第1話・青銅帝国新鋭飛空船「ファールブ」にて
この世界において、圧倒的な軍事力で安定と均衡をもたらしている青銅帝国。
物語はその隣国、アルプメント共和連合にて始まる。
帝国の勢威を象徴するかのような豪華飛空客船「ファールブ」。
その中で出会ったのは、共和連合で対気物理学の学生として野心を燃やす少女リニア・プライアと、共和連合空軍の飛空砲術士ルゥ=ファルル・バレット。
ファールブ内での事件を切っ掛けに二人は互いの存在を知り、そして求め、高め合っていく。
対気物理学とは何か。この世界の奥に潜むものは。
世界の謎に挑む、ガールズバディ・アクションファンタジー。
その瞬間だけ、どこか懐かしい、心を置いて身体だけが浮き上がるような不思議な感覚にとらわれた。
船室の中の他の乗客は、慣れている人もいるのかそうでない人もいるのか、落ち着きなく辺りを見回したり目をつむってもう寝入っていたり、あるいは豪胆にも本なんか読んでたりと、様々で。
わたしはというと、いかにも慣れない感じで周囲を見回していて、きっと傍から見たら微笑ましいか落ち着きがない娘だと呆れられるかのどっちかだろうけれど。
そして、決して十分とはいえない照明に照らされた船室内いっぱいに、少し耳触りなくらいに籠もりのある声が響く。
『……三等船室のお客様にお知らせします。本船は定刻通りに湖からの離水を行いました。このまま巡航高度まで上昇を続け、安定高度に達しましたら通常航行に移行します。恐れ入りますが、それまでは船室の座席にてお座りのまま、次のご案内をお待ちください』
……っていう放送の割には離水した瞬間の後は揺れたりもせず、それどころか「本当に動いているの?」ってくらいに静かなまま。だから窓も無い一番運賃の安い船室に押し込められてるわたしたちには、帝国の最新旅客飛空船「ファールブ」は今まさに高空に向かっている、なんて感覚もなかったりする。
「大丈夫ですよ、リニアさん。巨大な船だからって落っこちたりしませんから!」
「わたしが心配してるのはそういうことじゃないんだけどね……って、もしかして店長緊張してる?」
「ききき緊張なんかするわけないじゃないですかっ?!フ、フーはこれでも飛空船は初めてじゃないんですからっ!!」
なんてかわいーことを言ってるけれど、ぜったい緊張してる。その証拠に、隣の席のわたしの手をさっきからぎゅうっと握ったままだし、手汗だって結構出ているんだから。
でも仕方ないかあ。彼女はわたしより四つも年下の十一歳。いくら祖父でもある社長に経営の術を叩き込まれて一つのお店を切り盛りしてるとはいえ、本来ならまだ初等学校にでも通ってる歳なんだ。
「……なぁんでそんなに生暖かい目で見るんですかぁ」
「姉の心境で優しく見守ってる、って言って欲しいな」
「子ども扱いしないでください!」
それを言ってるうちはまだ子どもだよ、ってお約束なことを言ってやろうとしたけれど、わたし自身がまだそう言われてもおかしくない年齢だ。だから、ごめんごめん、って謝って、大人しく握ってた手を放してあげようとしたところ。
「フー?手を放してくれないかなー」
「……見守るなら最後まで見守ってください」
やっぱり怖いことには違いなかったみたい。フーの方から放してはくれなかったのだった。
でもそれはそれで、妹みたいで可愛い。わたしは実家に弟と妹が一人ずついるけれど、どっちも「おねえちゃん」って寄ってくる手合いじゃないから、こうしてわたしを頼ってくる年下のコ、っていうのは率直に甘やかしたくなってくる。
「ありがとーございます……」
「ん」
だから、学費稼ぎのために働くお店の店長と従業員、ってことなんか忘れて、わたしに頭を寄せてくる女の子の、ややくすんだ金髪を梳くように、繋いでいない方の手を伸ばして頭を撫でてあげたのだ。
対気物理学、というと近年はこうしておっきな船を空に浮かべるための理屈、という雑な理解を世間ではされているけれど、本来はこの世界を構成する、現界・気界・暗素界という三つの要素をどう理解するか、という学問だった。
