン・メイヤード大使閣下。アルプメント共和連合空軍第一直衛団所属、ルゥ=ファルル・バレット三等正士、お招きに応じて参上いたしました」
わざとらしく最敬礼なんぞしてみたが、この樽に手足をつけたみたいな大使どのはその意味を大して理解もしてくれなかったようで、好色な視線なぞではないのは助かるが、それでも私に言わせれば「虚栄」と「皮肉」でしかない二つ名なんぞを口にすれば喜ぶと思っているらしいところが、非常に腹立たしい。
同行してくれるだろうと思っていたスカルビー……バジェッタがこの場にいないのが本っ当に口惜しい。いれば適当にけしかけて、つまらない世辞など言う口は凍て付かせてやったのに。
「なに、名高い戦士が同じ船に乗っていると聞いたのでね。心ばかりのもてなしになるが……どうか、貴殿の口を楽しませて欲しい」
……まあ、純粋に厚意なのはなんとなく分かる。
呼び出されたようで腹が立っていたことは一先ず置いておき、次の間に用意されているだろう食事に思いを馳せる。私だって美味い食事は嫌いじゃないのだ。
最新の豪華旅客船だけあってファールブは広く、そしてこういった「お金だけでは買えない」部屋も誂えられている。
船の中での位置となると、ここまで歩いてきた道程と途中見かけた外の景色、といっても既に夜になっているので船の設備などで見当をつけただけだが、それらで推察するに、船橋の前面のすぐ下の辺りだと思える。要は、この船で客がたどり着ける場所の中では一番高いところだ。あまりいい趣味とは言えないが、一般的にはそういう認識なのだろう。私だったら一番エライ人間なんぞ、船の最下層に床が硝子の部屋を作って「どうです珍しい景色を楽しめる部屋ですよ」とか嘯いて押し込めるところなのだが。
「ま、本日は同僚もおりますのでね。部屋の中で紹介いたしましょう。君、客人をご案内しなさい」
「畏まりました。バレット三等正士殿、お召し物をお預かりします」
「ありがとう」
我ながら慣れた、というか慣れさせられてしまった所作で、携えていた軍帽と脱いだ羽織ものを給仕の青年に渡す。目が合うと流石に驚いた様子だった。無理も無いだろう。階級と見た目の年齢が見合わないだろうから。
帝国と異なり、共和連合軍は階級で組織内の権限が変わるわけではない。むしろ階級と職位が連動していないことの方が多い。
それは、共和連合が連合体制となる以前の、共和同盟時代の習慣に拠るものだ。
現在は統一国家として一つの軍隊の態を整えてはいるが、同盟時代は加盟各国が各軍から人員を派遣して同盟軍を構成していた。
当然、階級は各国独自のもので、それを同盟軍内で振りかざそうとする思惑からか、無駄に階級の高い者が派遣されて様々な問題を引き起こしたのだという。
結果的に同盟軍内では各国の階級は無視されるようになり、同盟軍で制定された職位が指揮系統上最重視されるようになり、その名残が今も存在しているということになる。
だから私のように、階級だけ高く祀り上げられた者がこうして他国との折衝などに駆り出され、階級で仕事をすることになるわけだ。当人にしてみればいい迷惑というものである。と同時に、スカルビーのように階級が下のものの指揮下に入る、などということも起こり得る。
バジェッタ・スカルビー二等正士は私より十も年上。ルゥ=ファルル・バレット三等正士渉外担当官付武官、が正式な職位になる。
ついでに、何故私のような小娘がそんな偉そうな職位についているかについては……やめておこう。どうせ目の前の大使ご一行が説明してくれるだろうから。
「……しかし、バーダヴィルズの魔女、という恐ろしげなあだ名にしては、随分と若く美しい女性で驚きましたな」
「恐れ入ります。その名も若気の至りの引き起こした出来事に拠るもので、今となっては汗顔を招くばかりのものですから」
「その長い御髪も美しいが……兵士としては扱いに困るものではないのですかな?失礼ですがどういった謂われがあってのことかお聞かせ願えればと」
大使閣下ご本人以下随行の面々のうち、貴族様たちは一応紹介されたから名前は覚えている。というか、仕事柄覚えざるを得ないので、こういうことには慣れている。
ただ、何度「任務中ですので」と断っても酒を勧められる地獄のような食事が終わった後も、私のあだ名についての話題が尽きないのは……正直閉口していた。
……それは、もとは新兵の訓練所のあったバーダヴィルズにおいて、とある友好国の王族がそこを訪れた際に彼の国の反王権派の襲撃があり、どちらかといえば私が率先して事を収拾した、という事件にまつわるものだ。
その際、私たちが危機を救った王族が、私の容姿に目を止めて「その美しい髪は軍務にあって切り落とすというに忍びない。どうか兵となっても長きままで務めを果たせるよう、取り計らってもらえぬか」と、しようもないことを言い出したから切るに切れなくなったのだ。そんなこともあって、白銀の長き髪のバーダヴィルズの魔女、縮めてバーダヴィルズの魔女、が二つ名になってしまったという……。
だから私にとっては二つ名に加えてこの長い髪もただ鬱陶しいだけのものでしかない。そのうちほとぼりが冷めたら切り落としてしまえと考えているのだが、二つ名に加えてかの王族氏が私のことを喧伝しまくったものだから……ああもう、今度会う機会があったら不敬罪を問われるのは覚悟するので一発ぶん殴らせろ!!