けれどそんな時代はとうに過ぎていて、現在は理論は専門家に任せて庶民はそこから受ける恩恵をただ享受すればいい、なんて風潮も今では見られる。
ただ、純粋に学問としてそれを学び、まだ人間の知らない世界の姿を真摯に知ろうとする人々も、当然少なくはない。
わたしことリニア・プライアも、そんな高邁な精神を持った学究の徒……と言えれば良かったんだけれど、内実は片親の家庭で口減らしをしないといけない環境の中、なぜか首都の大学の学長先生から「きみ、才能あるからうちのガッコで勉強してみない?」……って、かぁるく誘われてほいほいそれに乗っかっただけだもんなあ。国のお情けで初等学校をどうにか卒業しただけの小娘に、一体何を期待していたんだろうか、学長は。
そういえばその学長というのも変わり者というか変わり者どころじゃないというか……ま、それはどうでもいいか。
「んー……リニアさぁん……」
「うん?どうかしたのフー……って、寝言か」
わたしの二の腕にちっさな頭を預けながら、むにゃむにゃとこっちの名前を呼んでいるこのコは、フールビィ・リアクタ。
学長直々の推薦とかはあって奨学金ももらっているけれど、生活費と自主的な研究のための費用は自分で稼がないといけない学生の身ではただ机にしがみついていればいいというわけにもいかず、加えてうちの大学は創立者の意志もあって「実践重視」という方針があり、学外で学問に関係する分野に関わって働くよう推奨……じゃないね、あれは。外に出て金稼いで来ーい!!……くらいの勢いだったもの。その話をしてくれた生活課の担当教官の口振りだと。
まあとにかく、大学というものは大っ変ありがたいもので、そういった働き口も先輩から紹介されたりとかいろいろあって、わたしはこのフールビィが店長を勤めるちっさなお店で糊口を凌いでいる、ことになるのだ。
何の仕事をしているのか、というと……ううん、一言で説明するのは難しいのだけど、簡単に言えば「なんでも屋」だ。
捜し物をしたり調べものをしたり、急いで配達しないといけないものを運んだり、と地味な仕事が多いけれど、十一歳の店長と十五歳の従業員の二人でやってく店としてはそれくらいが関の山、というものだ。一応、フーの祖父の社長がいるし、わたしの他に外だか遠くだかで仕事してる人もいるとは聞くけれど、社長はともかく同僚……?の姿なんか一度も見たことが無い。この店で働き始めてもう一年経つというのに。
結局、わたしがお店の役に立ててることなんかほとんど無いんじゃないだろうか、と疑問に思えてきた日の中、こうして店長のフーと一緒に青銅帝国の帝都にまで出張してきた帰りが、今の状況だ。
でも今回の仕事は我ながら活躍出来たと思う。お客さんの秘密もあるから多くは語れないけれど、帝国のお客さんには十分満足してもらえて、報酬も大分奮発してくれた上に帝国の最新型旅客船、ファールブの席まで用意してくれたんだから。
普通なら帝国の長距離運用の豪華飛空船なんかそうそう乗れるものじゃない。一番安い席だって大人気で、お金だけじゃなくて伝手が無いと乗船券の入手は出来ないんだから。
ただ、わたしとフーが座っているこの三等客室は一番安いだけあって窓もなく、設備が充実している長距離用の飛空船だから粗末ではないけれど、やっぱり出発するときから外の景色は見たかったなあ、って思う。贅沢言ってるのは分かるよ、うん。自分たちのお金じゃないもの。でもなあ……お仕事じゃなくて空を飛ぶのって、やっぱり全然違うと思うんだもの。
うずうず。あー、やっぱり客室の外に出たい。こっそり出たら怒られるだろうか。フーもまだ起きないし、静かに出て行けば見つからないかな。ええっと、警備の人は……うう、なんだかこっちを見てる気がする……と、思った時だった。
『……お客様にお知らせします』
来た!
さっきと同じように、籠もった感じの聞き取りにくい声だったけれど、待ちに待ってた船内放送が始まった!
・・・・・
『お客様にお知らせします』
伝声機から聞こえてくる案内音声は、さすが青銅帝国の最新鋭旅客船だ、と皮肉抜きで感心するほどに明瞭な響きではある。
ただそれを私に言われてもな、とスカルビーにぼやいたら「いい年をして拗ねないでください」と言われてしまった。いい年といってもまだ十七だぞ、私は。年齢に似合わない長ったらしい肩書きを抱えている自覚はあるが。
「そうですか?小官が十七の頃は既に一隊を率いる立場でしたが」
「共和連合空軍最強の飛空士と一緒にするな」
「昔の話ですよ」
だったらそれを持ち出して私の年甲斐なんぞを論うな、やりづらい。
「……とにかくだ。乗船して以降、実際立場があやふや過ぎてどう振る舞っていいのか分からないのだ。客と言えば客だが、軍務の一環と思えば他の乗客と同じように振る舞っていいものでもないだろうに」
「まあ実際帰国に際して便乗を願い出たら大使殿の客扱いにされてしまったのは不幸だと思いますが」
「お前が不幸に感じているのは上官の揉め事に巻き込まれたこと、だろうが」
否定はしませんがね、としれっと言ってのける年上の女を睨み付ける。ただし、力無く。どうせ口で逆らっても無駄な相手だと分かっているからだ。
……私、ルゥ=ファルル・バレットはアルプメント共和連合空軍第一直衛団所属三等正士という、先程述べた通りやたらに長い肩書きの軍人だ。
歴とした士官であり、十七という歳に似合わない階級を背負わされているというのはいろいろと理由があるが、望んでこうなったものでもない、という点だけはきっちり主張しておきたい……いやまあ、私にだって野心とか野望めいたものはあるし、自己研鑽に相応しい能力と、それを無駄にしない努力を重ねている自負もある。
だが、私の年齢と性別と階級を並べて「は?」という視線を向けられた後に容姿を見てあからさまに若干侮る気配視線を伴った納得感を漂わされると、いくらんなんでも腹は立つ。それは確かに押しつけがましい好意とかそういったなんとも拒みがたい物事が重なった果ての人事だというのは確かだが。政治的な思惑の所産で無い点だけは救いだろうか。
何にしても、こうしてイロイロと厄介な状況に追いやられた上に、逃げ場がない……こともないが、公式には勝手に姿を消すことも出来ない飛空船の中で「客でござい」みたいな顔をしているのは気が滅入る。
「それくらいは理解してもらえるだろう?スカルビー」
「まあ小官にも似た経験はありますがね」
そうだろうそうだろう、としてやったりみたいな笑顔を向けたら鼻で笑われた。失礼な話である。
……といっても彼女、バジェッタ・スカルビーの来歴というか私との関わりを思えば「無礼者!!」などと威丈高になれるものでもない。何せ私が新兵当時の教官であり、今も現役の飛空士であれば間違いなく私など歯牙にもかけない偉大な指揮官であっただろうからだ。
彼女が空を飛べなくなった理由、それからこうして年下の小娘の副官などに収まっている理由の間に直接の関係は無いが、まあそれならば少しくらい甘えた空気を出してもいいだろう。
「……なあ。一つ頼みがあるのだが」
「なんです」
うーむ。少なからず猫なで声めいた声色を強調して下から見上げるような視線を向けてみたのだが。
「あなたにはとことん似合いませんね、そういう仕草は。獰猛に笑っている方が相応しい」
「そこまで言われると流石にヘコむのだが。これでも一応は若い娘だぞ?」
「……で、何が言いたいのです」
おや。少しは憐憫の情というものを引き出すことに成功したらしい。
船室据え付けの卓に乗り出すようにして、相変わらず直立不動のスカルビーの顔を斜め下からのぞき込んで言う。
「今の放送にあっただろう。船室を出ても構わない、と。少しくらい船内を歩き回ってみたい」
空にあって歩を刻む、というのもなかなか出来ることではないしな、と付け加えたらその点はスカルビーの諧謔心を刺激したらしい。呆れ顔を伴いつつではあったものの、部屋で留守番をしているから出歩いて構わない、という許可は出た。
「ただし私服で出歩くことなどないように。略装で構わないので軍服で行ってください」
「当たり前だ。任務の最中に私服なぞ持ち歩くか」
「結構。若い娘としてはどうかと思いますがね」
余計なお世話だ、と憤慨はしたが、それで気が変わられても面倒だ。外套だけを手に、留守を頼むと言い残して割り当てられた一等船室を出た。なんというか、扉の閉まる音一つとっても格の違い、というものを覚えさせられる船だった。




